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#14

それからハシャル村を出るのは簡単だった。


それはすでに戦意を失った村人らが、ワヒーダたちが家を漁っているときも、ずっと湖の側から動かずにいたからだ。


砂漠を夜に進むのは魔獣などに襲われる危険があったが、長く村にいるほうが安全ではないと、ワヒーダは判断したのだ。


「ねえ、ワヒーダ。人の名前ってさ。いつ付ければいいの?」


おかしな質問の意味を考え、ようやくワヒーダは今さらながら白い髪の少女の名前を知らないことに気が付いた。


「いつと言われても、普通は生まれる前に親が考えるもんだけどね」


「そっか。でも、僕には両親がいなかったからなぁ。うーん、どうしよう? 名前がないとこの先、困るよね?」


「呼ばれたあだ名みたいなのはないの? ……ってごめん、あるわけないか……」


「うん。ずっと“あれ”とか“化け物”って呼ばれてたからね。そうだ! ねえ、ワヒーダが考えてよ」


「えぇッ!? あたしに考えろっての!? いきなり言われてもなぁ……」


並んで歩いていた二人は、名前の話になると足を止めていた。


そして、どちらが何か言うわけでもなく、今夜はここで休むことになった。


ワヒーダは、村で手に入れた道具や薪で火を焚き、食事の準備を始める。


とはいっても彼女もそんな凝ったものは作れないので、手に入れた材料から簡単な豆のスープを煮込み出していた。


その様子をじっと見ていた白い髪の少女に、ワヒーダは荷物から毛布を手渡した。


昼間とは違って砂漠の夜は冷える。


年中暑いサハラーウでも、野宿する場合は必ず分厚い毛布が必要だ。


「ワヒーダって料理できたんだね。意外」


「これくらいのもんならね。まあ、一人が長いと自然と覚えるよ」


白い髪の少女は普通に会話をしていたが、明らかに消耗していた。


表情や仕草に疲れが見え、疲労で眠たいのか、今にも(まぶた)を閉じてしまいそうなくらいウトウトとしている。


無理もない。


長い間ずっと牢屋の中にいた彼女が、いきなり走ったり、集団と対峙して魔法を使ったのだ。


肉体的にはもちろん、精神的にもかなり(こた)えたことだろう。


「疲れてるなら寝てていいよ。メシができたら起こすから」


「別に疲れてないよ。ちょっとまだ外の精霊たちと馴染めてないだけ……」


そう言った白い髪の少女は、フラフラと立ち上がった。


頼りないその足取りは、まるで産まれたての小鹿を思わせるほど頼りない。


少女はどういうわけか、浅い呼吸を繰り返しながら、ただ夜空を見上げている。


「精霊との馴染み方はわからないけど、そういうときは深呼吸すると楽になるよ」


「そっか……。深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出すんだね。やってみる」


白い髪の少女は、ワヒーダに言われた通り深呼吸をした。


背筋を伸ばしながら両手を広げ、反り返るかのように夜空へ顔を向ける。


「大丈夫? うまくできた?」


「ちょっと驚くかもしれないけど。心配、ないから……」


白い髪の少女がそう呟くように言った直後――。


砂が彼女とワヒーダの周囲を舞い始めた。


突然のことに思わず立ち上がったワヒーダ。


竜巻が来たのかと警戒したが、風が吹き込んでくるわけもなく、少女とワヒーダを中心に円を描いて吹き荒れ始めている。


砂が風で舞い上がると、周囲を無数の光が覆い尽くしていた。


ワヒーダはその光景を見て、初めて少女と会ったときの――暗い牢屋で彼女がしたことを思い出していた。


「こいつは……魔法……」


舞った砂がすべて地面へと落ち、無数の光がゆっくりと二人の周りに落ちてきていた。


まるで満天の星空の中にいるような、そんな不思議な光景だ。


「……やっぱり広いところだと、精霊たちの声がよく聞こえるね。凄い量の魔力が流れ込んでくるよ」


(ささや)くように声を出し、それに呼応するように光も動きをみせ始める。


降り注いでいた無数の光がやがて地面に落ちると、今度は少女の足元から波紋を描くように広がり、二人の周囲にある砂漠にくまなく浸透していった。


そして再び舞い始めた砂、さらに隠れていた虫たちにも光が宿る。


まるで大地に住むすべてのものたちの命が溢れ出たような――そんな輝きに満ち溢れていた。


「これが砂漠……?」


よく知る景色が全く違ったものに映る。


当たり前のように見ていた、砂しかない場所だというのに、少女が両手を広げただけで、すべてが変わってしまった。


ワヒーダはこの光景を見て、その身を震わせていた。


白い髪の少女と出会ってから驚かされてばかりだったが、この光景もまたその一端に過ぎないのだと。


ハシャル村に来るまで、彼女は生きることに飽きていた。


代わり映えしない戦場、争う理由、生死にうんざりしていた。


だが、そんなことないと今は思える。


世界には、まだ自分が知らない喜びや驚きが秘められている。


何の変哲もない砂だらけの光景でさえ、目を奪われる瞬間があるのだ。


なら他の場所はどうだろう?


仕方なく通っていたバザールや、縁がないと思っている七つの小国にも、まだまだ自分の知らない姿があるとしか思えない。


ワヒーダは、囚われていた白い髪の少女を救い出した。


しかし、本当は違う。


彼女は少女に自分の姿を重ねてしまったからこそ、連れ出したのだ。


そして、それはそのままワヒーダ自身を救うことにもなっていた。


今目の前で起こっている奇跡は、彼女が少女に手を差し伸べなければ、けして見ることができないものだった。


ここから新しい人生が始まる。


そう――。


白い髪の少女こそがワヒーダを救い、これからの彼女を導く存在となる。


ワヒーダは、頬を伝う水滴を拭う。


「あんたの名前、決めたよ……」


少女が振り返ると、彼女は言葉を続ける。


「アシュレ……。あたしの大好きなお菓子の名前で、有名な船に乗った一家が最初に作った料理のことだよ」


「船とか一家っていうのはよくわからないけど。ワヒーダの好きなお菓子ってところは気に入ったよ。うん、僕は今から方舟のお菓子アシュレだね」


名を付けられた白い髪の少女はワヒーダに向かって笑みを見せ、その場で踊り始めた。

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