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「ぼられた……顔隠してなかったらぼられなかった?」
「誰だって最初はそういう経験するもんです。絶対損したくないと思っていると余計に損するようにできてるんですよ世間というものは」
ユリシーズが頭を抱えて落ち込んでいるとケントに諭すように言われる。だが、納得できるものではない。
悶々としていると、ふいに妙な圧を感じて、ユリシーズはその場で身を翻した。
「……はあ⁉」
「? あ、ぶつかりかけて、すいませんね」
先ほどユリシーズがいた場所に数人の男達のグループが立っている。ユリシーズも男達も怪訝な顔をしたままその場を離れる。
「……もしかして当たり屋ってやつ⁉」
「でしょうね。よく避けられましたね」
「へーんな気配がしたんだよなぁ」
その後も市を見ながら歩いていると、妙な気配を感じることが多発した。その度、ユリシーズは身を翻して避けた。
「何なの⁉」
「……お金を持ってると思われたのかもしれません。それで絡んで来ようとしているのかも」
「値切りしなかっただけで⁉ 都会怖い!」
ぽそぽそと小声で慄く。市を見るのを楽しみたいのに、集中できないなあと思いつつ歩いていく。
「くっ……いい加減に!」
どうにか絡みたいと思っていた男達は、いら立ちを募らせていた。一向に達成されない狙いに、焦れた男達の一人が強引に手を伸ばしてきた。
「いい加減にするのは、どっちだ⁉」
その腕がユリシーズに届く寸前で阻まれる。どすの利いた低い声が男達を威圧する。ユリシーズはすぐそばで聞いていながらそれが誰の発した声か最初わからなかった。
「ぐっ……ぁあっ……!」
腕をつかまれ締め上げられて男は苦悶の声を上げる。
「野郎!」
男の仲間が向かって来ようとした。ケントは腕をつかんでいる男をそのままそちらに向かって放り投げる。
「この方に触れるな。失せろ」
男達が舌打ちと共に去っていく。
その去る様を見ていたユリシーズはふと、足元に近寄ってくる気配に気づいた。すすっと虎がユリシーズの足にすり寄ってくる。彼も気づいたようだ。
「……それ、お菓子だよ」
ユリシーズの荷物に手を伸ばした小さな手に、ユリシーズは声をかける。他所を向いていると思っていたその手の主は、はっと動きを止める。
ユリシーズは身を屈めて、その手の主と目線を合わせる。
「人の食べ物は口に合わないこともあるから、とらない方がいいんじゃないかな」
ユリシーズはその少年に通貨を二枚差し出す。少年はカッと目を開いた後、クシャッと渋面を作った。ユリシーズから通貨と菓子の袋を奪って走り去った。
「ユリシーズ様、ご無事ですか!」
「うん。……あれ、カンバーの樹液キャンディなんだけど、のど飴だからこれでもかと生薬入ってて、すっごい癖があるんだよなあ」
メディナの村の婆さんの特性のど飴だ。生薬をすりつぶし、樹液と混ぜ合わせて煮詰める工程は、傍目に見てあたかも魔女の秘薬作りの様相だ。その感想を婆さんたちに伝えるとサービスで「ヒェッヒェッヒェッ!」と笑ってくれる。
屋台の食べ物にいろいろ目移りはするが、時間を考えると手が出せない。とユリシーズは思う。
「お食べになりませんか?」
「晩御飯食えなくなりそうだしなあ……虎のご飯だけ探そうか」
「前から思ってたんですが、虎って呼んでるんですか」
「……名前つけた方がいい?」
「お好きになさればいいと思いますが」
「ぎゃうぎゃう言ってるからぎゃうちゃん」
「……」
「大きいときはガウガウいってるからガウちゃん」
「……さすがにもうちょっと考えましょうよ」
わりと本気でぎゃうちゃんかガウちゃんでいこうとしている




