10 信頼はまだないが信用はしている
「夜帳の巻物、使えばよかったかなー……」
ユリシーズは一人で先の戦いを回顧している。あのボスを倒すには、どうすればよかったかを考え続けている。
その間、行く手には魔物が出現していたが、フーゴやケントが手早く倒していく。あまりに簡単に倒されるので、アイテムの消費はない。
解呪屋が言うには、先のボスと同じく目が合うと石化させてくる蛇が出てくるとのことだ。恐らく、その蛇はすでに出てきているのだが、フーゴ達がすぐさま処理するので、その脅威を味わっていない。石化してくる前に素早く切り伏せているのだ。
やっぱり、戦闘力って大事だな。とユリシーズは思う。これがユリシーズ一人ならば、すでに何個かアイテムは消費されている。使う機会はないが、この敵にはこれなどとユリシーズは頭で考えていた。
石化してくる蛇には夜帳の巻物が有効だろう。などという風に。
蛇は嗅覚で獲物を察知してくるので、暗闇でもこちらを狙ってくる。だが、視界を奪えば『目を合わせる』という作業ができなくなる。この答えにたどり着くには、蛇は視界に頼らないという先入観を捨てなければならない。
行く手にあまり探索者らしからぬ二人が壁の文様を見ながら話をしていた。その傍らには護衛に雇われたらしき探索者が手持無沙汰に立っている。議論に熱中している二人はこちらに気づかないが、その探索者と目が合った。互いに軽く会釈を交わす。
「この女神は先ほどの階層ボスと同じなのだ。やはり、この蛇の髪の女はこの神殿を守る守護者なのだ」
「我々から見れば恐ろしい魔物だが、彼女は侵入者を退ける存在」
「この地には古くから、女の生首を象った飾りを玄関や柱などに着けるという風習がある。それと由来は同じものだ」
「入り口にあった背に羽を背負った女神像も同じものだろうか」
「ああ。彼女は、青銅の腕を持ち、背には羽があり、ときに猪のような牙を見せ、髪は蛇とされる」
二人の正体は、ダンジョンの歴史を調べる研究者のようだ。ユリシーズは彼らの会話を少しだけ立ち止まって聞いてみた。
「ユリシーズ様?」
呼ばれて、ユリシーズはすぐにケントたちの元へ走り寄る。
「ちょっとおもしろかった」
そんな感想を漏らした。
「ダンジョンて、遺跡保全に向いてるのだろうか」
嬉々として神殿について語る研究者たちを見ていると、改めて思う。残したいと思う遺跡が壊れずに残る。それは不思議の力で自動修復される。だが、その代償として魔物がはびこる探索困難な地となる。
「いや、やっぱり向いてはないな」
ユリシーズは出した結論で浮かんだ考えを打ち消した。
サクサクと探索は進む。これじゃあ、彼らの探索におまけでついていってるだけだ。とユリシーズは思う。
少し広い空間に出た。そこは、全体が暗くてどんな造りになっているのかが見えなかった。そこでは、他の冒険者たちが立ち止まって話し合っていた。
「これじゃあ、先に進めないぞ」
「前は、この下に降りて行く階段があったのに、それがない」
「どうする。今回は撤退するか」
「ロープなどを使って懸垂下降でもするか」
「だが……」
彼らの話し合いを聞きながら、ユリシーズ達はとりあえず手にカンテラを持って照らしながら辺りを探る。
ユリシーズ達がいるのは、断崖のようになった場所だった。下を見れば、何かの装置が見える。
「時計?」
ユリシーズには、それが大きな時計に見えた。この下は広場のようになっているのだろうか。その広場から見上げるためにあるのだろうか。下までは灯りが届かないので、想像でしかない。
議論をしていた冒険者たちは一旦撤退を決めたようだ。どこかから迂回できないかを探ると言っている。
その内の一人と目が合った。ユリシーズを見て、彼はぎょっと目を見張る。入口の女神像のところで出会った一人だろうか、とユリシーズは思った。




