15-4
「ケント! ケント、死ぬな!」
ユリシーズの怒ったような声が聞こえる。
「死にませんよ」
口ではそう答えつつも、ケントはどこかで満足感を覚えていた。
それから、しばらくするとユリシーズが妙に静かになった。ケントはただぼんやりとしていた。
ふと気づくと、目の前にウサギに似た獣がいた。
「癒しウサギ……?」
それは、メディナの地下城ダンジョンにいた魔物だった。他の魔物の体力を癒してしまうことから、ドロシーが癒しウサギと呼んでいたのだ。
「なんで、ここに……」
その獣の姿は、このダンジョンでは一度も見ていない。それが、今ここにいる。
癒しウサギの額の石が光る。その光が、ケントの体を包む。
「傷が……」
ケントは、傷が癒されて体力が戻っていくのを感じた。
「これ……」
死を覚悟していたのに、今やその片鱗はどこにもない。
「ケント……」
癒しウサギの口から、ユリシーズの声が聞こえてケントはぎょっと目を見張る。
癒しウサギがぱたりと倒れたと思うと、ユリシーズの姿に変わった。ケントは慌ててユリシーズに近づき、彼を抱き起した。
ユリシーズは気絶していた。すうすうと穏やかな呼吸音が聞こえる。それはただ寝ているように見えた。
「これが、変身の魔法……」
ユリシーズは癒しウサギの姿に身を変じてケントを救い、そして再び子供の姿に戻っていた。
「無茶をなさる」
自分の身を変じたのみならず、他者を癒してみせた。それがなんの練習も無しにこの土壇場でできてしまった。ユリシーズの才に触れて、ケントは畏敬の念を抱いたと同時に心配が湧いてきた。なんとも、末恐ろしいと思えた。
ユリシーズを抱えるか、背負うかしてこの壁を登るか、と考えて首を上げた。そこで、上から何かが降ってくるのが見えた。
光り輝きながらゆっくりと降りてくるのは、一輪の花。それは黄色味がかった赤い花だった。夕焼けのような色をした八重咲のその花は周囲を明るく照らしながら、こちらに向かってくる。
来た! とケントは思った。
かつてユリシーズが語っていた、ダンジョンの攻略の証。願いを叶える奇跡の花である。
ケントはハッとした。これを手にすべきユリシーズが意識を失っている。ケントはユリシーズの手を取った。
目の前に花が降りてきて制止したところで、ユリシーズの手と重ねてその花に手を伸ばす。
――願いを
花が願い事は何かと問うてくる。それを答える相手が、意識を失ってしまっている。
――この方の憂いを取ってくれ!
ケントは心でそう叫んだ。
ケントから見たユリシーズはなんだか不憫な人だった。
次期領主としてふさわしくあろうと努力しているようなのに、彼は駄目だと村人には評されていた。
ケントには違和感のある光景だった。自分達のトップに当たる人間を平気でけなせるのもおかしいし、それが見逃されているのも不可思議だった。この領は領主も村人もそれだけある程度対等でいられるのだ。伸び伸びと暮らせるだけ、気を遣うことから遠ざかっているのだ。気さくさと不遜さはまた違うものだと思うのだが。
ユリシーズは村人から見てもその容姿は完璧でけなす部分がないのだろう。だから、けなさなくてもいいのにその行動などをけなす。
村の中を見て回るのも次期領主には必要なことだと思うのだが、それをただ遊び回っていると評されている。
はたから見ていてケントにはそれがどうにも不快だった。人当たりのいい親切な人達が無邪気に罪のない人を寄ってたかっていじる様はどうにも気持ちが悪かった。
ケントは、ユリシーズはもっと報われていいと思っているのだ。優しさで不快さをすべて飲み込んでじっと耐えている様はどうにも気の毒だった。
真っ当に生きている人が真っ当に報われていない。そんなのはおかしいと思っていた。もっと真っ当な人が報われる世界であって欲しい。そうでないと自分も生きづらい。
これはケントのエゴである。ケント自身もそれを自覚していた。




