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ユリシーズは自身にはそこまで必要を感じていないが、フーゴが満足に動くにはもっと力がつくような食事が必要だと思ったのだ。
「えー……まあ、肉は余ってはいますがね。ただというわけには。何か対価になりそうなものはありますか?」
「対価……」
「ほら。ここに来るまでにあちこちで宝石や貴金属のようなものがあったでしょう。他には、剣などの武器の類とか。私には扱えませんが、売れば金にはなります。それを下さい」
デビーの言葉に、ユリシーズとフーゴは顔を見合わせる。一拍の静寂の後、彼らは白状した。
「ええ! まったく、ひとっつも拾わなかったんですか! はああ! 凄いですねえ! お金に困ったことがない人というのは!」
皮肉たっぷりなデビーの言葉に、ユリシーズ達はいたたまれない気持ちになる。本当にただ荷物になると思って、まったく拾わなかった。そのことでこんなに追い詰められた気持ちになるとは思っていなかった。
どうしよう……とうんうん唸っていると、デビーは見兼ねたのかため息を吐いて、対案を出してきた。
「ここに、さばききれなかった獲物があります」
デビーが指で示した先には、何体かの獣が並んでいた。
「あっ、また!」
デビーが杖を揮う。バシバシと獣の周囲を打ち払う。獣にまとわりついていた黒い靄が霧散していった。
「油断も隙もない。……こうやって、時々自分のもんだと主張してないと、勝手に持っていってしまうんですよ」
「すごいな。ダンジョンに食われるのを防いでるのか」
ユリシーズは感心した。
「というわけで、さっさとこいつらを解体して下処理までしてしまいたいんですが、手伝ってもらえませんかね」
「おお! やる!」
ユリシーズは二つ返事でうなずいた。
「わあ! 穴熊だ!」
嬉々として解体を始めるユリシーズに、フーゴはぽかんとしてついていけない。
「ねえねえ。解体とかできるの?」
「普通出来るだろ?」
当然だと返されて、フーゴは当惑する。その間、ユリシーズはてきぱきと穴熊にナイフを刺して皮をはいでいっている。
「これ、腸はとってんの?」
「ええ。腸は残しているとどうしても傷むのが早いんで先にやっときました」
「血抜きも済んでるから、楽だー」
デビーとユリシーズはそんな談笑を交わしながらサクサクと肉を切り開いていっている。手持無沙汰なフーゴはそれを横で見ていた。
「このたっぷりついた脂が美味しいんだよー」
ニコニコと上機嫌に話すユリシーズの言葉に、フーゴは言葉もなくうんうんとうなずく。フーゴはそんなことは知らない。目の前で獣が解体されるのを見るのも、初めてだ。
「こうやって、しっかり解体まですると、とりあえずしばらくの間は持っていかれずに済むんですよ。それでも何時間も放置していると片づけてしまうんですかね。なくなることもあります」
「うーん。ダンジョンのルールの線引きが知りたい……」
「水場が少ないのも問題ですね。獲物の表面をしっかり洗いたいのに」
「ここまで、水場らしいものあった?」
「一つはありましたよ」
「ええー! 見つけてない……」
「……人によって違う場所に行かされるから、なかなか他の人に出会わないんですかね……」
デビーとユリシーズは元々知り合いなのか、よく話が続いている。フーゴは横で口を挟むでもなくそれを聞いている。
「フーゴ、どうした?」
フーゴがおとなしいことに気づいて、ユリシーズが聞いてくる。フーゴはあいまいに笑う。下は見ない。ユリシーズの手元に広がる光景をなるべく視界に入れないように。
「あ。また敵」
フーゴは無言で立ち上がって対処を引き受ける。
「ありがとう、フーゴ」
ユリシーズの礼をフーゴは背中で受け止める。
「フーゴ! 焼けたぞ!」
ユリシーズから機嫌よく差し出された肉を受け取る。満面の笑みを添えられて、心が弾む。が、それはそれとして先ほどの解体作業も思い出して、精神は大いに乱れる。
「穴熊は、果物をよく食べるから肉が甘いんだ! 脂もしつこくなくて、飲めるってくらい!」
ユリシーズの感情が高い。多分、穴熊の肉が大好きなんだろう、とフーゴは考える。ユリシーズが張り切ってさばいてくれたのは、フーゴが腹を鳴らしたためだとわかっているので、解体作業を見て食欲が失せたとは言いにくい。
後ろで、羊飼いが杖を揮って骸骨を砕いていっている。凡そ、食事風景とは思えない。
「あの男、ただの羊飼いなのに強いんだな」
フーゴが呟くと、ユリシーズはうんとうなずく。
「羊飼いは強いんだ。たった一人で野獣から羊を守り抜くんだから」




