缶コーヒーに咲いたひまわり
僕の近所の公園では毎年、夏になるとひまわりの花が飾られるようになる。
「咲いている」のではない、コーヒーの空き缶を花瓶に見立て、一輪だけそっと「飾られて」いるのだ。僕はそれを不思議だとも思わず、ただ「夏」という季節を表す記号のようなものとして受け止めていた。
けれど、今年の夏は違った。その、ひまわりの花を飾りに来る女性を偶然見てしまったのだ。僕はそれでつい、「なんで、ひまわりの花を飾っているんですか」と声をかけてしまった。
「私は、前の職場で理不尽な目に遭っていました」
缶コーヒーの飲み口に、ひまわりを差したその女性は静かに立ち上がる。
「残業・休日出勤は当たり前。人間関係も最悪で、若い私はさんざんいびられました。それでノイローゼになっていたある夏の日、この公園で仕事の休憩中らしいオジサンに会ったんです」
夏の眩しい日差しの中、憂いを帯びた表情の彼女はもひまわりを見つめながら続ける。
「私はそのオジサンと世間話をして、気がつけば職場の愚痴を零していました。オジサンはひとしきり私の話を聞くと『そう思いつめなさんな』と言って、私に缶コーヒーをくれたんです」
ふと、ひまわりを見つめていた彼女と目が合った。どこか物憂げなその表情に、僕の心臓がとくんと高鳴る。それをかき消すように、一陣の風がさっと僕たちの間を通り過ぎた。
「それがきっかけ……というほどでもないですが、色々あって私はその会社を辞めました。今ではこうして、毎年この公園に訪れるぐらいの余裕もできたのですがもうあのオジサンに会うことはできなくて……代わりに、毎年庭に咲くひまわりの花を飾ることにしたんです」
そう語り終えた彼女は、空を見上げる。べっとりとした暑い空気に、似つかわしくない青空。元気に鳴き続ける蝉をよそに、女性は「でも、不思議なんですよね」と呟く。
「缶コーヒーって小さいから、ひまわりみたいな大きい花を支えることなんてできないじゃないですか。でもこの公園ではなぜか、缶コーヒーにひまわりを差すと真っ直ぐに固まってそのまま飾ることができるんです……」
首を傾げる彼女と裏腹に、ひまわりはその艶やかな花びらを誇らしげに太陽の方へ向けている。
僕の近所の公園では毎年、夏になると缶コービーにひまわりの花が飾られる。
来年もきっと、缶コーヒーにひまわりの花が咲くのだろう。