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14-2

 そんなことを繰り返していると、本人同士でどうこうという話ではなくなった。実家のみならず、遠縁の高位の貴族家も交えての話し合いとなった。


「やられっぱなしよりは全然いいと思うよ」

 兄はそんなことを言った。

「いや、良くはない」

 そんな兄の発言を受けて、高位貴族家当主が即座に否定する。


「貴族は舐められると終わりでしょう」

「それはそうなんだが、徒に敵を作るのもまずい」

 ケントはどこか他人事みたいに思いながら、ただ黙って聞いていた。

「あまりそんなことを繰り返していると、この兄に嫁入りしてくれる家がなくなってしまうぞ」

 そんなケントを見て真面目に聞いているか怪しいと思ったのか、高位貴族家当主がケントの目を見て話しかけてくる。

「いや、そんなことは」

「ある」

 即座に否定しかけた兄を制して、彼は断言する。それを聞いて、ケントはハッとした。


「申し訳ございません。以後、気を付けます」

「うむ。わかればよろしい」

 彼は頭を下げたケントに対し、鷹揚にうなずいた後、ふうーっと深い溜息を吐く。


「君ら兄弟は、まだ話が分かる方だな。自分の内側に入れた存在を大事にしようという意識があるのだから。あの男は、そもそも内側に誰も入れようとしなかったし……」



「しょうもない諍いを起こすんじゃない!」

 彼らの側の話し合いが終わった後、兄達は帰るのでケントはそれを見送っていく。道中、相手側の話し合いの場からそんな声が聞こえてきた。

「あの男の息子に余計な手を出すな! あの男は執念深かったのだ! 気に入らない相手を痛めつける機会を虎視眈々と狙って、訓練の場や戦闘の場での事故を装って、攻撃するような男だったのだ! あの男は、実際にそれをした!」


「俺らの父、本当に評判が悪いねえ」

 聞こえてきた話に対して、兄がそんな感想を漏らす。ケントの父はやはりどこか壊れている男だったらしい。

 それを聞いて、ケントは自分もそちら側だろうと思った。時々自制も効かず、攻撃をしてしまうのは人としての何かが欠けているからだ。人としての当り前を守ろうという意識が欠けている。

 今はただ、なんとなく人の皮を被っているだけ。中身は得体のしれない化け物なのだ、と思った。



 訓練の後、他国との戦闘の場に出ることになった。その頃には、例の空気はすっかり霧散していたが、ケントはどこか遠巻きにされがちであった。

 ケントが配属されたのは、狙撃班である。ずらりと盾を並べたその隙間から、敵の歩兵や騎兵をクロスボウで撃っていく。ただ撃てという合図に従って手を淡々と動かす。


 狙いを定めろとは特に言われていない。数を撃てば当たるという考えなのだろう。結果を求められていない。敵側が無数の矢に怯んでくれればと願っての示威行為である。


 ケントは、さすがに心臓や頭を狙う気にはなれなかったので腕や肩を狙って撃っていた。

 当たってはいる。苦悶の表情を浮かべもしている。だが、撃っても撃っても速度を変えずにこちらに向かってくる集団は不気味だった。


 ある程度近づいてきたところで、敵兵の将が身振りと大声で指示を出す。そこから一斉に敵兵達が猛然と走ってくる。

「撃て! 撃て! 撃てーーーーー!」

 こちらの将が半狂乱で指示を出す。これは、当てろと言っているのだろう。怯まずに向かってきているのだから、もはや示威行為は意味がない。



 前線の一角が崩壊し、敵兵と味方が雑然と混ざりだす。そこらでようやく将が撤退を叫び出した。

 そこからは、個人の判断でみんな走って逃げた。



 結果は敗戦。だが、停戦協議に成功したという話になったらしい。どこで話し合いの場が設けられたのだろうか。それをケントが知るすべはなかった。一旦戦闘が終了したので、ケントら兵達は帰国できることになった。



 家に帰ると、誰もいなかった。門も固く閉じられていて、通用門もびくともしない。門番の姿も見えないので、問い質すこともできない。


 どうしようかと思いながら、家から離れてぶらぶらとその辺を歩く。教会の近くまで来た。そこでは葬式が行われていた。


「領主様のとこの御子息が亡くなったらしいね」

「軍人になったんだっけ?」

 街人がそんな話をしている。どういうことだと遠目から教会の中を窺えば、義母や兄や使用人の姿があった。義母は泣いていてそれを兄が慰めているようだった。


「遺体も帰ってこなかったそうじゃないか。気の毒だねえ」

「戦争なんて何の得にもならないね」

「けど、言っちゃなんだが、これで良かったんじゃないか?」

「どういうことだい」

「あのご子息は領主様の腹違いの弟だろう。領主様がうっかり亡くなったらあのご子息が領主になっちまう」

「それの何が問題だ?」

「片側しか貴族の血を引いてないんだよ。先代領主夫人のご実家との繋がりもなくなっちまう。それよりは、正当な血筋の人間が領主をしてた方がいろいろと具合がいいのさ」

「そんなもんかね」

「領主様は早く結婚なさって御子を御作りになった方がいいね」

「そうは言っても、喪に服されるだろう」


 街人の勝手な話を聞いて、ケントは今行われているのが自分の葬式だと知った。


「ははははは!」

 なぜか笑いがこみ上げてきた。ケントは当てもなく走った。走って街を飛び出した。


 ケント・サベックスは社会的に死んだ。



 それからケントはただのケントとして生きることにした。始めは商人の護衛を生業にした。商人の旅についていった先で鉱山にたどり着いた。そこで、鉱山で働くことにした。

 鉱山が閉山した。戦争のための金を工面するためにと鉱石を掘って掘って掘りまくった結果、鉱石をとりつくしたらしい。

 鉱山である地方で働く人を募集していると知った。それがメディナだった。ケントはメディナに行くことにした。そして、その地でケントは傭兵となった。



 そして、今――

「ケント! ケント、死ぬな!」

 ユリシーズの叫ぶ声が聞こえる。すごく近くに彼はいるはずだが、声は妙に遠くに聞こえた。


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