9.救世主
「それで救世主って誰?」
「それは、、、、。ヒナさ」
「へ?ヒナ?」
「有り得ない話に聞こえるかもだけど、ね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
時は4日程前に遡る。俺は何か情報が無いかと家を漁っていた。
「ガチャ、、、」
玄関の扉が開いた。モネとヒナは今出発したばかりだから、どっちかが忘れ物を取りに帰ってきたのかな??
リビングにヒナがゆっくり入ってきた。
「ねぇ、パパ。そこに居るんでしょ?」
ヒナの様子がおかしい。いつもの天真爛漫な様子ではなく、どこか大人びている雰囲気だ。
ん??見えてる??何故バレてるんだ?
「見えてはないよ。ただどこかに居るのではないかと思って」
おかしい。この幽霊の姿は誰にも見られない筈だ。じゃないと念願の女湯へ覗きに行けないではないか!!しかし、バレているのならどうしようも出来ない。
「あぁ、いるよ。ヒナ。初めましてだね」
「やっぱり!昨日ただいまって聞こえたからもしかしてって思ってたんだよ」
「なぁヒナ。何で聞こえているんだ?この姿は誰にも見られないし、誰にも聞こえない筈だけど」
俺は質問しながらヒナの目の前に佇んだ。
「それはね、私だからだよ。私は未来で死んじゃったんだ」
ヒナは哀しい目をしている。絶望を味わったというような顔はいつにも増して清麗だ。
でも1つの疑問が生じる。これは夢なのだ。俺が生きている上での世界線。つまり、俺とモネは実際には結婚しないし、ヒナという子供も産まれることはない筈なのだ。
「パパも過去で死んじゃったんだよね。それで未来に来たという感じかな」
「そうだ。俺は13年前から来たんだ。これは俺の夢のはず。実際には君のパパにはなれてないし、君も生まれなかった筈だけど」
「言ったでしょ。私だからって」
ヒナは少し誇らしげに言う。
「ヒナ、詳しく話を聞かせてくれないか?」
「良いよ。話してあげる。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私、ヒナは遥か先の未来で産まれた。父と母はよく知らない。7歳くらいで母方の祖母に引き取られたから。でも今ではそれでよかったと思う。父と母はいつも家にいない。帰ってきたと思えば、私と妹のユイナ、2人は蚊帳の外に放り出される。世に言う育児放棄ってやつ。
「お前たちは何も言うな。何も望むな」
それが両親の口文句。
私たちは何も望まなかった。それが当たり前だったから。食事だけでも出てくるだけで満足だった。
叔母も優しくは無かった。父と母を溺愛しており、私たちのことなど気にもとめなかったから。大型企業経営者の子孫ということで、お金はあるらしく、小学校から高校まで行けた。
ただし、私が高校生になってからは食費や洗濯などの日常生活費は自分達で払わなくてはならなかった。出してくれたのは学費のみ。案の定私はアルバイト三昧の生活を送っていた。
私は小学校の頃、私の隠れた能力に気がつく。それは、見た夢がいくらかの確率で正夢となり現実になること。体育でクラスメイトが骨折する夢を見れば現実になるし、推しの俳優が結婚する夢を見れば現実になった。
「ヒナの予言がまた当たった。お前何者?気味悪い」
能力を明かしていた中学校まではそう言われて私の周りには誰も居なく、友達はいなかった。だから、高校からは隠すようにした。それからは少しは平和になったかな。
その後も幾つもの夢が現実に現れる。でも何故か事実を変える事はできなかった。それは、自分に対しても、他人に対しても。分かっているのに変えられない。とてももどかしく、面白くはなかった。
気がつけば私達は成長し、明日は妹の結婚式。私はこの結婚式の最中、殺される。この事実を知っていても変えることはできない。何故だろう?
きっとこれが私の運命なんだろう。このことは勿論、ユイナには伝えていない。
「姉さん、ありがとう。結婚式を挙げれるのは姉さんのお陰。これまで生きてこれたのも姉さんが居たから」
「堅苦しいよ、ユイナ。おめでとう」
「子供が出来たら、名前はヒナにするから!!」
「それは絶対にやめて?!」
明日死んじゃうから本当にユイナならしてしまいそうだなと半分嬉しく、半分悲しくなったのをを覚えている。
「今日は最後の夢。幸せな夢を見れたら良いな」
そう願って眠りについた。見た夢は願いとは正反対のとてもとても悲しい夢。子供の私が楽しく生活している。過去の生活の真逆の様な家族と過ごす楽しい生活を。でもその家族の元へ悲劇が訪れる。家族はバラバラになり、母親は亡くなり私が母親の代わりに連れていかれて、こき使われる。そして父親は、何もかもを失い植物状態に。これが最後の夢。
「これは酷い。せめてこの夢は運命を変えて幸せに暮らしたいな」
そう思ってメモをしておいた。
「危ない!」
その日、妹の結婚式に乱入してきた男から妹を守り、私は死んだ。
正確には死んじゃったけどまだ死んでない。
何故か閻魔大王とアリエっていう天使とダブリンという双子がいる所についた。
「君は良い能力を持っている。死んじゃったことだし、その能力を十分に発揮してくれ」
そう言われて今は儚い夢をリアルにさせない旅をしている。もう数十人、数百人の不幸を変えてきた。
そして今回が最後の旅。1番幸せで、1番バットエンドな夢。幸せな暮らしを守る為に私は未来から来たんだ。
「こんな感じで今ここに居るんだ」
「そうだったのか。辛かったよな。悔しかったよな」
「ううん、これが私の人生。辛い思いは沢山してきたけど、否定はしないで。それも含めて私だから」
ヒナは強いな。不覚にもカッコいいと思ってしまった。
「でもこれが夢の世界なんてビックリだよ。パパの未来に私が入り込んだんだね」
「そうだね。俺もビックリだ。でも、なんでヒナが生きてる内に事実を変える事が出来なかったんだろうか?」
「閻魔さんたちにも聞いたんだけど、人の運命を勝手に変える事はできないんだって。多分閻魔さんたちがその人を見て、その人の運命を決めているんだと思う」
「へーそうなんだな。今度聞いてみよ」
「この話は一旦置いといて、これから起こることを話すよ」
一通り事の顛末を聞いて、悲しみと怒りが抑えきれなかった。この数日で、いとも簡単に幸せな生活が崩れ去ってしまうなんて。俺たちは作戦を練った。まず俺が早く帰ってくること、ユリちゃんを呼んで時間を稼ぐことを作戦として立てた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
現在〜車内〜
「そんな事があったんだ。ヒナは未来から来た救世主だったんだね」
「そうなんだ」
「なら、これまでのヒナは未来の記憶を持って産まれてきたのかな」
「いや違うかもね。おそらく未来のヒナが現在生きているヒナに乗り移ったんだと思う」
「なんだー、スミレ。妙に詳しいな?」
「はっはっは、スノー何のことだかな」
「……………………。」
モネはジッと考えている。そして、俺の方をじーっと見つめられている。皆勘が鋭すぎて困る。
口にはしたらうるさくなりそうだから言わないけれど、今日スノーも来て時間を稼いでくれたことでなんとか間に合うことが出来た。許さないとか言ったけど、ありがとう。スノー。