6.不変
「ねえ、サチ。未来のサチとヨシ。それにクラスの皆は元気だった?」
「そんなの知ってるわけないじゃん」
サチは不思議そうにして答える。
「でも、スミレが生きていた世界線での私達よりは楽しくやっていけそうだよね」
「そうだね」
その言葉が何よりも嬉しかった。これが現実であったらと思ったけど、後悔より今は達成感の方が大きい気がする。
それから教室に着くまでの間、俺が引っ越してから会う手段、将来何をするかなど夢一杯の話をした。
程なくして教室の前へとたどり着く。いつもは、小学生らしく元気な声が廊下まで響いている筈なのだが、今日はまるで聞こえない。
俺は不思議だなと思いつつ教室のドアを開けようとした。
「ちょっと待って!!スミレ!まだ開けないでおこう。きっと皆、勉強に集中してるからさ。もう少し此処で話さそうよ」
「何言ってるんだ?サト。ずっと廊下に居てもすることないだろう」
「ぐっ、、あ!そうだ。ちょっと図書室で借りたい本があったんだ。付いてきてくれない?」
「サトが本を読んでいることなんてずっと一緒にいて、一度も見たことないけど」
「ぐっ、、、、、、」
「まぁ良いよ。ついていこう」
流石に勘の鈍い俺でも分かる。サトは何かを企んでいる。もしかしたら、ミニお別れ会みたいな事をしてくれるのだろうか?だとしたら、俺が引っ越す事をクラスの皆に言ったな?
取り敢えず今は流れに身を任せておこう。
数十秒後、、教室の扉が開いた。学級委員長のカエデちゃんだ。
「2人とも何してるの?寒くないの?早く入りなよ」
あれ?どうやらミニお別れ会では無かったようだ。少しでも期待した俺が馬鹿だった。
ガラガラガラガラ、、、
「2人とも遅かったね」
ヨシが真っ先に駆けつけてくれる。
「ちょっと深ーい話をしてたんだ。な!サト」
「うん。まだヨシには早いかなー」
「なんだよー。勿体ぶるなよー」
きっとヨシがいつでもサトの近くで守ってくれているだろう。少しイジられ役だけど真っ直ぐで情熱のあるヨシを身勝手ながらとても頼りになると思った。
「ヨシ。サトを頼んだよ」
「なーに言ってんだ!今度こそスミレも一緒にだろ?」
「そっか。そうだったな」
「頼むよー。私がお嫁さんに行くまでは一緒だからね?」
「えー。じゃあずっと一緒じゃんか」
「おい、誰が結婚出来んじゃい」
「ウソウソ。きっとサトは良いお嫁さんになるよ」
「はいはい!じゃあ俺がサトをお嫁さんにもらう!!それならもっと。ずっと一緒だ!」
ヨシ。君は本当に凄い。何処までも真っ直ぐでどこまでもカッコいい男だ。
ほら、見てみろ、サトの顔が真っ赤だぞ。
「そ、そう。じゃあずっと一緒だね」
「うん!一緒!!」
確信した。過去の現実でもサトにはヨシが居てくれたはずだと。俺も少しは安心して成仏できそうだ。
それにしてもアツアツですな。2人の気持ちには何となく気づいていたが、何かサポートをしてしまったみたいだ。ちょっと羨ましい。俺は2人に気づかれる事なくそっと自分の席に着いた。
「あのー、良い雰囲気の中申し訳ないけど、もう授業始まってるよ。そして先生からの謎の視線が向けられてるけど」
カエデちゃんがサチとヨシに話しかける。2人は恥ずかしそうに席に戻っていった。2人をニヤニヤして眺める。2人に止めろよ!と言わんばかりに睨まれるが俺は知らんぷりをしておいた。
「ゴホンッ、それでは6限を始めましょう」
「起立。気をつけ。礼」
「お願いします」
「はい、お願いします」
「着席」
「はい。皆。5限はちゃんと自習はしてたかな?」
「勿論ですよ」
「したー」
「よろしい!それでは6限目は皆大好きレクレーションにしよう!」
「やった!!」
「ツヨセンサイコー!」
クラスに活気が戻る。ツヨセンは俺を見て頷いている。きっとツヨセンなりの餞別っていうところなんだろう。有り難く楽しもう。
「しゃーやったろー!」
久しぶりに声高らかに叫ぶ。
「はいはい。皆静かに。今日やる事は先生がもう決めてます」
「えー!!」
クラスにブーイングが巻き起こる。
「じゃあ、自習にする?」
「失礼致しました。是非やりましょう。ツヨセンが考えたものを」
クラス1の元気印サクが答える。
「じゃ言うぞ。今日やる事は2つ。なんでもバスケットと手紙交換だ」
「せんせーい。手紙交換って誰に書くの?誰でもいいの?」
「誰でもいいよ。皆それぞれ辛い体験をしたから、クラス内で想いを伝えたい人に。ただこの人に渡したいって人がいればクラス外の人でもいいよ」
「そっか!分かりました!」
「まずは手紙を書こうか。そし今日の終わりに交換するからね。終わったら封筒に入れて各自持っているように。無くすなよー」
「はーい!」
皆は黙々と書き始める。
俺は誰に書こうか。俺はと言うとこのクラス全員宛への手紙を書いた。最初はずっと一緒にいたヨシとサト。そしてチヒロとタクマの誰かにしようと考えたけど、仲良くしてくれた皆にお礼がしたかった。
数十分後、。
「よーし。全員描き終えたな。誰が誰に手紙を書いたのか。それは後のお楽しみ。次!!何でもバスケットするぞ!」
「待ってました!」
「机を下げて、椅子だけ持って円を作れー」
懐かしいね。何年振りだろう。見た目はまだ10歳の男の子だが、中身は22歳。少し気恥ずかしい。これが大人になるという事なのかな。
やはり楽しい時間はあっという間に過ぎていく。最後の授業は幸せに終わった。しかし、時間がギリギリになってしまい、手紙交換を行うことが出来なかった。
「先生。手紙交換出来なかったみたいなので、これ渡しときます。皆宛に書きました。交換する時になったらヨシ辺りに渡してください」
「ごめんな。見ているこっちも嬉しくなっちゃって、時間配分ミスってしまった。でもまだ持ってて。最後時間があれば今日するから」
「分かりました」
ツヨセンもきっと辛い想いをしたんだろうな。今なら分かる。先生に恵まれてきた22年間の人生だったが俺達を1番近くで可愛がってくれた先生はこの人だ。
遂に最後のホームルーム。発表の時だ。
先生:「はい、皆さん。さようならの挨拶の前に報告があります。スミレ君が遠方に引っ越すことになり、今日で最後となります。こんな時期なのにとても残念ですね。それでは、スミレ君どうぞ」
「え?」
「マジ?」
教室が静まり返る。
「いきなりの知らせになってごめん。言い出せなくて。
皆と過ごしたこの場所は、いつだってほほえみの咲く場所だった。それは皆とだったから。悲しい時も辛い時も乗り越えてこれた。最高の仲間に出会えてよかったと心から思います。今までありがとう!元気でまた会いましょう!」
この数十秒の挨拶のために、俺は過去に戻ってきた。
後悔がないように生きろと言う大人の言葉が少し分かった気がする。単純で明快。やり切ったと満足出来るから。
先生:「はい、それでは皆さん最後にスミレ君との挨拶を忘れないでね。さようなら」
「さようなら!」
「スミレ!本当に引っ越すの?」
「うん。本当だよ」
「いきなりすぎだろ。一緒に乗り切ろうって誓ったじゃん!まさかお前、この生活から逃げるの??」
「!!違う!!そうじゃないんだ!」
「そうだろ絶対。こんな大変な時に引っ越すなんてスミレ、お前はもう裏切り者だ!」
違う。違うんだ。
「よせよ!スミレだって好んで引っ越すわけじゃないんだ!此処で過ごしたいって言ってたんだよ」
「そ、そうだよ。スミレ君だって悔しい筈だよ。皆のこと大切に思ってくれてるもん」
「こんな奴の言う事なんて信じるなよ。この裏切り者なんかの事を」
「スミレ君、本当に残念だよ」
「早く出て行っちまえ、この裏切り者!」
「そーだ、そーだ」
「スミレ君、もう此処には戻ってこないでね」
「え、あ、、、、、」
この現実は変えることが出来ないのだろうと一瞬で察した。無言で立ち去った現実と想いを伝えた夢物語。どちらにしても俺はこの場所の、この人達とは別れる運命にあったのだろう。俺は返事をする気力もなく、ただ無言で立ち尽くす。
「早く帰ってよ」
「…………うん。皆今までありがとう」
今の感情はどう表したらいいのだろうか。俺は精一杯想いを伝えた。けれど何も変わっていない。変わったとすればチヒロとタクマにはちゃんと伝えることができたということだろうか。
少しはいい方向へ変わるだろうという希望は、何も変わらないという絶望へと変わってしまった。サチは何もしていないだろうから結局どう足掻こうとも変わらなかったのか。
俺の高望みだったのだろう。そう思えば思うほど、胸が苦しくて、寂しくて涙が止まらない。
「……………ヨシ。サチ。チヒロ。タクマ。もう会えなくなる。ごめん。俺は本当に約束を守れない男だ。何でこうなるんだ、、」
俺は1人で廊下を歩く。生きていた時はヨシとサチがいてくれたが、今は1人。変わらないどころか、更にこの場所へ帰れない状況を作ってしまった。
俺はまた大人の言葉が分からなくなった。きっと後悔の残らない人生など存在しないのだ。
俺は何処で間違えたんだろう。見慣れた廊下はいつもより長く、そして広く感じた。
教室が見えなくなった。足が重い。何も考えられない。
「おーい!スミレ!」
後ろから誰か走ってくる。まぁ振り返らなくても分かる。この真っ直ぐな声と少し鈍い足音。ヨシとサトだろう。
「スミレ!このままで良いのかよ!」
「…………良いんだ。きっと。これで良いんだ」
俺は後ろを振り返らず歩みを進める。
「ちょっと、待てって」
「これが結果だ。俺は何も変えることができなかった。いや、変えるべきでは無かったんだ」
俺の心がこれ以上壊れないように防衛反応が働き、合理化されている。
「嫌!私が許さない!早く戻ろう!」
「もういいよ。そして、何でサトが怒ってるんだよ」
ヨシとサトに教室へ無理矢理連れ戻される。けれど、もう戻っても何も弁解する気はない。
2人の力がいつも以上に強い。俺は正真正銘、2人に服を引っ張られ、移動していた。
「2人とも何でそこまで、、、」
「いいから、いいから」
「スミレ、私達が力を貸してあげる。きっとスミレの旅立ちを忘れないものにしてあげる」
いや、もう違う意味で忘れられないんだけどね。でも、2人の気持ちは嬉しかったから抵抗はしなかった。
「スミレ。着いたよ」
「いい?スミレ。先ずは俺とサトが先に入って皆を説得するから。俺かサトがもう一度出てくるから、そこでもう一度、スミレの想いを伝えよう」
「………分かったよ」
2人は教室に入る。俺はまた、教室の前で待たされている。
俺はなんとか心を切り替え、この永遠と続きそうな孤独な時間を1人で満喫していた。
そう。きっとこれから起こることは忘れ難いものとなるだろう。