12-3
庭に足を進めていく。なぜか、魔物の類は見当たらない。しかし、歩いていけば前に出現するのではと考えた。
一番進みやすい目の前の大きな通りを歩いていく。城と門の丁度真ん中辺りまで進んだ。そこまで魔物が一切出てこなかった。
おかしいな。ユリシーズは思いつつ、足を進める。このまま外に出られるんだろうか。いぶかしみながら歩いているので、歩の進みは遅い。
前方に衝撃音が響き渡る。目の前の床にバリバリと雷のような何かが落ちた。
ユリシーズは傷を負わないようにと一歩飛び退く。子虎も身軽に後ろへと飛ぶ。
「もうちょっと下がっとこうか」
ユリシーズは子虎に後ろへ行けと身振りで示す。バリバリと音を立てながら煙が立ち上る中、その中心に大きな影が見えてくる。
なんの魔物の出現だ、とユリシーズは注視しながら身構える。今の内に地恵と鉄壁の巻物を読んどくべきかと鞄を探る。
影の形から見て、現れたのは馬に乗った大柄の騎士だ。馬の分、上背がある上に動きも速いのだろうと想像がついて、ユリシーズは背に冷たい汗が流れるのを感じた。
「我が身を守る盾鎧に守りの力を付与せよ! 地恵!」
まずは鎧を強化する。といっても、今身に着けているのは革製の脆弱なもの。気休め程度だろうとユリシーズは考える。
「我をあらゆる痛みから守り給え! 鉄壁!」
次いで体の防御力を上げる。そこまでやったところで、モンスターハウスの巻物が使えるのではと思い当たる。
巻物を広げた。しかし、文字が光っているように見えない。
「魔の物よ、我がもとに集え、降魔襲来!」
読み上げてみたが反応はなく、ただ巻物が崩れ去っていく。
「使えないんだ……」
アイテムも時間も無駄にしてしまった。
その間に、魔物の周囲を包んでいた煙が薄れてきた。大きな白い馬だ。その上に立派な金属の鎧を身に着けた騎士がまたがっている。
ユリシーズはその騎士の姿に既視感を覚えた。どうして、とその感覚に戸惑う。だが、戸惑っている場合ではない。今は戦うための準備をするべきだ。
「我が剣に敵を切り倒す力を付与せよ! 天恵!」
「我に敵を穿つ力を与えよ! 剛力!」
攻撃力を上げる。騎士を包んでいた煙はすっかり晴れている。騎士の兜がグルン、とユリシーズの方を向く。瞬間、ユリシーズは強い悪寒を感じた。
馬上の騎士は巨大な槍を持っていた。それをぶんと振り回す。その広い攻撃範囲は距離を感じさせない。
「うわっ」
ユリシーズは思わず声を上げる。槍の風圧だけで吹っ飛ばされるかと思ったのだ。当たれば死ぬと思わされる。
「猛き風よ、わが敵を打ち払い給え。唸れ、爆風!」
惜しんでいては命が危ない、と巻物を使う。爆風の勢いに飲まれて相手の動きが止まる。
「……効いたか?」
少しは攻撃が通ってくれと祈るような気持ちだ。
フハハハハハ……
馬上の騎士から笑い声が聞こえた。悪魔の声にかぶさって聞こえていた別の笑い声と似た声に思えた。
野太い低い笑い声だ。あの悪魔の中性的な声とは全然違う。
聞きながら、ユリシーズはどこか別のところで聞いたことがある声だとも思った。
ユリシーズはこの声を知っている。そうであって欲しくないと思いながらも、記憶の中の声と一致する。
思い出されるのは豪放磊落な祖父の笑い声。それと目の前の騎士の声がきれいに重なる。
文官のような細身の父と違って祖父はがっちりとした体格をした大柄な男だった。重い鎧も颯爽と着こなして見せていた。
あんな風に。
一度似ていると思えば、そうとしか思えなかった。
――この子、キレイね。
――いい馬だろう。
祖父と交わした言葉が脳裏に浮かぶ。祖父の愛馬を撫でた記憶と、目の前の騎士の乗る馬の毛並みと体格を比べてしまう。
きれいな優しい目をした馬だった。それでいて人を見てからかってくるような愛嬌もあった。遊び半分で髪を食まれた思い出がある。
今、目の前にいる馬の表情はよくわからない。顔立ちは似ている。だが、目つきはあんなに冷めたものではなかった。
ユリシーズはどうにかして違いを見出したかった。だが、騎士の鎧の形や色、装飾に至るまで目に入ると、もう否定できなくなってしまった。違いを探そうとすれば、余計に同じ点が見えてくる。
今、ここにいるのは祖父の姿をした亡霊。そうだと認めるしかなかった。




