13-4
「気負わなくていい。俺達はいわば同じ立場。過度に敬う必要はない」
「はあ」
そうは言われても、とケントは思う。決して同じ立場ではないだろう、とケントは理解していた。
「間に合わせで悪いが、着替えてくれ」
「はい」
渡された上質な服に着替える。間に合わせということはこの青年子爵のお古だろうか。お古だとしてもまったく傷んだ様子がない。ケントは着ながら恐縮した。
「うん。中々だ。サイズも合ってるようで良かった」
青年は満足げにうなずく。そして、青年に連れられてケントは部屋を出た。
青年の後ろについていこうとしたら、青年は横に並んで話しかけてくる。青年の方を見ていたら、気づくのが遅れた。
全身が濡れた。笑い声が聞こえて、立ち去る足音が聞こえる。ガランとバケツがうち捨てられた。
「何してんだ!」
青年が声を荒げる。
「お着替えをしましょう」
老人が冷静にケントを再び部屋に戻す。
「捕まえろ」
ケントが背を向けた途端に、青年が冷静に私兵に指示を出していた。
「少し大きいですが……」
「いえ。ありがとうございます」
まだ衣装が用意されていたことにケントは驚いた。ケントの体の大きさを予測して、いくつかのサイズを持って来ていたのだろうか。
ケントが再び部屋を出ると、捕縛された孤児たちが後ろ手に拘束された状態で座らされていた。一度折檻された後なのか、顔に殴られた跡があった。
「鞭で打て」
青年は端的に指示を出すと、ケントを連れて外に出ていった。
青年に促されるまま馬車に乗る。青年がふうと息を吐いた後、はっと顔を上げる。
「いや、決して横暴などではないぞ。ああやって貴族相手に失礼をすれば痛い目に合うということを学んでおかねば、よその貴族相手に同じことをしたときにより苛烈な刑を受けかねないからな」
青年が慌てて弁明をする。孤児たちに折檻を命じたことで、ケントが怯えると思ったのだろうか。
「はい。それはわかります。ただ、彼らは貴族を害したかったのではなくて、俺を虐めたかったのです」
孤児たちの恨みがましい視線をケントは思い出す。その目はなぜお前がと物語っていた。彼らが恨みを向けるのは青年ではなく、ケントだろう。
「彼らと君は元から生まれが違ったのだ。今後関わることもあるまい」
「はい」
そして馬車は動き出した。
連れてこられたのは、立派な邸宅だった。ケントは改めて父が言った言葉を思い出す。あの父に見つかったら何をされるか、と身を固くする。
「さあ、こちらだ。先ほど水を浴びたし、まずは湯浴みといきたいところだが少し我慢してくれ。会わせたい人がいる」
「はい。お気になさらず」
案内された先は、日当たりのいい部屋だった。その部屋で、一人の婦人が椅子に座りくつろいでいた。ケントたちの姿を見て、その婦人が立ち上がり、にっこりと微笑みかける。
「ライマーさん、お連れしたのね。ご苦労様」
「はい。母上、ただいま戻りました。そして、こちらが例の子供、ケントです」
「ケントさん。初めまして。これから、一緒に暮らしますギーゼラと申します」
「はい。ご婦人、これからお世話になります」
「どうか私のことは、お母さんと呼んで」
ケントは困惑して、兄を見上げた。兄はうなずいて
「母上と呼ぶがいい」
などと言う。ケントが答えられずにいると、婦人はにこにこと笑いながら
「慣れてからでいいわ」
と鷹揚に言った。
「母上、では彼をあそこに案内してきます」
「はい。では、ケントさん、またあとで一緒にお茶しましょうね」
ケントは再び兄に別の場所へと誘われた。連れていかれたのは、屋敷の外だった。あの屋敷に入ったときから、あの男に見つかったらどうしようとケントは緊張していたので、ほっとした。
再び馬車に乗って、さほどしない内に目的地に着いた。馬車から降りて、ケントは兄についていく。
「お墓……?」
誰の? と疑問が浮かぶ。
「我らの父、スヴェンの墓だ」
「え? 死んだの?」
「死んだ。酔って階段を踏み外して、頭を打った」
「死んだ……」
殺してやるなどと言ってきていた相手が勝手に死んでいた。それもこんなに呆気なく。
苦しませてやりたいだとか恨みを晴らしたいだとかそんなことを考えていたわけではないが、その突然の話にケントの気分は置き去りになった。




