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【短編】名前が強そうなだけの侍女です

作者: ロゼ

ヴァネッサ・キャメルバーグ。


私の名前だ。


キャメルバーグ男爵家の次女であり、現在は侯爵令嬢である『マリー・サルア』様の侍女をしている。


お嬢様よりも私の方が強そうで偉そうな名前だと自分でも思う。


爵位の事を知らない人が名前だけ聞いたら絶対に「どっかいい所のご令嬢だろう」と勘違いしかねない名前だと分かっている。


キャメルバーグという姓だけでも男爵家という爵位に見合っていないと感じる程に強そうなのに更に輪をかけてヴァネッサである。


もうため息しか出ない。


この名前で小さい頃は嫌な思いもした。


別に偉そうになんてしていないのに「偉そうだ」と言われ、威張ってもいないのに「威張り散らして」と言いがかりをつけられ、挙句「男爵の癖に高貴そうな名前なんて付けるな!」と理不尽に怒られた事もあった。


元々キャメルバーグ家は他国の侯爵家であったが、その国で内乱が起き、争いを好まなかった愛国心の薄いご先祖様があっさりと亡命しこの国に移り住んだ。


亡命してきたのだから他国での爵位など意味をなさず、ご先祖様に商才があった為に商売で成り上がり男爵の地位を賜ったのだが、元々が他国の者である為以後どれだけ功績を重ねても爵位が上がる事はなく現在に至る。


そんな経緯なんてもう知る人は少なく、男爵家としては高貴そうな姓だけが嘲りの対象のようになってしまっている。


因みに元々ご先祖様が住んでいた国はもうない。


内乱が続いた末に他国に攻め入られて滅んでしまったのだ。


亡命してきたご先祖様の判断は間違ってなかったのだと思う。


せめて、せめて姓を変える判断はしなかったのか?!とだけ問いたい。


ヴァネッサという名前はお祖母様が付けてくださった。


この国に亡命してきたご先祖様の最愛の妻であり元々は公爵令嬢であった尊い血のお方ヴァネッサ様と同じ名前をもらったのだ。


が!が!こっちとしてみたら有り難迷惑である、お祖母様には絶対に言えないけど。


何でも私がヴァネッサ様と同じ燃えるような赤髪にエメラルドのような玉眼だった為に「ヴァネッサ様の生まれ変わりだ」と感じたお祖母様(お祖母様はヴァネッサ様信者)が「この子の名はヴァネッサにします!」と決定してしまったそうなのだが、何故家族の誰からも反対の声が出なかったのか?!


結果として名だけが強そうな、所謂虎の威を借る狐のような私が誕生してしまった。



本日からお嬢様は学校へと通う事となっている。


伯爵までの高位貴族は侍女を一名だけ連れて行く事が出来、この度私がその一名に選ばれた。


と言っても単に年齢が同じで私も学校へと通わなければならない為都合が良かっただけなのだが、お嬢様は「学校ではお友達として傍にいてね」と愛らしく微笑まれ、学校では侍女として振る舞わないと約束させられている。


マリーお嬢様は侯爵令嬢とは思えない程に取り澄ました所のない清らかなお嬢様で、容姿も大変可憐で妖精のようなお方だ。


お嬢様の友達候補として12歳の時に侯爵家に招かれ(何故男爵令嬢である私が選ばれたのかは未だに謎である)そこで侯爵夫人であるメアリー様に気に入られお嬢様付きの侍女にと望まれたのだ。


「行儀見習いだと思って精一杯務めてきなさい」と男爵家から送り出され早3年。


休日はあるものの侯爵家と我が家への往復のみだった私の世界。


その間俗世から離れてお嬢様一筋で働いて来た私は久々の同年代のご子息ご令嬢と触れ合う機会に緊張しまくっていた。


また「名前が偉そうだ」と蔑まれるのではないかと思うと怖いし、優しいお嬢様やその御家族とばかり触れ合っていた為に世の中が如何に怖い所なのかを忘れかけており、それを急に思い出したのだ。


お嬢様が学校へ向かう馬車に便乗させてもらっているだけでも恐れ多い事なのに、お嬢様は私の手を取り「誰かに意地悪な事をされたらすぐに言うのよ?一人で抱え込んではダメよ?いい?」と天使の如き言葉をかけて下さっている。


本当にお嬢様は素晴らしすぎる!



「ヴァネッサ・キャメルバーグ!あなた、悪役令嬢ね!」


今、何故か私は見知らぬピンク髪のご令嬢に名を叫ばれて指さされている。


学校へ通い始めて1ヶ月が過ぎていた。


──悪役令嬢とはなんぞや?


お芝居の中等で悪者を演じる役者と貴族のご令嬢を合わせた造語でありそうだが初めて耳にする言葉である。


確かに私は男爵家の令嬢ではあるが男爵家なんて庶民にチョロっと毛が生えた程度の下級貴族である為貴族の令嬢であるなんて胸を張って言えるような立場ではない。


本当は私が働かなくてもいい程に我が家は大変裕福ではあるがそれだけだ。


「私は名前が強そうなだけの男爵家の娘で、マリー・サルア様の侍女です。悪役令嬢などではございません」


「だ、男爵家?!公爵令嬢でしょ、あなた!」


「我が家には他国で公爵であったご先祖様はいらっしゃいますが、現在の地位は男爵でございます」


「嘘?!何で?!え?じゃあ婚約者の王子は?!」


「男爵家の娘である私に王家との婚約など恐れ多い事でございます。そもそもどなたとも婚約などしておりませんので婚約者はおりませんし、この国の王子様方は皆結婚されております」


「...どういう事?!え?私、ヒロインじゃないの?!ここってキミセカの世界でしょ?!どうなってるの?!」


「キミセカの意味が分かりかねますが、どなたかと勘違いなされているのではございませんか?」


「だってあなた、ヴァネッサ・キャメルバーグでしょ?!」


「はい、確かにヴァネッサ・キャメルバーグは私の名前です、大変不本意ではございますが...」


「だったら悪役令嬢ヴァネッサで間違いない、のよね?」


「私に問われましても分かりかねます。他に御用がないようでしたら失礼してもよろしいでしょうか?これからお嬢様とお昼をご一緒する約束がございますので」


「...え、えぇ...」


納得出来ないという顔をしながらも解放してもらえてホッとした。


名前の事でこんな訳の分からない言いがかりを付けられたのは初めてである。



ナタリア・アンガーソン(子爵令嬢)は混乱していた。


ナタリアは転生者である。


『君は世界の中心~僕の愛を君へ』通称『キミセカ』の世界のヒロインとして転生したのだと気が付いた(と思っている)のは10歳の時だった。


ピンク色の梳らなくてもフワフワで柔らかい髪に淡いオレンジ色のクリクリと大きな瞳の美少女である自分の顔に違和感と既視感があったのだが、前世を思い出して「あ、これキミセカのヒロインの顔だ!」と納得した。


それなのにキミセカのストーリーが始まるはずの学校生活が始まっても登場人物であり攻略対象であるはずの男達が誰一人として現れない。


どれだけ学校内を探し回っても見覚えのある攻略対象者はどこにもおらず、学校生活が始まって1ヶ月経った頃に漸く見つけたのが悪役令嬢ヴァネッサだった。


のだが、公爵令嬢でありこの国の王子の婚約者であるはずのヴァネッサは公爵令嬢ではなく男爵令嬢であり、勿論王子の婚約者でもないと知り「どうなっているの?!」と混乱していた。


そもそもこの国の王子達は20代を過ぎており既に結婚もしているのだが、そういう情報を全く気にしていなかったナタリアは知らなかったのだ、自国の王子の事なのに、である。


結論を先に言えばここはナタリアが言うキミセカの世界ではない。


ナタリアが言っているキミセカの世界は実はヴァネッサのご先祖様である公爵令嬢ヴァネッサがいた頃の他国での事であり、今この国での話ではない。


仮にキミセカの世界であったのならばヴァネッサは今公爵令嬢であるはずだし、姓もキャメルバーグと結婚する前のセルジオータスであったはずなのだ。


その世界での公爵令嬢ヴァネッサは王子の婚約者であったが、特別悪事を働く事なく、キャメルバーグ子息に密やかな恋心を抱く普通の乙女であった。


王子にも別に想う相手がいた為に婚約は平和的に白紙に戻り、ヴァネッサはキャメルバーグに告白をして結ばれ、王子は内乱に巻き込まれた末に命を落としたとされているのだが、それを知る者はもう少ない。


そう、知る者は少ないが存在はしている。


この学校にも一名、その事を知る者が存在しているのだが、それはヴァネッサではない。



「ヴァネッサ・キャメルバーグ嬢」


名を呼ばれ振り返るとそこにはキラキラと煌めく水色の髪に澄み渡った青空のような青い目をした大変見目麗しい、眩しい程に美しい男性が微笑んでこちらを見ていた。


「どなた様でございましょうか?」


「ああ、すまない。先に名乗るべきだったね。僕はレイニーシャス・ハムンベルド。ハムンベルド国の第二王子、と言った方が分かりやすいかな?」


「第二、王子、様...」


「ああ、王子だからってそう固くならないで。僕なんて兄のスペアなだけでそう偉くも何ともないんだから」


いやいや、いやいやいや、王子ってだけで偉いでしょう!とは口に出して言えない。


「高貴なるお方が私に何の御用でしょうか?」


「ヴァネッサ・キャメルバーグ嬢、私と結婚を前提にお付き合いしていただけないだろうか?」


「は、はぁ?!え?!な、何を仰っていらっしゃるのですか?!結婚?!お付き合い?!え?!え?!」


「ハハハ、急に言われても混乱するよね。でもどうか真剣に考えてはもらえないだろうか?僕は君を一目見た瞬間から恋に落ちているんだよ。君をどうしても欲しいと思っているんだ。ああ、身分の事を気にするだろうけど、君の家は元々亡国の侯爵の流れを組んでいるのだから血筋だけで考えれば十分に釣り合うしね。どうだろう?考えてはくれないかい?」


捲し立てるように言葉を紡がれたが混乱した頭には何一つまともに入っては来なかった。


「先に告白をしてしまったが、僕が欲しいのは君の心だから。これから全力で落としに行くから、覚悟していてね」


美しい笑みを落とし、手の甲に口付けまで落とされ、ただ呆然とレイニーシャスの後ろ姿を見送った。


この話をお嬢様にした所「まぁ!まぁまぁ!素敵!素敵よ!恋愛小説のお話のようだわ!」と大変興奮されていたのだが、小説の話はあくまでも作り話であるから面白いのであって、我が身に降りかかると別である。


侍女としての教育は受けて来たが貴族の令嬢としての教育なんて初歩的な物しか受けていない私としては王子のお相手なんて恐れ多すぎて夢のまた夢な話であり、そもそもそんな高貴な身分の方とのご縁なんて有り得るはずもなく...大混乱である。


しかもハムンベルド国。


ハムンベルド国はこの国(タルベル国)よりも大きな国であり力の強い国である。


そんな国の王子に望まれるなんて現実とは思えない出来事だ。


でも王子は宣言通りその日から熱烈なアプローチを開始してきた。


手始めに贈り物である。


ドレスに装飾品一式(しかも全てが王子カラー)が我が男爵家に届き、家族に根掘り葉掘り聞き取りをされた。


「確かに我が家は侯爵家と公爵家の血筋を組んでいるとはいえ、その国はもうなくなっているし、今は男爵だ。そんな我が家に求婚など、その王子の頭は大丈夫なのか?」


兄の言葉に家族全員が頷いていた。


お祖母様は「...ハムンベルド国...ハムンベルド国...どこかで聞いた気がするのだけど、どこだったかしらねー...」と何か考え込んでいたのだが、結局は思い出せないようだった。


「どうなるかはまだ分からないが、あちらが良いと仰るのならば後はお前の気持ち次第だ。お前が嫌だと感じるのならば受ける必要はない」


お父様にはそう言われたのだが、他国とは言え王家に求められたら男爵家の我が家には否なんて言えるはずもない。


今の所無理強いしてくる事はなさそうだし、実は王子の容姿は好みではある。


好みではあるのだが、それだけだ。王族となんて不相応すぎて震えすら起きる。


「私なんて貴族令嬢としての教育なんて受けて来てもいないのだからそのうち呆れられて終わるはずだわ」


「何を言っているの?あなた、淑女教育は全て終えているわよ?」


「は?!」


「まぁ、なんてはしたない。...まぁいいわ。我が家は亡国となった国とはいえ侯爵の血が流れているという事は知っているわね?」


お祖母様が優雅に微笑みながら話してくれたのだが、私は10歳までの間に高位貴族と同等の淑女教育をみっちりと身に付けさせられていたそうだ、知らない間に。


5歳までに基礎マナーを、10歳までにマナー+知識を叩き込んだと言っていたお祖母様だったが、道理でやたらと厳しかった訳だ!


それが貴族令嬢としての基本だと言われていたので特別何も思わずに「みんなこんな事やってるんだー、へー」位に考えていたのだが違ったようだ。


今でも抜き打ちテストのようにマナーやら知識やらを見られる事があったのは忘れていない、しっかりと身に付いているかの確認であったらしい。


お嬢様のお友達候補に選ばれたのも侍女に選ばれたのも私のマナーが完璧だったからなのだと教えてもらったのだが、私にはそんな自覚もなければ淑女だとすら思っていないのでピンと来なかった。


え?じゃあ何?もしかして私が「偉そうだ」って言われたのは男爵家の娘なのに完璧な立ち居振る舞いをしていたから、とか考えられない?


自分達よりも爵位が低いのに完璧な立ち居振る舞いをされたらムカッとしない?


名前だけでも偉そうなのに立ち居振る舞いまで完璧って生意気じゃない?!


言葉遣いもそれなりに(心の中は別)それなりで、マナーもまぁ恥ずかしくない程度ではあると自覚してたけど、実は完璧だったの?!


衝撃の事実にどっと疲れた私はベッドに入るなり秒で寝た。



学校を卒業するまでの3年間で私はすっかりと絆された、レイニーシャスに。


「レイと呼んで」


そう甘えるように頼み込まれて早1年。


すっかりと愛称呼びにも慣れた。


レイに構われるようになった最初の頃こそご令嬢達から嫌がらせを受けたものだが、レイの私への溺愛ぶりにご令嬢達は退散してしまった。


私にだけ囁かれる甘い、非常に甘い愛の言葉に熱すぎる視線。


どんなに綺麗なご令嬢にも全く靡く事なく、寧ろゴミでも見るかのような冷めた視線を投げ付けられれば心もポッキリと折れてしまうらしい。


毎日「可愛い」「美しい」「好きだ」「愛してる」「離れたくない」「僕の腕の中に閉じ込めてしまいたい」etc…の大量の砂糖に蜂蜜等のありとあらゆる甘味料をかけたような甘い言葉を囁かれ続け、態度でまで示され続ければ、元々は好みの顔なのだ、落ちるのは当然。


懸念していた身分差も「レイニーシャスと結婚してくれるなら身分なんて関係ないわ!」と言うハムンベルド国の王妃様(レイのお母様)の一言であっさりと解消。


知らなかったのだがレイはハムンベルド国では女嫌いで通っており、結婚は絶望的だとまで言われていたのだそうだ。


人は変われば変わるものである。


そして私は学校を卒業と同時にハムンベルド国へと嫁ぐ事が決定したのだった、レイの強い希望によって。


私と離れてしまう事をお嬢様は涙を流して悲しまれたのだが、それ以上に「幸せになってね!辛い事があったら何時でもうちにいらっしゃい!何があっても守ってあげるから!」と私の幸せを願い、喜んでくださった。


お嬢様は在学中にレイとは違う系統の美丈夫である公爵家嫡男ロバート・マヨネリーズ様に見初められて現在公爵夫人となるべくお勉強に勤しんでいらっしゃる。


ロバート様は爽やかで涼し気な美丈夫だ。


レイは甘さを含んだ蕩けるような美丈夫なので正に正反対であるのだが、2人が並ぶと正に対になると言える程に不思議としっくり来ていた。



そして今、私は白地にハムンベルドの国花である青いラスアニスの花が見事に刺繍された花嫁衣裳を身に纏いレイの隣に立っている。


同じデザインの花婿衣装に身を包んだレイは息を飲む程に美しく、思わず見惚れてしまった。


「綺麗だ...誰にも見せたくない程に...漸く君を手に入れた...」


甘い声でそんな事を囁かれ、一瞬結婚の宣誓の言葉を忘れかけてしまった。


その後無事に式は終了し、私達は名実共に夫婦となり、レイは変わらず私を溺愛してくれて、私は甘くも幸せな結婚生活を送っている。


王子妃教育は大変だと聞いていたのだが、10歳までお祖母様とお母様からされていた教育よりは全く苦ではなく、そのせいなのか私は「大変優秀だ」と評価されている。


今はお腹の中に新しい命が芽生えており、本当に幸せだ。


「レイ、私を選んでくれてありがとう」


「お礼を言うのは僕の方だよ。僕の手を取ってくれてありがとう、ヴァネッサ。もう二度と君を離さないから覚悟してね」


今日もレイは非常に甘い。


そんな甘さも心地よいと感じる私は相当レイに感化されているのだろう。



「やっと、やっと手に入れた...ヴァネッサ...」


式を終え、初夜を済ませて眠るヴァネッサの頬を撫でながらレイニーシャスは恍惚とした表情を浮かべていた。


──ヴァネッサを手に入れる。


それは長年のレイニーシャスの夢であり悲願であった。


もうすぐ手に入ると思っていた矢先にスルリとその手の中から零れ落ちてしまったヴァネッサ。


今度こそは掴んだチャンスを逃すものかと奮起した今回。


実に長い道のりだった。


レイニーシャスは転生者である。


ナタリアのような別の世界からの転生者ではなく、公爵令嬢ヴァネッサが存在していたあの時代からの転生者である。


前世のレイニーシャスは『ヒヨルド・ハムンベルド』という、現在のハムンベルド国の初代国王となった男として生きていた。


ヒヨルドは元々ヴァネッサ公爵令嬢の祖国であった今は亡きネクロム王国の隣国ベルド国の第一王子として生を受けた。


ネクロム王国では継承争いや貴族間でのいざこざから内乱が勃発しており、国内が乱れに乱れた結果不安定な情勢であった。


ヒヨルドは王命としてネクロム王国の内情を調査する為にネクロム王国へと商人を装い潜り込んでいたのだが、そこでヴァネッサと出会った。


鮮やかに燃えるような煌めく赤髪に芯の強そうな凛としたエメラルドを思わせる美しい玉眼。


一目で恋に落ちたのだが、ヴァネッサには婚約者である第一王子が常に張り付いており話し掛ける機会すらなかった。


いっその事身分を明かして奪ってしまいたいと思ったが、王子がヴァネッサを熱愛していた為に近付く事すらも叶わなかった。


2年間の調査の結果、ネクロム王国へ攻め入る事が決まった為に国へと戻されてもヴァネッサを忘れる事が出来ずにいたヒヨルドに父王は言ったのだ。


「勝って奪えばいい」


それからヒヨルドはネクロム王国を落とす為の策を練る事に尽力を注ぎ、1年後ネクロム王国へと攻め入りその国を落としたのだが、その時にはもうヴァネッサはいなかった。


攻め入るまでに有した1年の歳月の間に、その情報を掴んでいた第一王子がヴァネッサとの婚約を解消し、ヴァネッサが懸想していた男へと嫁がせ、その男を亡命させたのだと後で知ったのだが、その後の消息は掴めなかった。


ネクロム王国を吸収し新たにハムンベルド国となったベルド国の初代国王となったヒヨルドだったが、彼は王妃を迎える事なくある日突然命を落とした。


そしてレイニーシャス・ハムンベルドとして再び生を受けた。


ヒヨルドとしての記憶を全て持ったままに。


幼い頃から求めるのはヴァネッサのみ。


最早狂気となった愛情は消える事なく燃え続け、周囲を困惑させる程だった。


手に余った為に留学させられたタルベル国でレイニーシャスは己の目を疑う人物を目撃する事となった。


それがヴァネッサ・キャメルバーグであった。


前世で恋焦がれ、手に入れる事も出来なかった最愛に瓜二つの令嬢がそこにいた。


しかも名前も恋焦がれた人と同じヴァネッサ。


レイニーシャスは神に感謝した。


まずは前世の二の舞にならぬように徹底的にヴァネッサ・キャメルバーグの身辺を調査した。


そして驚くべき事実を突き止めた。


彼女があのヴァネッサの子孫だという事実を。


──きっと彼女の生まれ変わりに違いない。


そう思ったレイニーシャスは、まだ婚約者もいないヴァネッサに声を掛け求婚した。


そして遂にその全てを手に入れたのだ。


「ヴァネッサ...前世から愛しているよ...僕だけのヴァネッサ...」


彼女が如何に前世のヴァネッサと姿形が瓜二つでも中身は全くの別人である事等はレイニーシャスにとっては些細な事だ。


ヴァネッサがヴァネッサである事だけが全て。


狂ってしまった愛情はただひたすらにヴァネッサだけを求め、手に入れた喜びに震えていた。


もうヴァネッサ公爵令嬢を愛しているのか、現在のヴァネッサを愛しているのかも分からない程に盲目的にヴァネッサだけを愛しているのだ。


前世の記憶をレイニーシャスがヴァネッサに語る事はないし、実際狂おしい程に、一瞬たりとも離れたくない程に愛されているのだから、何も知らない限りヴァネッサは幸せに暮らしていくのだろう。


幸せの形は人それぞれである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 夫がヴァネッサにだけ「狂愛」を隠し通せば、元の血筋は良い、完璧淑女な王子妃が、相思相愛な幸せな結婚生活を送る話となるので、問題ないですね。(笑) [気になる点] 国が危険。 愛する公爵令嬢…
[気になる点] >どれだけ学校内を探し回っても見覚えのある攻略対象者はどこにもおらず(略 他の作品でも思うんですが、 「ファイなル ファンタじー VII リメイク」レベルのリアル3DCGならまだしも…
[良い点] 最後の解説は少し怖さもあるけど、愛してるから問題なしだね。 楽しく読めました。 [気になる点] 第一王子はいい人でしたね。 [一言] その後のヒロインは無事に幸せになれたのかな(笑)
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