8.決着
画面には拡大されたモネが映し出される。
俺達は顔を掴まれ、蹲っている。
「モネよ。君に見せたいものがある」
「………………」
「見たまえ。コイツらはお前を救い出そうと企んでいたそうだ。ほれ、最後だ。顔くらいしっかりと眺めておくがいい」
2人の俺の顔が引き上げられる。
「………!!!」
モネは放心状態だったが、更に固まってしまった。
「相変わらず何も喋らないな。無理もない。孫達の件もあり、あいつの精神は相当きているだろう。だが、まだだ。実験のためにも全ての希望の糸を引きちぎっていくとしよう」
数十秒の沈黙の合間に俺は、いかにこの場を乗り切ろうかと考える。
「…………何で」
「おっ!口を開いた!」
モネの声を嘲笑うかのようにカリは反応する。
「………何で来たの」
「お前を救うため!此処から抜け出してまた一緒に生きよう!」
「遅いよ。ずっと側に来ていたくせに。ずるいよ、、」
「そ、それは。本当にすまなかった!恐怖に勝てなかった。君はずっと、ずっと、、憎しみや恐怖と戦っていることを知りながら、、、。俺は、俺は、、、。だから私にもう一度君を愛する資格をくれ!」
「……………」
モネは長年掛かっていた足枷が外れたような、安堵したような笑みを浮かべている。
「待ってたんだよ。あの日から、、ずっと」
目には40年の思いを乗せた涙が滴っている。
画面越しのモネはお婆ちゃん。そしてお爺ちゃんの姿の俺。そんな2人の会話を聞いていると、何だか恥ずかしく、そして誇らしくなった。
「それじゃ、そろそろ脱出しましょうか」
密かに独り言を囁く。
パチパチパチパチ、、、。
その言葉を気にするはずもなく、カリはこの世界の俺とモネの会話をただ蔑み、茶化すだけであった。
「いやー素晴らしい。これが愛ってやつなのかな。僕はね、ただ、ただ、不憫に感じるよ。何故かって。君達の想いは届かない。雑魚どもの戯言でしかないからさ」
「…………」
「モネ。分かっているよね?もし、お前が逃げたなら孫の命も一緒に無くなるぞ?」
「モネ!大丈夫だ!私が必ず、必ず守るから!」
「ふん、いい自信だ。だが」
そう言うとカリは指を鳴らす。
「入ってこい。お前達」
「はい。お父様」
「お待たせ致しました。お父様」
「さぁ、我が息子達よ。例のものをコイツらに」
「はは!」
「コイツらがモネの子供。そして、ヒナとユイナの両親か」
現れたのは2人の少女。その姿はボロボロに傷みつけられたヒナとユイナだった。
「ヒナ!ユイナ!」
モネが画面に身を乗り出し叫んでいる。
「そんな!ヒナちゃんとユイナちゃんは確実に外へと逃がしたのに」
「私達の力を甘く見てはいけないよ。どうしたって此処からは逃れられない。絶対にな」
「くそっ!これで詰んだか?結局こうなるのか、、」
この世界の俺とモネは気力を失いかけている。
「どうやらこれで終わりのようだ。結果は私の圧倒的勝利。文句は無いよね?」
「……………」
「……………」
「いいや!大ありだよ」
「……!!!」
「ありがとう。でももう何を言ってももう無駄だよ」
「お爺ちゃんの俺、お婆ちゃんのモネ。今までよく耐えたよ。後は若い連中に任せてくれ」
「ほう。若い人の力?その身動きが取れないそのボロボロの身体で何が出来るんだ?」
「言っただろう。俺は出会いに恵まれているんだ。俺は1人じゃ無い。助けてくれる仲間がいるんだ。彼等と巡り会えたこと。ここで俺がやられても必ず助けてくれる人がいる」
「そうか。その確信のない傲慢な言葉はもう聞き飽きた。よし、君から始めよう。さよならだ」
機械がうねり始め、ギリギリだった体に最後の追い打ちをかけられた。
「おい!しっかり!しっかりしろ!」
「…………!!!」
体の力が全て抜けて、その場になだれ込む。
「ふぅ、やっと1人目か。世話をかけられたもんだ。予定では今頃パーティの時間なのに」
「くそ!くそ!起きてくれよ、、」
「さぁそれじゃ次に行くとしよう。次はモネ。お前だ」
「おい!待て!」
「私はね。思ったんだ。こんなに辛い想いをしているならいっそのこと楽にしてあげようと」
「ふざけるな!頼む。モネの分も俺が受ける。どうかモネにこれ以上負担をかけないでくれ!」
「うーん。別に構わないが、君がやられたらモネは更にダメージが入ると思うぞ」
「………くっ!」
「やはり、先にモネを楽にしてあげよう。君がどのくらい飛ぶのか気になるしね」
「許さねえ。絶対に」
「別に結構。私にはどうでもいいことだ」
モネが部屋に連れてこられる。
「…………スミレ君、、」
「モネ!大丈夫だ。絶対に守る。今度こそ」
「うん」
「さぁ、モネ。楽になろう。どうせ皆、私に消されるんだ。支配されるんだ。もう、絶望の世界は懲り懲りだろう?さぁ私の元へ来なさい」
「…………」
「待つんだ。モネ。考えなおせ、君はもう解放されるべきなんだ!」
「いいぞ。モネお前が犠牲になるのなら、お前の愛していたこの男は逃してやろう」
「ダメだ。行かないでくれ」
「……スミレくん。私は大丈夫だから。だから、楽しんでね。私の分まで、、」
モネは何もかもを受け入れて少しずつ、歩みを進める。
「ヒナ、ユイナ。おいで。君達がお婆ちゃんへ最後の弔いをしておやり」
「………ダメだ。モネ。それにヒナちゃんもユイナちゃんも、、。全部嘘だ。全部操られているんだ。頼むよ。3人を救ってくれよ、、、」
「やれ!ヒナ、ユイナよ」
ヒナとユイナは刃物をモネへと目掛けて振り上げる。
「さようなら。私の大切な家族達、、、」
グサっ、、、、。
「えっ???」
モネへと突き刺さる筈だった刃は、この世界のスミレの身体を刺していた。
「今回こそ、君を救えた、、、」
「何言ってるの?これから一緒にいてくれないと救われないよ!」
「それでも、、君は生きないと、、。目の前の子供達のために。彼女達に大切な家族を殺させたりはしない」
「ダメ!ダメだよ!」
「ありがとう。モネ。愛してる」
「…………………!!!」
この世界の俺は意識を失い、全身の力が抜けていく。
「はぁ。少し順番が逆になってしまったか。言うことを聞いておけば、少しは楽に逝けたのにな。なぁ、モネ?」
「……………知らない。もうこの世界に私のいる意味はない。私は信じる人がいない。ずっと孤独。ずっと絶望。もういい。だから早くやって」
「くしゃくしゃな顔でさえも愛おしい。だからこそ、君が望むままで、、、。じゃあね」
カリは合図を送る。するとヒナとユイナは再び動き出す。
ガッシャン!!
勢いよく扉が開かれる。
「そうはさせないよ」
「皆、目を、覚ませー!!」
目の前には若い男女。
男性の声の甲高く響きわたる声が部屋中に広がる。
「君達は?どうやって侵入した?」
一瞬、無の時間が流れた。この場にいたものは、驚きと響きわたる声に聞き入ってしまい何も行動を起こせなかった。
「くそっ、1人刺されてしまっている。止血をしないと」
突如現れた女性が、すぐさまこの世界のスミレへの延命の確率を上げるための作業へと取り掛かる。
「え?俺達?そうだな。別世界から来た救世主だ!」
「なんか嫌だ。普通にスミレの親友でいいじゃん」
「せっかくカッコつけたのに!そっけないよサトちゃんは」
「君が子供なだけよ。スノー」
「サト?聞いたことのない名だ。だがスノー。良く聞いたことのある名だ。何しに来たんだい?」
「決まってるだろ。親友を、親友が救いたいと思った人を救うためさ」
「残念。遅かったな。もうすでに若いスミレは私の意のままに動く駒となった。私の洗脳によってね」
「…………スノー、、、。本当にスノーなの?」
「やぁ。年取ったモネちゃん。倒れているのは年取ったスミレか。2人とも変わってないねー。羨ましいよ。絶対この歳の俺は老けまくっているだろうな。ねぇこの世界の俺はどんな感じなんだい?」
「それは、、、」
「ええ!そんなに口を詰まらせるってことは図星だな。ショックだ」
「この世界のスノーはもう亡くなっているんだよ」
「若いスミレ!無事だったのか?」
「あぁ、スノーのおかげでね」
「亡くなっているってなんで?」
「……それはそこにいるカリによって殺されたのさ」
「くっ、やはり君が洗脳を解くキーだったわけか。あの時始末しておいて正解だったが、この事態は大誤算だ」
「………うん?あれ私は確か、、」
「あれ、此処は」
「起きたか。ヒナ。ユイナ。大変だったな」
「おじさん!!」
ユイナが抱きついてくる。
「怖かったよ。とても怖かった」
「もう大丈夫だ。俺含め君達の最高の味方がいるから」
「お兄さん。ありがとうございます!」
ヒナは安堵の笑みを浮かべる。
「さぁ。俺達全員を解放してもらおうか」
「くっ勝った気になるんじゃない。駒が少し故障したとしても、まだ私にはこの機械達があるんだよ。必ずお前達全員を再び私の駒にしてやるよ」
「はぁ。そこの爺さん。あなたはその能力を持つには相応しくない」
処置を終えたサトが呆れ風に呟く。
「なんだって?」
「あなたは使い方を間違っている。その能力は人を救う為に使わないと。このようにね」
「おい、何をしている!放せ!」
「お父さん、お母さん??」
カリの息子は何を血迷ったのか、カリを捕らえて離さない。そして息子の嫁は3つある洗脳するための機械を破壊していく。
「止めるんだ!我が最高傑作を、、、どうして」
「お父様。僕気づきました。僕はこんなことで支配をしても幸せになれない」
「そうです。お父様の力はもっと違う形で発揮されるべきです」
「ふざけるな!これこそが私の欲であり、目標なんだ」
「そうですか。ならば、その欲が気持ちよく晴れるまでお供致します」
「行きましょう。お父様」
「や、やめろ。待つんだ。まだ反逆者への制裁が、、、、くそー!!」
カリは息子達によって連れていかれた。
「何が起こったの?」
モネとヒナは今起きた現実を受け入れることに時間がかかっている。
「ママとパパが別人みたいだったよ!」
ユイナはいつもの元気を取り戻したようだ。
「ねぇ!おじさんの仕業でしょ!」
ユイナが食い気味に尋ねる。出会った時のユイナだ。
「俺じゃないよ。そこに立っている綺麗なお姉さんの仕業だよ」
「そーなの!!お姉ちゃんすごーい!!」
「えっへん!すごいでしょう。流石スミレが救いたいって思った子ね。良い子だわ。それにしてもスミレ。久しぶり。もう何年ぶりだろ。カッコよくなったね」
「久しぶりだね。サト。大きくなったな。色々と」
小学生の頃のサトしか知らないから、気づくのに時間がかかった。相変わらず、肌が白い。その上、なんともセクシーになったもんだ。
「お婆ちゃん!なんか視線が怖いよ!」
「………スミレ君?若いからっていっても、どうなるか分かるよね?」
背中に寒気が走る。
「と、ところでヨシキは元気?」
「うん。スミレが居なくなってからまた一段と元気になっちゃって。本当、寂しがり屋だよね。そこが可愛いんだけどね。チヒロ達も皆、元気にやってるよ」
「そっか。それは良かった」
「スノーもありがとう」
「当たり前よ。どんな世界でも親友が助けを呼んでいたらどこへだって駆けつけるさ」
「そっか」
「うん?なんかちょっと冷たくね?」
「なんかスノーは久しぶりの感覚が無いんだよね。でもちゃんと感謝してる。良い親友を持ったなって思えるよ」
「このおじさんは?誰?」
「ユイナちゃん?おじさんじゃなくて、ぴちぴちのお兄さんだぞ!おいそこ!笑うな」
「ユイナ。スノーおじさんはな。ヒナにユイナ、それにモネお婆ちゃんを助けたとっても凄くて優しい人なんだぞ」
「え!?そうなんだ。おじさん。ありがとう!!」
「あぁ。その純粋な笑顔を見るとおじさんということを納得してしまうよ」
「ププッ」
「!!!」
モネが笑った。
「お婆ちゃん。やっと笑顔が見れた」
ヒナは願望が初めて叶ったのだろう。静かに凛と微笑んでいる。
「ヒナ。良かったな」
「スミレお兄さん。ありがとう。私達姉妹を、お婆ちゃんを守ってくれて」
「あぁ。これでヒナも心から笑えるようになったか?」
「うん!」
これがヒナの素の笑顔。俺は彼女の笑顔が懐かしく感じた。そして、更に深く心に刻まれた。
「さぁこの監獄のような場所からはおさらばしよう」
「帰ろう。お家へ」
「うん!お婆ちゃんもね!」
「………あぁ、、帰ろうか。本当の家族がいる家に」
「おっと。じゃあ最後にちょっといいかな?ヒナちゃん、ユイナちゃんに聞くけど、2人が望むなら、両親だけでも一緒に過ごせるようにするけどどうしたい?」
「そのままで大丈夫です。私の家族はお婆ちゃんとユイナだけですから」
ヒナはサトの心配を一蹴する。
「ユイナちゃんは?」
「ユイナもいい」
「そっか。分かった。なら、私とスノーくんはお役御免。此処でお別れだね」
「そんな、まだお礼の1つもできていないのに」
「良いんだよ。元々俺たちはこの世界の人間では無い。私達が此処に来た事実すぐに無くなる。君達が無事に解放されて、本当に良かった」
「スノー、そしてサトさん。本当にありがとうございました」
モネが深々と頭を下げている。
「気にしないで。モネちゃん。これまで出来なかった分、楽しんでね」
「ありがとう。本当にありがとう、、、」
「それじゃ皆さん。さようなら。スミレもじゃあね」
「あぁ。元気で」
目の前からサト、そしてスノーが消えた。
「ありがとう。2人に出会えて嬉しかった」
俺もそろそろこの世界とはさよならだ。その前に改めて、この出会いはきっと偶然では無かったんじゃないかと思った。
この世界の俺は病院へ。その他のモネ、ヒナ、ユイナは無事にヒナ、ユイナが暮らす家へと辿り着いた。
「こんなボロボロな家に住んでいたの?」
「うん。すぐ家を特定されて、追いかけられるから。財閥の一家だと分からないように敢えて此処で暮らしてたんだ!」
凄いでしょと言わんばかりに2人は説明している。
「そうかい。大変な思いをさせたね」
「それはお婆ちゃんもでしょ。それより、これからは楽しくなるよ!」
「うん!絶対!」
「そう、、だね」
3人の笑顔。そこには度重なる苦悩を底知れぬ絆で危機を乗り越え、これから始まる新たな生活に心踊る家族があった。
「約束は果たせたかな、、、?」
そんな会話を後ろから見守っていた俺は、最後の旅を終えようと決意した。