#2
――襲ってきた盗賊を返り討ちにし、陽も完全に落ちた頃、ワヒーダはとある場所へと辿り着いていた。
天幕が並び、そこら中から声が上がっている活気のあるところだ。
ここはバザールと呼ばれ、七つある小国に居場所がない者らが集う市場である。
バザールは砂の大陸サハラーウにいくつもあり、ある者は商売を、またある者は傭兵として仕事を探す場所で、あまり安全とは言えないが宿もある。
当然、日雇い傭兵であるワヒーダは、バザールで寝泊まりしているが、他の者たちとは違い、同じ場所にずっと留まらない。
彼女がこのバザールへ来た理由は、もちろん今夜眠る宿を探すためだ。
あとそれ以外にも、次の仕事を探すためでもある。
「剣が三本にナイフが一本、それからラクダが三頭だとこんなもんだねぇ。悪いけど、他のもん買い取れないよ」
ワヒーダは襲ってきた盗賊から奪った品を、バザールにいた中年の女商人に売っていた。
死人から身ぐるみ剥がすなど人としてどうかと思われる行為だが、七つの小国以外では日常的なことだ。
それはワヒーダを襲った盗賊の行為もそうで、各地にあるバザール内でも当たり前に行われている。
「ああ、構わないよ。金になっただけでもツイてる」
「売ってもらった手前でなんだけど、ラクダは一頭くらい自分で飼ったほうがいいんじゃないのかい? あんたのその腕じゃ、砂漠を歩くの大変だろ」
女商人の忠告に、ワヒーダは笑みを返した。
こうやって他人を心配する人間は、小国の外――バザールではめずらしい。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、自分だけで精一杯なんだよ」
「別に可愛がれって話じゃないよ。乗り潰しちまえばいいじゃないか。最悪、食っちまったっていいし」
ワヒーダは代金を受け取ると、女商人に向かって首を左右に振り、その場から去っていった。
女商人が、去っていく彼女の背中を見ながら「変わった娘だねぇ」と呟いていた。
品物を売り払ったワヒーダは、その足でバザールの中心へと向かう。
彼女が向かっているのは、ここへきた目的の一つである次の仕事を紹介してくれる場所だ。
砂の大陸サハラーウでは七つの小国以外にも、一応、人が暮らしているところがある。
それはこのバザールと同じように、各地に点々とある村や集落のことだ。
その村や集落の多くが自衛の手段を持たないのもあって、そういう者たちを相手に傭兵を紹介する仕事がバザールにはある。
たまに小国に住む貴族からも依頼があったりと、無法地帯が多い砂の大陸では一般的な仕組みだ。
この仕事は資金なしで誰もがすぐに始められる事業というのもあって、立ち上げてもすぐに廃業することも多い。
仕事の内容は盗賊の討伐から村や町、砦の警護など様々であり、ワヒーダはここで金銭を得て生活している。
一際大きな天幕に入る。
そこには、商人とは態度も格好も違う者たちがテーブル席についていた。
もちろん彼らは傭兵の買い手だ。
紹介屋に雇用条件を伝え、紹介された傭兵と交渉するために待機している者たちである。
ワヒーダはそんな連中の間を抜けて、紹介屋がいる奥へと歩を進めていく。
「よお、鉄腕の。もう次の仕事をお探しかい?」
恰幅のいい若い男がワヒーダを見ると、自分から声をかけた。
傭兵は名前を明かさない者が多く、そのため容姿や戦場での功績、戦いぶりなどからつけられる二つ名で呼ばれているのが普通だ。
それでもワヒーダは名前を隠してはいない。
だが、彼女のその目立つ容姿――隻腕隻眼に、黒髪にまだらに入った金色の髪、そして鋼鉄の左腕は名前以上に覚えやすく、鋼鉄の腕を持つの女――鉄腕のワヒーダとして、仕事仲間の間では名が通っている。
そのせいか、バザールに暮らす者らはワヒーダを略称――鉄腕と呼ぶ。
「それ以外でこんなとこに来ないだろ。それで、なにか仕事はある?」
「ああ、ちょうどおまえさんに合った仕事がさっき入ったよ」
恰幅のいい男は、そう言いながらテーブル席のほうへ視線を向けた。
そこには二人組の男が座っている。
ワヒーダは二人組の男を一瞥すると、紹介屋に訊ねる。
「あたしに合ったってのは、どういう意味?」
訊ねられた紹介屋は、コホンと咳払いをして答えた。
なんでも二人組の男は、ベナトナッシュ国付近にある村から来ているようで、村にいる囚人の牢番を探しているらしい。
求める傭兵の条件は、腕っぷしは当然として、なによりも精神的に強い人間であり、悪霊などを信じないような人間。
さらに家族や恋人などおらず、徒党を組まない単独で活動していることも重要だそうだ。
「腕っぷしの強い一匹狼っていえば、ここらじゃおまえさんしかいねぇからな」
ワヒーダは内心で思う。
ずいぶんと怪しい感じがする条件だと。
まずベナトナッシュ国付近にある村というところだ。
このバザールは、サハラーウの中央にあるメグレズ国とアリオト国の間にある。
それに比べて、二人組の男が来たというベナトナッシュ国付近は、大陸の最東部だ。
傭兵が必要ならベナトナッシュ国の近くにあるバザールで探せばいいというのに、どうしてわざわざ中央地域まで出てきたのか。
さらに気になるのが、家族、恋人、仲間のいない人間という条件だ。
どうみても厄介事の匂いがする。
「まあ、とりあえず話すだけ話してみな。そうしてもらえると、俺のほうにも金が入って依頼主が雇える可能性も上がるしよ」
しかし、金を稼いでおいて損はない。
仕事がないときは本当にないため、稼げるときに稼いでおかねばと、ワヒーダは二人組の男が座っているテーブル席へ歩を進めた。