9.誘惑の実
1週間後、、、。
「お邪魔します」
「あー!お婆ちゃん来たよー!おじさんどうぞ上がって!」
「ありがとう。ユイナ。それにしてもこんな綺麗な別荘があったなんて」
「でしょー!ユイナも知らなかった。今ではなんとユイナの部屋もあるんだよ!」
「おっ、それは良いな。おじさんはヒナの年くらいまで自分の部屋が無かったから羨ましいな」
「そうなんだ。もしかして、おじさんの家って貧乏?」
「うるせぇ。ユイナ達が金持ち過ぎるんだよ!」
あの日からカリ、そしてヒナとスミレの両親は行方をくらませた。
モネ達はというと別荘へと生活の場を移し、4人で楽しく生活している。
俺は最後のお別れを伝えるために、此処へと赴いた。
「おお。若いスミレ。待ってたよ。君には感謝しても仕切れないからね。今日は遠慮なく寛いでよ」
「ありがとう。お爺のスミレ。元気になって良かったね」
「よく怪我はしていたけど治りは早くてね。よく医者に驚かれていたもんだよ」
「ははっ。一緒だな」
この別荘で暮らしているのは、ヒナ、ユイナ。そしてこの世界のモネとこの世界の俺だ。
「ねぇねぇ!おじさん!遊ぼう!」
「おし!遊ぶか」
「こら、ユイナ。スミレお兄さんはやっとゆっくり出来るのよ。今日くらい我慢しなさい」
「ええー!でもおじさんと遊びたいー」
「駄々をこねない。ほら、それより、お婆ちゃんを手伝ってあげて」
「はーい、、」
ユイナは拗ねているが、奥の方へと消えていった。
「ヒナ、、、。大人になったなぁ」
「えっ?お兄さん。何か言った?」
「いいや、なんでも無いよ」
「若スミレ。すまんな。色々と迷惑をかけた」
「いいよ。俺も過ごした時間は短いけど家族みたいなものだからさ」
「本当にありがとう」
俺はお爺スミレが退院する間、モネやヒナ、ユイナを財閥に恨みを持つ人達から守ってきた。
財閥のトップが失踪するという事件は、被害者、その関係者の安心を分け与えるとともに、財閥の親族に対しての反撃を激化することになった。
良く言うと人間は誰しも負けず嫌いなのだ。
自分や自分の友や家族の名誉のため、負けで終わることは許されないのである。
結果が覆った時、我先へと揚げ足を取りに行く。
それは避けることが出来ない誘惑なのだ。
「はい。出来ましたよ。若い頃のスミレ君の大好きなエビチリが」
「スミレお兄さん。今日は私も手伝ったんですよ」
「お、それは嬉しいな。ありがとう」
「………はい」
「さぁさぁ、いっぱい食べてね。若いスミレ君」
「ありがとう。モネ。今幸せですか?」
「…………はい。おかげ様で」
そして、幸せを勝ち取った時、過去の辛さを忘れさせてくれる。良く言うと都合が良いのである。
終わり良ければ全てよし。これこそ、人間が生きることを諦めない心理である。
「それは、、、良かった」
「さぁ食べよう!今日、この家族と食べることが出来ることに乾杯!」
「乾杯!!」
笑顔が耐えない家族に囲まれた食事は美味しくないはずが無い。きっとこの瞬間は心に深く残り続けるだろう。
「お爺スミレ。ちょっといいかな」
「…………あぁ。分かった」
お爺スミレを別室へと移動する。
「どうした。若いスミレ」
「俺、帰ろうと思う。元の世界へ」
「…………そうか。このまま此処に居続けることは出来ないのか?」
「分からない。俺もずっとこのままでいたい。皆の笑顔を近くで見続けたい」
更に、人間は幸せを掴んだ時、その幸せを離さないように、大事に抱え込む。そして更なる欲望へと手を伸ばし始める。これもまた、人間が必ず出会う誘惑である。
まるで「幸せ」という実が、人間を誘惑しているかのようだ。
「じ、じゃあ、、、」
「でも!俺は、、俺の人生をもう終わって良いと思っている。最後の最後で救いたい人を救えたから。そして、これまで十分頑張ってこれたから」
「そっか、、。分かった。ならせめて、モネ達にも最後の挨拶をしてくれ」
「あぁ、分かってるよ」
2人はリビングへと戻る。
「おかえり!何を話していたの?」
「あー。うん。モネ。それにヒナ、ユイナ。若スミレから伝えることがあるんだ。聞いてくれ」
3人はエビチリへと向かう箸を止め、こちらを向く。
「皆。もう気づいているかも知れないが、俺はこの世界の人間では無い。とある理由でこの世界へ来たが、それももう終わった。だから、俺は元の世界へ戻ろうと思う」
「えっいやだよ!」
そう喚くユイナ。それと反対に静かに頷いている、モネとヒナ。
「ユイナ。君の純粋な心に俺は何度も救われた。ありがとう」
「嫌だ!別れたくない!」
「これからもその明るさでお爺スミレ達を救ってくれ」
「…………嫌だよ」
「ダメだよ。ユイナ。スミレ兄さんが決めたことなんだから、、、」
「ヒナ。ありがとうな。ヒナの優しさは異常だ。常に自分を犠牲にしているように見える。自分のやりたい事をやっても良いんだぞ」
「…………。分かった。じゃあ、、」
ヒナは俺に抱きつく。
「スミレ兄さん。助けてくれて、生きる希望を紡いでくれてありがとう。これからは、私のやりたい事をやるよ」
「頑張れ。空から応援してるよ」
「それに、ユイナ、ヒナ。君達との約束は果たせただろうか?」
2人とも涙が溢れながら頷いている。
「それなら本当に良かった」
次にお爺、お婆へと目を向ける。
「お婆モネ。そしてお爺スミレ。俺の世界でも俺の最愛の妻はモネなんだ。これからは絶対離れるなよ。そして、元気で」
「当たり前だ」
「えぇ。本当に私達を救ってくれてありがとう」
「100歳まで生きてくれよ」
「それはちょっと、、、」
「そこは、生きてラブラブに暮らすって言うところよ」
「あぁ、そうだった。死ぬまで一緒にラブラブするさ」
「どうやら、何も心配は要らなそうだ」
あぁ。やっぱりこの家族はすごいな。どの世界でも、どれだけ記憶を消されても、どれだけ心が支配されても、この出会いの鎖は決して切れることがないと感じることが出来た。
「それじゃあ、行くよ。皆。さようなら」
意識が遠のく。
「終わったな」
目を覚ますともう目の前は慣れた扉の前。
スミレという人生ももう終わる。そう思うほどに寂しくて、友や家族に会いたくなる。
どの記憶を残して成仏するのか。どれも忘れられない旅だった。どれも感慨深いものだった。
ガラン、、、。
思い詰めながら、その扉を開いた。
「お疲れ様。スミレ」
「ミカ様。ありがとうございます。それに、スノーとサトをシャッテンへと導いていただいてありがとうございました」
「良いのよ。いつもなら同じ様な出来事があったとしても、誰も別世界へは行きたがらないのだけど、、。スノーとサトって子は二つ返事で承諾してたよ。スミレ愛されてるんだね」
「えへへ。それほどでも」
「ふふっ少しは謙遜したらどう?」
「それでこそスミレよな」
自慢気そうにレグルスさんは話しかける。
「お久しぶりです。レグルスさん。そして閻魔大王」
「あぁ、今回も大変面白いものを見させてもらったよ」
「まさかヒラギノ財閥の調査のはずがこんな大事だとは僕も驚きですよ」
「あー、、そういえばそうだったね。調査というのは嘘だ」
「えっ??」
神様みたいな人達が嘘をついても良いのだろうか。そう思ったが流石に言わないようにしよう。
「それなら何故シャッテンへ?」
「それはヒナのてがみをを見てくれたら分かるさ」
「ヒナの、、手紙ですか」
そういえば、手紙を貰っていたな。最後の旅も終わった事だし見てみよう。
どれどれ、、、、
「親愛なるパパへ
この手紙を見ている頃には私はもう別世界に転生しているのかな。今この手紙を書いているのが少し不思議な気持ちがしています。
さて、「シャッテン」の世界の私がきっとお世話になったよね。
未来、そしてこの場所で会った私はシャッテンで育った私。きっともう気づいているよね?
未来では、何よりお婆ちゃんの笑顔が見れて、楽しそうな生活している姿が見れてとても嬉しかった。
私はパパの未来に飛んだ時、気づいたんだ。私のお婆ちゃんの運命の出会いのお話は本当だったんだって。その相手がきっと「シャッテン」の世界でもスミレという人だったんじゃないかと。
凄いよね。だからせめてその仮説が合っているのかどうか確かめるために、パパを「シャッテン」の世界へ連れて行ってもらいました。
ついでに私達姉妹を救ってくれていると思うのでありがとう!
p.s パパの野球姿とてもかっこよかったよ!聞かれていないはずなのに、パパが振り返えるからビックリしちゃった。
これで何も残すことなく旅立てます。また、どこかで!! ヒナより」
あの時の声援は、ヒナだったのか。もう少しカッコいい姿を見せたかった。
それにしても、やっぱりか。薄々気付いてはいたけど。そんな偶然あるもんかと思っていた。
ヒナの思い通りになった気がして、ヒナに戦慄すると共に少し悔しかった。
やはり、我が娘、恐るべし。
「ふむふむ。流石ヒナだね。仮説通りというわけだ」
「ちょっと、何で覗き込んでいるんですか」
「いいじゃないか。きっとヒナも喜んでいるだろうな」
「そうだと、、良いですね」
きっとどこかにあるヒナの魂は喜んでいるだろう。
俺ももうすぐそっちにいく。そこでゆっくり話すとしよう。
スミレの旅が終わりを告げた。スミレの選択はいかに?
次回、最終話。31日12時公開です。ぜひ!