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「あなたの目には、この方はどう映っています? 好いておられるのだから、善良な方だとお思いでしょう」
「そうだね。その身分に見合わないほど、気さくで純真で……プラウドの都にいる貴族連中とえらい違いだ」
「そうだ。まったく、あの環境にいて驚くほどまっすぐにお育ちだ」
「あの環境にいて……?」
ケントの言葉にフーゴは疑問を持った。ユリシーズの純真さはあの地で培われたものだと思っているからだ。
「あなたはよくご存知でないだろうが……」
ケントの話にフーゴは黙って耳を傾ける。
「確かにあの地にいるのは大体が善良な人々です。ですが、ユリシーズ様の同世代に質の悪いのが固まっているのですよ」
「ユリシーズと同世代……」
フーゴはそれを聞いて、なんとなくうすぼんやりとその性質の悪さが想像できるような気がした。フーゴは社交界には縁がないが、それでもそこで聞かれるような良くない噂というものをいくつか耳にしたことがあるのだ。
「宝石を石ころだとけなしてそのように扱えば、自分の手にできるのではと考えるような輩がたくさんいるんですよ」
「あー……」
フーゴは想像と違わなかったことに呆れからの相づち声が出る。
「そんなわけはないのに」
随分低い声が聞こえてフーゴは改めてケントをまじまじと見る。
「理解できないんですよねえ。その考え方が。最初から手にできないってわかってるでしょうが。それを一生懸命にくさしてくさして……やることが陰湿ですよ」
表情はさほど変わらないのに、聞こえてくるのが心底嫌そうな声でフーゴはこの男もしかして……と思い出す。
「私などは恵まれている人はそのまま恵まれてて欲しいんですよ。なのに、どいつもこいつも必死に足を引っ張る。自分達の住む領地の領主になる人が相手ですよ。自分達の生殺与奪権を本来持ってるはずの相手に対してですよ。正気か?」
ケントの愚痴がまだ尽きない。段々口調が少し早くなっている気がする。
「この方やイリアス様たちが穏やかでお優しいから許されてるんですよ。その優しさに胡坐をかいて好き放題をして。もしかしたら気づいてないのかもしれませんねえ、馬鹿だから。どうして気づかずにいられるんでしょうねえ。いい加減痛い目を見るなりすればいいのに」
「……うん、まあ、いっぱいいると処罰もしづらいんじゃないか」
「いい加減悪質なのはどうにかした方がいいと思うんですよねえ。この方に悪影響与えてるじゃないですか。好きな相手の精神を悪化させてそれを喜んでるなんて本当どうかしている」
まだ終わらんのかとフーゴは思う。そもそも何を言いたいんだろうか。
「自分達の領主となる御人でしょうが。自分達の若様を好いてるんなら、そのまま素直な気持ちで誇らしいと思ってればいいのに。大体、言うほどこの方に駄目な点なんてないんですよ。そりゃあ屈強な兵士に比べれば非力でしょうが、ちゃんと剣も弓も扱える。まったく訓練したことない人の動きではないんですよ。ちゃんと努力してるのが見ればわかるでしょう。頭だって悪くないし、それなりに教養があるのはしゃべればわかる。それを無能であるかのごとくダメだダメだと外野がうるさいってんですよ。イリアス様が優秀なのはわかりますが、そこと比較して駄目だという意味が分からない。誰よりも優れてて欲しいのかと思えば、そうやってくさして話すときに嬉しそうな顔をしてるんですよ気持ち悪い。」
どうしよう、この男全然止まらんな。フーゴは開けてはいけない扉が開いているのを感じた。
「そもそも、身分が違う。どうあがいたってそこは変えられない。いくら建国して村人に地位を与えたからって、この方に手が届くかといえば、そんなことはない。そもそも、この方は両親の生まれからして由緒正しいんでしょう。ねえ、プラウドの王子様、この方の母君の家系はしっかりした貴族なんでしょう」
「え。知らない……」
「この方の見た目は母君譲りなんでしょう。見た目が似た貴族がプラウドにいるんじゃないですか」
「え~と、うん。多分、いるだろうね……」
フーゴは社交界に出ないので、よく知らない。
ケントは知っていた。出征するときに通った貴族領で出迎えたその領地の貴族の見た目がユリシーズの髪色と瞳の色が同じだった。
「えーと……う~~ん……」
フーゴはケントと話し始めるときに何を言おうとしていたのかすっかり忘れてしまった。それを一生懸命に思い出そうとする。
「ユリシーズを心配する気持ちがあるんなら、どうしてダンジョン探索させることに乗り気なんだろうって思ってたんだけど」
「この方は、あの狭い世界にずっといるより、外の世界をしっかり見た方がいいんですよ」
「ああー」
ケントの言葉に、フーゴは一発で納得した。
「狭い世界で囲い込まれてけなされながら大事にされるより、外の世界に出て失敗しながらでも正当に評価される方がずっといいです」
「うん。そうだね」
フーゴはその言葉に素直に同意したが、ケントの秘めていた熱量に押されて出てきた声は平板な響きをしていた。




