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扉を開けた瞬間、壁のようなものが見えた。緞帳のように広がるそれが、ゆらゆらとたなびく。全容の見えないその何か。
フーゴ、モーリス、ケント、三人の騎士達の雰囲気が一変した。剣を構え、前に猛然と突き進んでいく。ユリシーズは彼らの勢いについていけない。
「でっかい幽霊だ!」
一歩室内に入ったところでデビーが言う。彼が荷物に手を突っ込んで包みを取り出しかけたところで、ユリシーズははっとなってその腕をつかんだ。
「邪魔しないでくださいよ」
「呪いの剣は使うな……!」
ユリシーズとデビーの攻防にドロシーも加担する。二人から止められて、デビーは動けない。
その間、騎士達は猛攻を仕掛ける。巨大な拳が振り下ろされる。それを交わしながら斬りつける。巨大な拳がひっきりなしに上から降ってくるが、それを搔い潜り騎士達の斬撃が放たれる。
オ゛ヴォグァヴォロ゛ヴェ
異音が響き渡る。上から聞こえてきたと天井を見上げれば、巨大な亡者の顔が見下ろしている。
「猛き風よ、わが敵を打ち払い給え。唸れ、爆風!」
「一言言ってから使って下さいー」
ユリシーズはデビーを止めながら片手で巻物を出して使う。それをデビーがぼやく。
巨大な亡者の顔の周囲に今までダンジョンに出てきていた亡者の魔物達が出現していたが、爆風の魔法で吹き飛ぶ。
風が止むと同時、騎士達は再び攻めだす。拳ばかりを攻撃していたのを、胴を狙い斬りつける。
ヴィン゛ビュヴビャダビヴォ
亡者が何か言っている。
「一時停止しろ!」
ユリシーズは杖を振ったが、効果は見られなかった。
「そろそろ解放して下さい」
デビーがのんびりとぼやく。
「雷よ、わが敵に鉄槌を下せ。降れ、迅雷!」
雷の柱が巨大亡者を襲う。
ヴ ヴ ザ ブ ボ
巨大亡者の言っていることがわからない。
「あれって王様の幽霊ですかねえ」
デビーが呟く。確かに、身に着けている装束が豪奢に見えた。
亡者の顔が下に向かって降りてくる。騎士達がその顔を苛烈に切り刻んでいく。
オ゛ヴォグァヴォロ゛ヴォボヴェェ゛エ゛エ゛エ゛
「おっ。死んだ」
デビーが呟くが、すでに死んでいた。
「この剣がどれくらい効くか試したかった~」
デビーが未練がましく言う。やはり解呪しとけばよかったのでは、と思えてしょうがない。
「あっ」
「階段が……」
巨大な亡者が消えた先に少し大きめの階段が現れた。その階段は、上下に伸びていた。
「えーと、これ戻れるってこと?」
「切りのいいところまで攻略すると、戻る道を示してくれるってことですか」
「どうする……?」
全員が一旦沈黙して考えた。
「まあ、先に行くか……」
「ですね」
全員が下り階段を選択した。
「うわっ、なんだここ」
びっしりと落とし穴の罠の文様が描かれた床が敷かれていて、どう先に進んでいけばいいかわからない。
「普通に作動しますよね」
デビーが杖で文様に触れる。
「あっ」
デビーの杖が触れるとその場所は当然落とし穴が現れる。その間、他の床の文様が消える。
「なるほど、そういうギミック」
「落とし穴をわざと発生させると別の場所が通れるんですか」
「ええ~~~でも、どうやればいいんだ……」
すべての床の文様が消えたわけではない。
「こう、杖でやっても手が足りませんね」
「う~~~ん」
どうにか上手いこと落とし穴を複数作動させながら、先に進みたい。
「これだよ」
ユリシーズは一時停止の杖の存在を思い出す。
「これも使えそうだ」
場所替えの杖も取り出す。
「一時停止の杖で魔物の動きを止める。場所替えの杖を使いながら魔物を落とし穴の上に移動させる。それを繰り返して先に進むんだ」
だれがどの順に進むか。まず人の手だけでどこまで先に進めるか試す。
「真ん中までは行けますね」
「ここまで魔物を誘導するのか」
「魔物を誘導した後、残り半分を罠を作動させながら駆け抜ける感じかな」
「結構忙しないですね」
何度もこう通ってこう動くと話し合う。
「じゃあ、やるか!」
さて、いざ本番。一時停止の杖で魔物の動きを止める。場所替えの杖で位置を入れ替える。全員一斉に動く。
「あっ⁉」
そうこうしている内に、後ろからまたもう一体の魔物がやって来た。
ユリシーズは一時停止の杖を使う。しかし、杖は反応しなかった。
とっさに杖を投げつけようとして、間違えてもう片手に持っていた杖が動いてしまった。
それは場所替えの杖である。
「あ」
ほんの一時であるが、時間が停まったかのように感じた。
「いっ」
落ちた先には運よく何もなかった。体が痛いことを除けば他に問題はない。
ユリシーズは一人次の階に佇む。
「あー……一人か……」
たった一人での冒険が始まった。




