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「5000ドラクってほぼ有り金全部じゃないですか。ここで使っちゃったら、宿代はおろか、帰りの馬車代もなくなりますよ」
「いや、アイテムとか売ったらなんとかなるかなって……」
「そこまで思いついたのなら、ここで手持ちのアイテムとの交換をまず考えてください」
「はぁい」
ケントは研究者たちに背を向けてユリシーズに懇々と説教をする。その様子を研究者たちはじっと見守っていた。
「ああいう光景、見たことある」
護衛の彼の台詞に、研究者たちは遠い目をする。そして、気を取り直してひそひそと打ち合わせを始める。
「大金をゲットするチャンスだ!」
「値切ってくるから、おまけをつけてどうにか金を出させるんだ」
「カモられてた人間がカモを狩る側になった姿がこれかあ」
「アイテムを使おうにも、その正体がわからんのが大半なんだよなあ」
「貴重なアイテムも二束三文で持ってかれるかもね」
とりあえず、交渉に出せるアイテムを用意する。
「ここにございますのは、どんな傷でも治すという上級ポーション!」
「うわあ、ポーション欲しい」
早速誘惑に負けるユリシーズにケントは先行きが不安になる。
「なんか、俺ら全然ポーション拾えてないよね」
「アイテムは必要としてるものが手に入りやすいってジンクスあるよね」
「そうそう。さっきそれがあればってのが、後から手に入ったりもよくある」
「ええ~~。それでポーション手に入らないのー」
「確かに大怪我はここまでしてないが……」
「石材タイプの敵でも貫く威力のクロスボウ~~」
「わあ~~すごい!」
「全部欲しがるじゃないですか」
ケントは何度か値切りを試みてるのだが、その度に相手にアイテムを出されてそれにユリシーズが食いついてしまう。
「でも俺、クロスボウ使うのへたくそ。フーゴ使える?」
「俺はほとんど剣しか使えないぞ」
「ケントは?」
「使えますけど……」
「じゃあ、あれはもらっとこう」
「ええ~~……」
「え、これ何? 見たことない」
「こんな軟膏、ダンジョンでドロップするの?」
「これは俺が作ったやつ……」
研究者たちが欲しがるアイテムを出せずに苦し紛れに出したのがモギ草から作った傷薬だ。
「え、君、薬師なの?」
「違うよ。近所の婆さんに習った。俺の住んでる地域で昔からよく使われてる傷薬」
「効果あるの?」
「一応あるよ。ここまでとりあえずこれでしのいできたし」
「へえ~~……いいな、これ」
「うん。ポーション使うにはもったいないときにいいかも……」
苦し紛れに出したが、意外に食いつきがいい。
「やったー! 半額になった! おまけもいっぱい」
「……絶対もっと値切れたんですよ……」
ご機嫌なユリシーズに対して、ケントは悔しがっている。吹っ掛けられていると感じて最初に半額を提示したが、その提示をしたときの反応を見るに、適正価格はそれより下だろうと感じた。
研究者たちはにこにこしながら去っていった。彼らは深層にはいかず、この辺りをしっかり調べるのだという。
ユリシーズは笑顔で研究者たちに手を振って見送る。
「絶対に得しようとしたら損するってケントも言ってたでしょ。彼らと険悪にならなくてよかったよ」
「石化が防げるだけでもありがたいよな」
「アイテムの整理もできたし」
ユリシーズとフーゴは満足してにこにこしている。
「ケントありがとう!」
「お役に立てたのなら……」
ケントは言いながら全然納得はしていなかった。
「彼らは本当に楽しそうに探索してたね」
「ああいうのいいよな」
「いつ死んでもいいって言ってたね」
ユリシーズ達が話すのを聞きながら、ケントは自分が今死んだらそう思えるかと考えていた。そして、後悔しそうだとも思っていた。
先ほど「お役に立てたのなら」と口にしたが、本当の意味でそれが叶えば多少は後悔が減りそうだとなんとなく思う。
ケントは人というのは突然死ぬものだと知っていた。
孤児院暮らしをしていたある日、ケントは呼び出された。呼び出された先には、見知らぬ青年とその傍らにはあの時父を叱っていた老人がいた。
「こちらの子爵があなたを引き取りたいと仰せです」
「初めまして。簡単に言うと、俺は君の兄だ」
「はあ。子爵様、俺のためにわざわざご足労いただきありがとうございます」
ケントは父に言われた言葉を思い出して、不安を覚えていた。それでも、貴族相手に反論はできないと礼を述べる。




