10-2
「えっ⁉ グレーテが、ダンジョンに⁉」
シシー辺境伯領領主ブルースの嫡男ウルツが領内の視察から帰ってきた。視察といいつつ、ふらふら遊んでいるだけでは? とブルースは思っていたが、自分の若い頃もそんなものだったので、その辺は黙認している。
同じ家に住んでいるのに、隠しきれるものでもないので、ブルースはウルツに事態を説明したのだが。
「こうしちゃいられない!」
「待ちなさい!」
ウルツがブルースの説明を聞き終わる前に、走り出し、自分の部屋へと飛び込んでいった。
追いかけたブルースが部屋を開ける前に、ウルツが飛び出してくる。
ケープの下に革製の胴巻き、愛用している剣を帯び、鞄の中にはなにが入っているのかパンパンになっている。
「今すぐ助ける!」
「待ちなさい! 人の話を聞きなさい!」
ブルースの制止も聞かず、ウルツは家を出て行ってしまった。
「まだ、ダンジョンに入るための条件も言っていないのに」
ブルースは騎士を読んでウルツを連れ帰るようにと指示を出す。あんな重装備では、ダンジョン入りの条件を満たしていないので、連れ戻すことはできるだろう。
「あなた、あの子に条件を教えてしまうと、ダンジョンの中に入れてしまうのでは?」
妻のロザーナの指摘にブルースははっとする。
父グスタフが言うには、純粋な祈りを持つものは導かれるとのことだ。
ウルツはあの通りの真っ直ぐな気性をしている。条件を満たせば簡単にダンジョンの中に入ってしまうだろう。
「とりあえず、ウルツはしばらく部屋に閉じ込めないと……」
「はい。それがよろしいかと」
夫婦は互いに顔を見合わせて、うなずき合った。
――生贄用の牛を神から賜ったはずなのに、王はその美しい牛を気に入ってしまい、他の牛を生贄に使った。神は怒り、王の妃に呪いをかけた。王の妃はその雄牛と恋に落ち……
――生まれた子供は牛の頭に人の体を持つ化け物で、その子供は育つごとに凶暴性を増していった。王はその牛頭の子供を巨大な迷宮の中に閉じ込め……
「なんか、思い出しましたわ……」
グレーテは夢うつつから目を覚ました。夢の中でかつて聞いたことのある伝承だかおとぎ話だかを思い出したのだった。
「その怪物そのものとは違うんでしょうけど」
迷宮の中にいるという点では共通している。
「私の役割は怪物の餌用の生贄ですか?」
グレーテはふんと鼻で息を吐く。
『探索が再開されます』
の文字が薄れていく。それと同時に、視界の端、大きな部屋の隅っこに魔物が発生した。
「あぁ~」
グレーテはため息交じりの声を出した。扉で安全圏を作ったつもりだが、外からの侵入は防げても中から自然発生するのは防げないらしい。
魔物がグレーテを見つけて向かってくる。グレーテは落ち着いて得物を構えて対処する。
「なんだか、どこを攻撃すればすぐに倒せるのか、だんだんわかってきましたわ」
グレーテは「慣れ」を実感していた。
「行きますか……」
気乗りしないながら、グレーテはベッドと扉を片付けて、次の階層へと向かった。
「はあ……」
一度見た扉が再びグレーテの前に現れる。やっぱり避けられない、とため息が出る。