13 この欲深さはどうにもできないので
虎は騎士に大きな口を開けて牙を見せながら、その太い前足と鋭い爪を振りかざす。だが、届く前に騎士の槍で弾かれる。それでも虎は諦めずに向かって行く。
虎の身のこなしは人のそれより素早い。だが、騎士はそれをしのいで軽く受け流す。
虎はやられる一方だった。
「あ、ああ……」
ユリシーズは立ち上がって、駆け寄ろうとする。ユリシーズの代わりに戦う虎が気の毒でしょうがなかった。
「虎!」
痛む体を堪えて、走り寄れば、虎がすぐにこちらに気づいた。
「グア!」
「あっ」
虎は、騎士に背を向ける。ユリシーズに向かって突進すると、彼の首根っこをくわえて走る。
虎に運ばれて、一気に騎士との距離が開く。
庭園の中、低木の陰で虎に地に下ろされた。騎士は悠然とゆっくり歩きながらこちらに向かってきている。
ユリシーズは虎の首に抱き着いて、顔をうずめた。泣きそうだった。
「戦ってくれてありがとう。ごめんな、痛い思いさせて」
グルル……と虎が喉を鳴らす。地に響くような低音ながら、どこか甘えがあるように聞こえた。
「グアウ……」
虎が控えめな大きさの声で鳴く。逃げようよと言っているように聞こえた。
ユリシーズは顔を上げて、虎と向き合う。額と額を合わせた。虎の大きな頭を撫でる。
「ありがとう。でも、まだ手はあるんだ。だから、ここで待っててくれ。な」
よしよしと撫でる。虎の立派な毛並みはふわふわでさらさらしていた。その毛並みの気持ちよさに、思わず笑みがこぼれた。
「ああああああ!」
ユリシーズは剣を構え、騎士に突進していく。騎士は笑んで待ち構える。悠然と剣を構え直す。その動作に無駄はなく、ゆったりとして見えながら、ユリシーズの攻撃を受けるのに十分に間に合う。
パアン! と炸裂音が響く。
パパパパパン! と続けて炸裂音が鳴り響く。
ユリシーズは騎士に向かっていきながら炸裂草の実を投げつけていた。騎士の動きが一瞬止まる。
「おおおおおお!」
ユリシーズは剣を振り下ろした。
騎士はそれでもユリシーズの攻撃を受けて、それを弾き飛ばす。
騎士が足を踏み出した、その先に広げた巻物があった。
騎士はニッと笑うと、踏み込む寸出で足さばきを変えて、巻物を避けた。ユリシーズはそれを確認した。
ユリシーズはそれを読んでいた。騎士が踏まないであろうことを予測していた。ユリシーズはすぐに屈んでその巻物を拾った。
「周囲の敵を焼き払え。巻き起これ、爆熱!」
ユリシーズは巻物を手にして、それを読み上げた。
ユリシーズを中心として、強大な爆炎が巻き起こる。
爆熱の魔法はユリシーズと騎士を巻き込んで、周囲の何もかもを焼いて吹き飛ばす。
これ、死ぬかな……?
ユリシーズは炎の熱に焼き責められながら、ぼんやりと思った。騎士の姿が、炎の中で崩れていく。
「グアウ! グアウグアウ!」
虎の鳴き声が聞こえる。危ないから火の側に寄るなよとユリシーズは思う。
次第に火がその勢いを無くして、消えていった。
「ええ……生きてるよ。ハハハ……」
ユリシーズは力なく笑った。全身が痛む。痛いのを我慢して無理やり腕を上げて視界に入れる。体は随分な見た目になっていたが、欠損もなくそこにあった。そして、身に着けている革鎧はもっとましな見た目をしている。
「そうか。鉄壁と地恵が効いたのか……」
呟くと、ユリシーズはその場にへたり込んだ。もう立っていられなかった。




