第2章 地獄のギロチン
第2章 地獄のギロチン
さて、勿体をつける訳ではないが、その『地獄の学園祭事件』の話に入る前に、丁度、今から1年前、私が、不動高校のPTAの副会長をしていて、あの忌まわしい『アンチ・セーラームーン事件』事件の真犯人を捜し出し一件落着した途端に、ある奇怪な事件と言えばいいのか、不思議な事故が起きたのだ。
要は、娘の綾の同級生、これは私の家の隣に住んでいるのだが……。
この同級生の彼が、交通事故に遭い、約2週間の入院の後、退院してきたのだが、直後に異常に成績がUPしたのだ。しかも、本人に言わせれば、
「事故で頭を打ってから、今まで、何処か、もやもやしていた頭がすっきりして、何でも簡単に一発で理解し暗記できるようになったんやちゃ」と言う話。
今まで、クラスや学年で真ん中ぐらいだった成績が、急激に上昇。高校2年生の期末試験では当然、学年トップ、更には、高校2年生の3学期に県内で行われた共通模試でもやはり県内トップを取ったのである。
あまりに不思議な話に、私はスマホ等を利用した新手のカンニング方法を発見したのではないかとも疑い、丁度その頃、不動高校のPTA会長をしていた鈴木隆正医師(鈴木医師は、X市内で、内科・心療内科・神経科の看板を出している、祖父の代からの医者である)に聞いてみたところ、
「医学的には、そのような事例は沢山あるよ。例えば、もともと勉強恐怖症、読書恐怖症のような普通神経症に罹っていた人が、何かのきっかけでその神経症が全治し、一挙に本人の能力が開花したという実例を森田療法の創始者である森田先生の弟子の方の著述で読んだ事があるしなあ、
かの有名な発明王のエジソンは、勉強ができないとして確か小学校を3年生で放逐されているが、その後世界的な発明王になったのは誰でも知っている話だが、そのエジソンはADHD(いわゆる多動児)だったと言う説もある。
まあ、その学生が、どれに当てはまるかは診断してみないと断言はできないが、あり得ない話ではないちゃね」との簡単な返事。
まあ、そう言う一見、奇跡に近い事も医学的にはあり得るのだろう。
で、この一躍、天才的頭脳を有する事となったのが、神尾雄一青年で、不動高校の奇術クラブの部長であり、今回の『地獄の学園祭事件』の当事者の一人なのである。
さて、今まで、随分、勿体ぶって話をのばしてきたが、そろそろ本題、つまり『地獄の学園祭事件』の話に入らなければならないのだが、そういう私自身、あまりに気持ちが悪くて、その話を書こうにも、なかなか筆が進まないのだ。
何故って?それは、ユーチューブやインターネットで流された、この『地獄の学園祭事件』のクライマックスのシーンをあなた自身が実際に見ていただければ、即、理解されるだろう。
それは、ポールモーリア楽団が奏でる『オリーブの首飾り』の軽快な音楽が流れるなか、不動高校奇術部の今回の出し物のメイン「地獄のギロチン」がスタートした時の事なのだ。
奇術部のスタッフが舞台の袖から出してきたのは、その「地獄のギロチン」の大がかりな装置であり、全高2メートル、幅1.5メートルはあろうかと言う、大がかりなものである。
次に、奇術部の神尾部長が、自身たっぷりに、舞台上の美少女、白いドレスを着た上戸久美に催眠術をかけ、「地獄のギロチン」の中に、首を入れさせたのだ。
上戸久美は目をつぶってじっとしている。
ワン、ツー、スリーのかけ声の下、神尾部長が、「地獄のギロチン」の横から出ていた紐を引くと、高さ2メートルの上から、銀色に光るギロチンの刃が落ちてきた。
ガチン!と講堂中に響きわたる甲高い音、、吹き出る鮮血、宙に舞う生首。
そして、その生首を拾いに行ったのが、同じく奇術部に所属していた、この私の娘の田中綾だったのだ。
綾ちゃんの弁によれば、その宙に舞った生首は、「地獄のギロチン」の中からスプリングで発射されるべき「玩具の生首」である筈だった。
……だが、恐るべき事に、私の娘の綾が、手にしたのは、綾の親友でもあった本物の上戸久美の生首だったのだ。
再び、講堂中に響き渡る綾の絶叫!!!
この時まで、観客の誰もが、綾の絶叫まで含めて、演技の一部だと信じて疑わなかった。しかし、その後に綾の絶叫が、号泣に変わり、舞台上で動かなくなってしまった。
ようやく、奇術部の一人が綾のもとに駆け付けたが、そのクラブ員のほとんどが腰を抜かして、その場で転倒。
これも、大がかりな芝居の一部なのか?
ようやく、異変に気づいた神尾部長が綾のもとに駆け寄った。
「こ、これは、まさか、そんな!」と、神尾部長が大声で叫んだ。
ようやく大勢の観客達も、異変に気が付いた。
講堂中が騒然となった。警察を呼べ、救急車を呼べと怒号が飛び交う中、舞台上に人が集まってきた。
大混乱がおきた。
この一部始終を納めたビデオが、誰の手によってユーチューブやインターネット上に流されたのかは今でも判明していないのだが、事件のあらましは大体がこんなものである。
さっそく、テレビ、新聞、ラジオ、ネット等々で、この不動高校での事件が『地獄の学園祭』と報じられた。地元県警も『地獄の学園祭事件』として、事件と事故の両方からの捜査を開始したのだ。
早速、県警による厳格な捜査がスタートしたのだが、一私人である私には、その調査内容を知る事はできない。そこで、ショックで2~3日寝込んでいた娘の綾が、ようやく元気になってから、大体の話を聞く事ができたのである。
すると、実に不思議な事が分かった。
つまり、今回の事件は、客観的な事実だけからすると、どうしても事故にしか見えないのだが、今回の事件を取り巻く人間関係が実に複雑なのだ。
まず、今回の事件に関係ありそうな主な登場人物を列挙してみると、次のようになる。
山田実奇術部特別顧問……この人物は、不動高校のOBで、T市で経営コンサル及びコンピュターソフト関連の会社の経営をしている。数年前、国際アマチュア奇術大会で3位に入賞し、それが縁で、不動高校の奇術部の特別顧問となっている。
しかし、会社の経営状態は決して良くないらしいのだ。
そして、今回の奇術部の開催に当たり、何と全員に、損害保険を掛けており、誰かに何かがあったら自分宛に5千万円の保険金がおりる契約を結んでいたのだ。何か怪しいではないか?
中山忠正担任兼奇術部顧問……この教師も少し怪しい点がある。というのも、この教師は、私立の超一流大学を出ており、物理学の先生であるが、突如、天才的頭脳を有するようになった神尾雄一奇術部部長に対し、異常な程の嫉妬心を抱いていた事は、クラスメート全員が認める程目立っていた。
そして、中山顧問は、あの「地獄のギロチン」の大道具の製作に直接タッチしていたのだ。何らかの小細工が疑われるではないか?
平野均奇術部員……これも、大変に怪しい人物の一人である。と言うのも、「地獄のギロチン」で首を切断された上戸久美に猛烈に惚れており、ある時、上戸久美の帰る途中に、黒いストッキングを被り襲いかかろうとした事があったと言うのだ。
その時は、偶然、上戸久美の恋人の神尾雄一奇術部部長が自転車で通りかかり難を逃れたのだと言う。
無論、暗闇のため、果たしてその強制性交未遂犯が平野だったかは定かではないが、性欲の塊のような平野ならやりかねないというのが、クラスメート達の一致した意見だった。
しかも、先の中山顧問と同じく「地獄のギロチン」の大道具の製作に直接タッチしていたのだ。やはり、危険人物の一人としてマークすべき一人である。
朝井雄一奇術部副部長……今回の事件にはあまり関係が無さそうなのだが、しかしそうでも無いのだ。何故なら、神尾雄一が交通事故後、いきなり学年トップに躍り出るまでの学年トップを維持していた人物であり、本来なら、自分が奇術部の部長であり、また学年トップと言う事で、女生徒達にももてた筈なのに、神尾の出現により常にナンバー2の位置に甘んじなければならなくってしまったのだ。普段は物静かなだけに、逆に、その内心が分からないのである。
そして、この朝井副部長も、「地獄のギロチン」の大道具の製作に直接タッチしてる。
蟹沢亜紀……天才的な頭脳を有するようになった神尾雄一部長に大変に惚れ込み、将来の高級官僚か弁護士か医者になる事がほぼ間違いのない神尾に積極的にアタックを開始したのだ。
ところで、この蟹沢は、上戸久美と甲乙付けがたい程の美人で、校内の人気投票でも必ず、上戸派と蟹沢派に分かれる程なのだ。それだけ自分の美貌にも自信をもっているためか、ある時、わざと全ての下半身の下着を着用せずに、神尾の前でしゃがみ込んで自身の下半身を見せびらかし、神尾を誘惑したと言う程の噂の人物なのだ。
そのあまりの過激さに神尾が激怒し、清楚な感じの上戸久美を選んだというのが、クラスメート達の意見であって、この点からも、上戸久美に対して猛烈な憎しみや嫉妬心を抱いていたのは間違いがない。
で、同じように「地獄のギロチン」の大道具の製作に直接タッチしてる。
神尾雄一奇術部部長……今回の事件では、恋人の上戸久美を失っており、一見ただの被害者のように見えるが、しかしギロチンの刃を銀メッキ製の硬質プラスチックでいいと提案した山田実特別顧問に対して、それでは真実味がないからそれに本物の出刃包丁を瞬間接着剤で貼り付けて使用しようと力説したのは、この神尾部長本人であった。
しかし、警察の取り調べに対しては、危険だからこそ何度も何度も練習を繰り返し、その安全性を確認したと言う彼の主張も実に最もでもあった。
また、この本物の出刃包丁を取り付けたため、危険を察して5千万円の損害保険に 入ったのだという山田特別顧問の話も、そうすると、まんざら嘘でも無いように思えるのだが……。