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#1

両親がなぜ盗賊などやっていたのか想像を巡らせる。


まともな職に就いていれば、少なくとも雇われた傭兵に殺されることもなかっただろうにと。


戦禍に巻き込まれ、生きるために仕方なく始めたのかもしれない。


それか、生まれつきの悪党だった可能性もある。


左腕の鋼鉄の義手を眺め、右手で目玉のない右目を擦りながら、隻腕(せきわん)隻眼(せきがん)の女――ワヒーダは考える。


そう多くはない知識をかき集め、彼女はいくつもの短い物語をこしらえた。


だが考えていくにつれ、自分の境遇がさしてめずらしくないことに気がつき、つまらないと頭の中の物語を消す。


ワヒーダが顔を上げ、視線を前へと向ける。


そこには、身なりの良い者たちが目の前に並ぶガラの悪そうな男女に、順番に金銭を配っていた。


身なりの良い者たちは貴族――そして、並んでいる男女は傭兵たちだ。


彼ら彼女らがいるここは、砂の大陸サハラーウ。


この大陸には七つの小国があり、それ以外の地域はすべて無法地帯となっている危険な土地だ。


その小国の一つに住む貴族たちは、野盗に奪われた砦を取り返すために、傭兵を雇って戦場へと出た。


結果は金銭を渡していることからもわかる通り、貴族側の勝利で決着がついた。


ワヒーダもまた傭兵として戦い、報酬をもらう順番を待っているが、彼女は他の者たちのように列に並ぶことなく、取り返した砦の中庭に腰を下ろしている。


「さあ、傭兵の方々! 今なら懐が暖まっているだろう? 美味い食いもんと最高の酒はどうだい! もちろんイイ女もイイ男もいるよ!」


中庭に現れた商人が、硬貨の詰まった小袋を持った傭兵たちに向かって声をあげた。


傭兵たちは、ここぞとばかりに商人の出した品物に群がり出す。


ある者はその場に座り込んで買った肉や酒に食らいつき、またある者は商人の後ろにいた男女と奥にあった天幕へと消えていった。


陽はまだ高いというのに気が付けば中庭で宴が始まり、誰もが笑みを浮かべ、名前も知らない人間同士で肩を組んで大声を上げ始める。


命を懸けて手に入れた報酬を一夜にして使い切ろうとばかりの、凄まじいお祭り騒ぎだ。


ワヒーダはその光景を無表情で眺めると、ようやく貴族たちがいるほうへと歩き出した。


「今回の報奨金だ。確かめてくれ。いや、実に見事だったな。特にその左腕で吹き飛ばされたときの敵の顔といったら――」


貴族がワヒーダの戦いぶりを褒めながら、硬貨の入った小袋を差し出す。


彼女は相づちすら返さず、小袋に入った硬貨を一つひとつ確認していた。


銀貨十枚と銅貨が二十枚。


これが死に物狂いで手に入れた金になる。


一日分の報酬としては悪くないが、それでもワヒーダは野盗のリーダーを討ち取っていてもこの額だ。


他の傭兵たちはもっと少ないだろう。


数え終わった硬貨を小袋に戻し、ワヒーダは貴族たちに背を向けた。


「ふむ、愛想がないな。戦場でも仲間に対してもそうだったようだし、そんなんでやっていけるのかね。君らみたいなのは、手を取り合ってこそだと思うが」


ワヒーダを褒め称えていた貴族が、黙って去ろうとする彼女に声をかけた。


声をかけられ、振り返ったワヒーダは、貴族にただ冷たい眼差しを向けると再び歩き出す。


そんな彼女を見た貴族たちは、互いに顔を見合わせて不可解そうにし、首を左右に振っていた。


中庭から砦を出ようと、ワヒーダが歩を進めていると、背中から快活な声が聞こえてきた。


「そこの金色の髪が混じった女の人! あんたも楽しんでいったらどうだい! 戦った自分へご褒美をあげてやりなよ!」


商人の声だ。


整った長い髭を擦りながら、ワヒーダの特徴である黒髪にまだらに入った金色の髪のことを口にしている。


もっと明確な特徴の鋼鉄の腕や隻眼のことに触れないところが、商人が客商売に慣れている感じが見て取れた。


普通ならその仰々しい義手や片目のことを言うのがわかりやすい。


ワヒーダが足を止めると、商人の男は長い髭を揺らして、彼女へと近づいてくる。


「おやおや、その気になったかい? 声はかけてみるもんだねぇ。さて、あんたが欲しいものはなんだい? 肉か酒か? それとも男娼? もしかして女のほうがいいか? ウチはなんでもそろえてるよ!」


「なら、いい人生ってヤツを売ってくれ」


「へッ……? じ、人生……?」


突然の言葉に商人が戸惑う。


笑みが消え、まるで目の前で魔法でも見たかのように、顔を歪めている。


そんな商人にワヒーダは言葉を続けた。


「ああ、このクソみたいな暮らしを終わりにして、やり直せるような人生は売ってないか。なんでもあるんだろ?」


「おいおい、バカ言っちゃいけねぇよ。そもそも人生なんてもんは、金で買うもんじゃないだろう?」


「……買えてるヤツは多いけどな」


「ちょっとお姉さん!? 待ってくれよ!」


商人を無視してワヒーダは砦を出た。


騒ぐ傭兵たちの声など気にせずに、ただ一人で砂漠の中を進んでいく。


外套を羽織り、砂しか見えない道を、ラクダにも乗らずに自分の足で。


砦から離れて少しすると、ラクダに乗った集団がワヒーダのいるほうへと向かってきていた。


その集団は男が二人に女は一人で、ワヒーダを囲むようにラクダの足を止める。


「貴族からたっぷりもらったんだろ? 金を出せば命は助けてやるよ」


集団のリーダーだと思われる男が、抜いた剣の先をワヒーダに向けながら言った。


ワヒーダは何も答えずに、ただ男を見返している。


その表情が気に入らなかったのか。


男は仲間たちに指示を出した。


三つの刃が背後と前から、ワヒーダへと襲いかかる。


だが次の瞬間には、三人の男女はラクダから転げ落ちていた。


一人が首を斬られて動かなくなり、女のほうは額から激しく血を流しながら両目を見開いている。


「くッ!? なんだこいつ!? クソつえーじゃねぇか!?」


リーダー格の男だけは、切られた腹を押さえながら走り出していた。


しかし、深く切られた痛みで思うようには速度を出せず、すぐに砂に足を取られて転ぶ。


ワヒーダは倒れた男に近づくと、その口を開いた。


「立てよ、ハイエナ。世の中には怒らせちゃいけない相手がいるってことを、これから教えてやる」

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