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12-3

 男はケントたちの家までついてきた。母は男に押し込まれるようにして家に入る。ケントの存在を男は視界に入れていなかった。

 どうしたのかと思いながら、ケントも家に入る。


 男が母を寝台に向かって突き飛ばした。

「子供の前で止めて!」

 母が叫ぶと、男が舌打ちをしてケントに目を向けてきた。


 ゴロンと床に無造作に投げ出された。後ろ手に縛られたケントは、受け身もとれず、痛みに耐える。視界に映るのは家の壁だ。

 母の悲鳴、男の怒声、それらを聞きながら時間が過ぎるのをただ待った。



「お母さん、大丈夫?」

「ケントごめんね……」

 母が泣きながらケントの縄を解く。ケントの問いには答えてくれなかった。

「あれ、誰?」

「ケントのお父さんよ……」



 それから、ケントたちの家に父が訪ねてくる日々が続いた。父が訪ねて来る度、ケントは縛られて床に放り捨てられる。

 母は働きに行くことを禁止された。食事はいつの間にか、届けられる。どこか豪華な見た目の料理だが、量が一人分のようだ。

「ケントが食べて」

「二人で食べようよ」

「……そうね。二人で分けましょうか」

 スープは濃厚で薄めてもそれなりに美味しかった。パンはふかふかで歯ごたえがなく、それまで普段食べていたものと比べると味は濃くて美味しいが、どうにも食べたりなさがあった。



 来てほしくない父を待って生活することにケントは嫌気が差していた。ケントは父に頼った生活から逃れたいと思っていた。

 家の外に出て市場を眺めていると、子供達が出店を出入りして使い走りをしている。そうか、自分で働けばいいんだと気づいて、子供達を倣って出店の店主に声をかけていく。


「おい!」

 そんなことを繰り返していると、市場をうろついていた子供に声をかけられた。呼び出されて、路地裏に連れていかれる。そこで突き飛ばされた。

「知ってるぞ! お前、親が普通にいて、食事にも困ってないだろ! そんなやつが、俺らの飯の種を盗ろうとすんなよな!」

 そして、ケントは市場から締め出されたのだった。



 母はあの男が去った後、伏せることが多くなった。

「お母さん、痛い?」

「ごめんね、ケント。ちょっと休ませてね」

「お医者さん呼ぼうよ。呼んでくるよ」

「ううん。いいのよ。寝てればきっと良くなるから……」

 母の声に力がない。眉間にしわを寄せてずっと痛みに耐えている様子だ。そのまま気を失ったのか、呼びかけてもただ寝息が聞こえてくるばかりになった。

 ケントは母の分を残して食事をして、寝る。翌朝になると、母が先に起きている。

 あの男が頻繁に来ると、それが日常になった。


「お母さん?」

 ある朝、ケントが目を覚ましても母はまだ寝ていた。呼びかけるが、母が起きる気配はない。

「お母さん!」

 ケントは母を強く揺すった。だが、反応が返ってこない。母は眉間にしわを寄せた苦悶の表情を浮かべたままだ。

 ケントはそんな母を気の毒に思って、そのしわを指で伸ばそうとした。

 だが、そのしわはどうしても消えず、母の表情は変わらないままだった。

「お母さん……?」

 母の手が冷たい。頬に触れても冷たい。指は曲がったままでその形が変わらない。

 母の胸が上下していない。口元に手を持っていっても、息を感じることができない。


 どかどかと大きな足音が聞こえてきた。バタンと乱暴に扉が開けられる。

「出迎えしろよ!」

 怒声が聞こえる。そのまま大きな足音が近づいてきた。

「おい!」

 でかい声が呼びかけるが、ケントは答えられず、緩慢に顔を向けた。


「……」

 男はケントを押しのけ、母の手を取って持ち上げて、それから口元に手をやって胸に耳を当てた。


 男がチッと舌打ちをする。それから出ていって、しばらくすると誰か知らない人間が複数やってきた。


 教会へ連れていかれ、母の弔いが慌ただしく終わった。その後、ケントはどこかへ連れていかれた。そこは孤児院だった。

「申し訳ございません。旦那様を説得して、必ずお迎えに上がりますから……」

 全然知らない老人がケントに謝ってくる。

「別にいいよ。どうせ殴られるだけだし」

 ケントがそう言うと、老人はより一層申し訳なさそうな顔をした。



「よう、新入り。あの時以来だな」

 ケントに声をかけてきたのは、市場からケントを締め出したあの孤児だった。

「お前、捨てられたんだ。気の毒にな」

 彼らの顔ににやにやと嘲りの笑みが浮かんでいる。ケントを囲む彼らが手をぶらぶらさせたり拳を鳴らしたりしている。

 かわいがりが始まるとケントはわかった。ケントはそれを察するとすぐに目の前のリーダー格の顔を殴った。

「てめえ!」

 他の孤児たちがケントに向かってくる。だが、ケントはそれでもリーダー格を殴り続けた。相手が抵抗をする気力を失ったと見ると、他を殴る。

 容赦なく暴力を浴びせながら、ケントは自分はあの男と同じなんだと自覚していた。



「ケント!」

 呼びかけられて、ケントははっと意識を取り戻した。

「あ……」

「よかったー。石化、解けた。解呪の巻物が手に入らなかったら、どうしようかと思った……」

 目の前にはほっと息を吐くユリシーズの姿があった。


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