7-3
腹具合が落ち着くまでゆっくりと過ごす。
「王子なのに、食事がぺミカンとか不遇だな」
「末席の王子なんてそんなもんだよ」
「……」
ニコニコとこともなげに言われて、ユリシーズは釈然としない。
「本当になんなんだよ。プラウドのお国柄は」
「ねー。戦争ばっかりして不毛だよ」
フーゴの口調に実感がこもっている。ユリシーズは戦争という言葉にまた危うい現状を思い出して、表情が暗くなる。
「……本当になんで独立なんてしたんだろう」
「戦争が嫌だからじゃない?」
「え?」
フーゴの言葉に、どういうことだとユリシーズは俯きがちだった顔を上げる。
「ほら、プラウドはずっとファシオと小競り合いをしてるだろ? でも、勝ちきれない。行き詰まりを感じてるわけだ。だから、別の突破口を欲しがった。それが、メディナとその周辺への開拓命令だ。南ばかり攻めていたのを北を攻めることにしたわけだ。だが、同時進行で南への対処を続けてたからこっちは放置気味になった。その隙にここは独立を宣言した」
「……うん」
「メディナ、イプサ、シュウムの外側には大森林が広がっている。その大森林の向こうはカミレアだったか。鉱石で有名な国だったかな。プラウドはその鉱石を手に入れようと思った。開拓してカミレアへの足掛かりを作った後は、カミレアと隣接することになるメディナ、イプサ、シュウムへの出撃命令が出されるはずだった。それを阻止した」
「……」
「お父上はカミレア他北部の国にとっての盾となる覚悟でメディナの独立を宣言したわけだ」
「そういうの教えていいの?」
「あ、これあくまで俺の予想ね。ただの推測。こうするつもりだって教わったわけではないよ」
フーゴの推測を聞いて、ユリシーズは考える。プラウドから独立しようがそのまま留まろうが、結局は戦争が避けられない。嫌な話だ。
「戦争自体を防ぐ方法ってないの」
「やる必要がないと思わせればいいんだよね。ベタなとこで同盟とか婚姻とか」
「……」
「えー。なにその沈黙。意味深」
ユリシーズは重い口になりながら自分の失態を話す。
「……それで、婚約破棄を叫ぼうとしたとこでダンジョンができて、それに巻き込まれて怪我をしてうやむやになって……」
「え! 怪我したの! 大丈夫⁉」
「ダンジョンを作ったという悪魔がポーションを出してきて」
フーゴは話の腰を折りまくったが、それでもどうにかユリシーズは話し切った。
情けなさで正面を向いていられなくなり立膝に顔を伏せる。
「えーと。プラウドの王侯貴族と婚姻して戦争回避を狙ったってこと? あと腐れがないように、嫌われとこうと?」
ユリシーズはため息で返事を返す。
「うーん……嫌われを一朝一夕でやるのは、実は難しい。あれは年単位で演じ切るだけの胆力が必要だよ。無能なんですアピールとかをまじめにやり切るなんて、真っ当な人間にはまず無理だね」
「無能とは思われてるけど」
「いやいや。君、全然嫌われてないでしょ」
「好かれてないけど」
「いやいやいや。好かれてない人間に子供が群がるなんてないから。本当に嫌われようと思ったら、そこで子供を蹴飛ばすとかができないと」
「……子供にそんなことできないよ」
何をどこまで見られてたのか、フーゴはユリシーズが子供達と一緒にいたところを目撃している。
「ま、嫌われが成功したとして、あとくされなく婚約破棄ができたとして。そこで人質外交するなら普通は令嬢の方が使いやすいと思われるかなあ」
「ドロシーは本当に人望があるし」
「その子のことは置いといて、君の容姿が大きな武器になるってのはよくわかる。君の顔見た途端、男女問わず名乗り上げそう」
「男女問わず……?」
フーゴの言うことに引っかかりを覚えたが、初対面で性別を確認しないまま求婚をしてくるような奴だしな、と流す。
「いや、本当。何人か言いそうな顔が思い浮かぶ」
「……そう」
本当にそれらしいことを言う。そこでユリシーズはフーゴが本当にプラウド王家の人間かどうか、確かめようがないと改めて思う。
「火種王子って本当に王子?」
「さあねー。でも、俺の母様が王のお手付きなのは確かだよ」
「本当に理解できないな」
「価値観の違いってやつ?」
「自分の息子を捨て駒にするってなんだよ」
「息子とも思ってないだろうね」
ユリシーズにはそんな状況をフーゴがにこにこ笑って受け入れているのがさっぱり納得できない。
「フーゴはそれでいいのか? ずっと捨て駒でいるのか?」
「それでいいのかって言われると、それで良くない。この地で死ななければ死ぬまで駒として使われるだけだし。まあ、いずれ出奔しようかとは思ってるけど、それをこの地でやるとこの地の人間が困りそうだなーとは思う」
「そう……」
ユリシーズはフーゴのことを良くよく考えてみる。この男は見目はいい。体格もいい。所作もそこまで品がないわけでもない。それらから粗末に育てられたわけではないと思わされるのだ。
なのに、捨て駒だという。本当か? と疑う気持ちがある。もし本当だとするとこの男を大切に育てた人が、あの国にいるということだ。その大切な人のため、この男はあの国を裏切れないし、己の身一つで出奔などできないだろう。
ユリシーズはフーゴのことをどう対処すべきか決めかねていた。フーゴを倒す実力がなくてどうにもできないという根本的な問題はあったが。それ以前の、心情の問題だ。
彼を知れば知るほど、どうにもできない気がしている。ユリシーズは非情になり切れない。そういうところが、やはり王には向いてないと自分でも思うのだ。




