3 酒と女と老婆と解呪
「美味しそうに食べるなあ」
宿の一室で虎に食事を与える。そして、その様子を眺める。ユリシーズは虎が元気に食事をしているところを見ていると妙に安堵を覚える。彼が食事ができないほど弱っているところを見たことなどないのだが。
「よーし! 人間もご飯食べるか!」
「行きましょう」
虎の食事を終えて、ユリシーズ達は立ち上がる。
「虎、お留守番……しないんだね?」
出て行こうとすると、虎はついてくる。もう、こっちは食べたとこなのに、みたいな顔で見上げつつ、絶対に置いてかれないぞという意志なのかユリシーズの足の間に入ってくる。
「お前は律儀ないいやつだよ」
「獣を入れてくれる店がありますかね……」
一抹の不安を覚えつつ、彼らは夜の街へと繰り出した。
「おや、あんた獣使いかい?」
はて、獣使いとは? とこちらは思うが、店員は疑問に思わないのかそのまま店内へと案内してくれた。
「虎、追い出されなくてよかったねえ」
着席してユリシーズは足元に寝そべる虎に話しかける。当然ですよ、といった顔で虎は悠然と伸びている。
「まずは食前酒でも頼みますか?」
「そだねー。あと、何かつまむものをちょっと」
「揚げた芋が美味しいと仰ってましたよね」
「お肉も欲しいな」
「もうメインですよね。それ……」
ケントが呆れつつ、バランスを考えて注文する。
「お待たせしましたー」
「来た来た」
ユリシーズは庶民的な店の雰囲気に流されて、料理の到着を小声で喜んでしまう。
「美味しそう~~」
空腹を抱えて眺める料理はとても輝いて見える。香ばしい料理のにおいに期待が高まる。
「んじゃ、カンパーイ」
意気揚々と酒を手に持ち、掲げた後、ぐっと一息で飲み干す。自覚していた以上に喉が渇いていた。
「うん! 美味しい!」
「あ、ユリシーズ様! フードが」
「ん?」
飲み干し終わった後、視界が明るいと思ったら、フードが外れていた。勢いよく飲みほしたので、フードが落ちてしまった。
うかつ……と反省しつつ、フードを戻そうとした。
「お姉さん! きれいだね! 一緒に飲まない?」
「飲まない!」
即座にやって来た軟派男を一言で切って捨てる。相手をしている暇が惜しい。今はとにかく空腹を満たしたいのだ。
「んん~~。美味しい」
「ユリシーズ様、まずフードを」
「おっと、忘れてた」
軟派男のせいでフードを戻すのを忘れて料理にありついてしまった。
「あちらのお客様からです」
「え?」
そこに店員が新たに杯を持ってくる。店員が示した方を見れば、男が決め顔で顔の横に指二本立ててポーズを決めていた。
ユリシーズはふーん、と思いつつ、この杯の酒は飲んで大丈夫かと考える。だが、持ってきたのは店員。まあ、いいかとその杯の酒を飲んだ。
「ユリシーズ様、もう少し警戒なさってください」
ケントから苦言を呈される。
「……うん」
でも、なんでも疑ってたら店で飲み食いできないな、とユリシーズは思っている。
「お酒はあまり飲み過ぎると、お体に障りますし」
「そうは言うけど、酔ったことないんだよね」
「え」
ケントとそんなやり取りをしていると、また誰かが近づいてきた。
「やあ、お姉さん。いい飲みっぷりだね。俺からも一杯奢らせてくれ」
「えー。いっぱい?」
話しかけられて、いまさらフードを戻すのも変だなあ、とユリシーズは思う。
男が店員に注文して持ってこられたのは小さな杯に入れられた透明の酒だ。
なんだよ、全然いっぱいじゃないじゃん。とユリシーズは思う。
「さ、遠慮なくぐっと」
「うん。ありがとう」
「ちょ、待ー」
ケントが慌てて止めるが、ユリシーズは一気に飲んでしまった。
「へー。結構強めなお酒だね。でも、飲みやすい」
「お! お姉さん、いける口だね!」
飲み干すと喉に刺激を感じた。その割に味は酒のきりっとした辛みの中にほんのりと甘みがあって後味はすっきりとしていた。
「こういう味の酒には、酸味や辛みのある料理が合いそうだなあ。あと、油を使った料理とか」
試しにテーブルの上の肉料理を食べてみた。中々おいしく感じられる。
「うん。美味しい」
ユリシーズはご機嫌に料理を食べ進めていく。
「お姉さん、もう一杯どうだい⁉」
「喉悪くしそうだから、それをストレートではいらない」
ユリシーズはきっぱりと断る。
「カクテルもあるよ!」
「お姉さん! 俺からも、一杯奢らせて!」
「えー」
一人を相手していると、我も我もと声がかかる。面倒だなあと思いつつ、ユリシーズはあしらっていく。ケントはそもそも相手をしないでくれと頭を抱える。
「お姉さん、名前はなんていうの?」
「えーと、ユリアンヌ」
ユリシーズは適当に答える。答える前に「えーと」などと言って、偽名だと隠す気もない。
「お姉さん、これも美味しいよ!」
「……あ、本当に美味しい」
「お姉さん、こういうのは? ちょっと辛めの料理だけど」
「辛いのも美味しいねえ」
「辛いのにはこんな酒が合うよ」
「……うん! 合う!」
勧められた料理と酒をユリシーズは美味しい美味しいと平らげていく。
ケントは最初どう止めようかと考えていたが、これは痛い目を見た方が身に染みてわかるだろうと思うようになった。
どうにも危ない目に遭いそうになったら止めるつもりで、様子を見守る。
「……なんか、みんな静かになったねえ」
「……」
二人の座る卓の周りに酔いつぶれた他の客が屍の如く転がっている。




