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杯のA3

 しばらく泣き濡れた少年だったが、ぐっと涙を拭ってあげた顔に強い意志の光を持った目が見えて、サイラスはおっと思わされる。

「俺、自分の力で姫をあそこから出す。出せるようにがんばる!」

「おお。がんばれ。身請けする金でも稼ぐのか? その大金はどうやって稼ぐ?」

 どんなことを思いついたのかとサイラスは尋ねる。

「武闘会に出場して優勝する!」

「おおー。あの大会か」

 強さを尊ぶノーマ達はそれを見物するのも好きだ。彼らは強きを求めて身分に問わず参加できる武闘会を開催していた。そして、強者を重用するのだという。優勝者は賞金を得られるだけでなく、一端の将として迎えられるのだ。


「お前が強くなれば姫もお前を頼ろうという気になるだろう」

 姫の少年を見る目は男を見るそれではなく、弟か何かを見るようなものだった。彼が屈強に育てばその眼差しも変わるだろう。

「俺が強くなる……」

 ふらりと立ち上がった少年が虚ろな目をしてどこかに行こうとする。

「こら。どこへ行く。お前の主は一応私だぞ」

 振り返った少年の顔に表情はなく、何をしでかすかわからない危うさを感じさせた。その危うさは底知れなさに通ずるとサイラスの直感が告げる。

「強くなりたいんだろう? 従者の教育ぐらい担ってやるさ」




「なーんでそこでその姫様、助けんと見送ってんだい!」

「本人がどうこう言おうがさらわんかい!」

「口では気丈にふるまってたって、嫌なもんは嫌だろうに!」

「なんなら、その娼館の女全部連れ去ってくればいいものを!」

 少年達を連れて国に帰ってくると、国の実権を握っているジジイ達からサイラスは総攻撃(口撃)を受けた。

「はあ~~。そんなんだから、まだまだ」

「実権が欲しくば儂らを倒してからにするんだな」

「そうだ屍を乗り越えて行け。乗り越えられるもんならばな」

「ほれ。印璽を押さんかい。お前さんの印璽がいるんじゃ」

「内容わかるか? 要約を教えてやろうか?」

「これはな、隣国カミレアがノーマの連中に」


「うっせえジジイ共!」

 サイラスは口々に話し出して一向に止まる気配のないジジイ達を一喝する。その一喝を受けて、ジジイは一瞬止まる。


「おうおう、威勢だけは一丁前だ」

「だが如何せんまだまだ迫力が足らん」

 ジジイ達は嬉しそうにゲラゲラ笑う。サイラスは眉間にしわが寄るのを自覚しつつ、現れ出した頭痛を和らげるべく、こめかみを指で押さえる。



「お帰りなさいませ」

「ベガ!」

 ようやく一人になれたサイラスを出迎えたのは彼の婚約者である。再会を喜んで、二人は抱擁を交わす。


「そう言えば私、あの方に牽制されましたの」

「あの方?」

「あなたが連れ帰った女性ですわ」

「ええ……」

「でも、ミレイア様が割って入ってこられて、二人でケンケンとやり合っておられる姿がなんだか見てて楽しくて」

「……ミレイアと歳の頃が同じだから気が合うと思ってたんだがなあ」

 ミレイアとはサイラスの妹である。ベガのにこにことした満面の笑みに迫力を感じた。ベガの笑顔の放つ圧、冷え冷えとした光を放つ瞳に、サイラスは嫉妬しているのかなどと言う軽口も叩けない。


「……怒っているか?」

「いいええ。あんな本物のお子様に嫉妬などいたしませんわ。ですが、あの方はご自分のお立場をよく理解された方がよろしいのではないかと」

「すまんな。余計な手間をかけさせる」

 サイラスはあとであの娘によく言って聞かせねばと反省する。そこで、物音が聞こえてサイラスはその方を振り返った。


「ツィーか。どうした」

 サイラスが連れ帰った少年、ツィーがそこに立っていた。

「い、いや! 後でいい!」

 ツィーは、弾かれたように去っていく。

「あの方、お姫様に文句を言ってくれとでも頼まれたのかしら」

「ええ~?」

 ベガにくすりと笑われながら言われてサイラスは首をひねる。もしそうなら、サイラスはツィーにも物を申さねばならない。


「あの方、見込みがありますの? わざわざお連れになって、稽古をつけさせるのでしょう?」

「そんなことわからんよ。乗りかかった船というやつだ」

 サイラスの祖父も父も諸国を漫遊しては見つけた強者を連れ帰るというムーブをかましているせいで、飛び出していったサイラスはそれ程とがめられもせず、ツィーの存在についても然程問題とされなかった。

 その時の強者とは自分のことだとジジイの自慢混じりの自己紹介を繰り返されて、サイラスは却って憮然としたのであった。


「この国の今後の御為になる人だといいですわね」

「そうなればいいけどね」

 サイラスの声には今後への期待などは含まれていなかった。少年ツィーへの過度の期待も無しにただ彼を強くしようと育てる。サイラスが気負わずに行うそれは権力者の社会的道義と言われる考えともまた少し違っていた。だが、彼がそれを自然とできるのも彼自身が高い地位に恵まれている余裕からくるものであった。


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