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あの王の亡霊らしき魔物を倒した後はダンジョンの雰囲気が変わった。廊下も広く、一部屋の大きさもかなりの広さだ。部屋の中は上質な調度が揃っている。どの部屋も豪奢で、置いてある寝具も手足を伸ばしてさらに余裕がある。
「ここは王族達の私室か」
ユリシーズは窓から外を見る。これまではダンジョンの攻略に気を取られて、城の外がどうなっているのか見る余裕がなかった。
「……ここは二階?」
ダンジョン内をひたすら階段を降りてきたが、外の景色から推測してユリシーズが今いるのは二階である。
「あの階段はダンジョンに作られた区切りで、実際の階段ではない」
薄々そうではないかと思っていたが、その推測が当たりだったと知れた。ユリシーズ達はこれまでずっと今いる階の上の階を探索していたのだ。
部屋の数が少ないせいか、探索自体はすぐに終わる。
「罠の置き方が嫌らしいな」
罠の存在ががより分かりづらくなった。ラグの下にあるものは凸凹がわかりづらい。ラグが敷いていない場所にある罠はほこりが溜まっているからか文様が見えづらい。数も増えた気がする。
出てくる魔物の強さが上がった。倒すのに攻撃を多く費やすようになった。魔物の攻撃のひとつひとつの威力が重くなった気がする。まともに食らえば大怪我や死の危険が見えてくる。ダンジョン内で拾ったアイテムを使いながら、魔物の動きを止めたり邪魔したりしながら倒していく。
「そう言えば、ポーションとやらを全然見かけない」
ダンジョンにあるとアロケルが言っていたどんな大怪我でもたちどころに治すという魔法薬。その存在はダンジョンに入る前にアロケルが示したことからわかっているが、見つかる気配がない。
傷薬として使えそうなのはもっぱらモギ草だ。毒消しとしてドクバミ草も手に入る。
どんな傷でも治る。確かにユリシーズのあの大怪我も治した。それだけ、不可能も可能にするだけの特別な力を持っている薬だ。入手難易度も高いと言うのは考えられる。
「この巻物、なんか怖いこと書いてあるんだよなあ……」
呪文の後に(読まない)と注釈が書いてあるのだ。読み上げて使う巻物ばかりだと思っていたところに、この注釈だ。
呪文の文言は『周囲の敵を焼き払え。巻き起これ、爆熱』
「……なんか怖い」
だが、早くその効果を知りたいと思う。どうにかして、使いたい。
「うわあああ!」
再びのモンスターハウスだ。ユリシーズはうろたえて叫びつつも、先ほど再入手した一時停止の杖を使う。出入り口のすぐそばにいた魔物の動きを止めたことで他の魔物達は近寄れず、後ろで渋滞している。
「ふー。よし。これを使ってみるか」
注釈が怖い爆熱の巻物を取り出す。
読まないで使うということは、置いたりして使うのでは? と推測する。
ユリシーズは一時停止している魔物の股の間から、奥に向かって広げた巻物を滑らせた。
奥で渋滞している魔物がその場で足踏みをしている。その足が、巻物を踏んだ。
瞬間、カッと視界が白くなる。次いで轟音と熱風が巻き起こる。
「~~~~~~っ」
ユリシーズは声らしい声も出せず、頭を抱えて身を屈めた。
「怖い……」
身を起こせば、そこには魔物はいなかった。部屋も無残なことになっている。倒された魔物はいくつかのアイテムを落とすはずだが、それらもなく何もかも焼き尽くされていた。
「これは、使わない方がいい……」
読み上げていれば、自分の周囲がこのように焼け野原のようになっていたんだろう。己も含めて。
「……傷薬、てかポーション手に入れたいな」
先ほどの爆風に巻き込まれればひとたまりもない。やはり、早い内にポーションが欲しいと思わされる。
「ん?」
視界の端に細く動くものが見えた。そちらに目を向ける。
「獣……?」
曲がり角から動いているそれは動物の尻尾に見えた。戦う準備をしながら、その尻尾を注視する。
ひょこっと顔が見えた。目が合った途端、それはまた引っ込む。
「獣の子供?」
見えた顔は小さくてどこか幼げだった。倒すべきか、とユリシーズは慎重に追いかける。
角を曲がれば、去っていく小さな背中が見えた。その小ささ、去る速さからこちらを襲う気がないのではと思わせる。ひとまず姿が見えなくなったことから、ユリシーズは倒すことを諦めた。




