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桜散りゆく  作者: フウト
2/3

めくらという言葉は現在差別用語として認識されておりますが、物語の雰囲気と時代設定に合わせて使用しております。ご了承ください。

 

 翌朝早くから、繁は出かけていた。

 隣まちに用があったのだ。

 体調の優れない利彦を置いて行くのは心残りではあるが、すぐに屋敷へ戻るつもりである。

 

 多くの商家が立ち並ぶ通りに、一際大きな店があった。

 昔から贔屓にしている呉服屋である。


 暖簾をくぐって、店に入った。


「失礼仕る。主人はおらぬか」


 店に入って、繁はよく通る声で声をかけた。

 すると、奥の方から、奥方と思われる細身で気品のある女が現れた。


「いらっしゃい。……って、あら、シゲさんじゃないの。お久しぶりね」

「これはこれは奥方、ご無沙汰であったな。今日はちと、主人に用があるんだが」

「そうですか。お生憎様、主人は出かけておりますの。夕刻には戻ると思うのだけど、待たれます?」


 繁は思案顔をして、うんんと唸った。

 そして、パッと奥方を見つめる。


「いや、奥方に願いを聞いてもらおう」

「あら、私でいいんですの」

「ええ────」


 重要な話だと悟った奥方は、繁を客間へ誘った。

 二人は客間に入るなり、向かい合って座した。



 しばらくして、話をあらかた聞いた奥方は、目を見開いて驚いた表情をした。

 繁は、ただ奥方が次に放つ言葉を待つ。


「三男坊の大和(やまと)を加賀美家の養子にしたいですって!?」

「是非に」

「言っておきますけど、あの子役立たずよ。元気で健康なのだけは取り柄といえば取り柄ね」

「存じておる。その元気で健康な子が欲しいのだ」


 今度は奥方が思案顔をして、うんんと唸る。

 そして、ゆっくり繁の方を見つめる。


「私の一存では決められないわ。まあ、正直厄介払いができるとは思いますけど」

 

 奥方の裏の顔であろう黒い部分が表情にも見てとれた。

 暗く深い瞳をしている。


「……いいでしょう。主人にも良い返事をするように言っておくわ」

「ああ、ありがたい。それでは、これは手付け金として受け取ってくれ」


 繁は、持ってきた風呂敷包みを解き、奥方の前に突き出す。

 中身は金貨がずらりと入っている。

 加賀美家の資産ではなく、繁の今まで貯めた自分のお金であった。



 外は日が照りつけ、じっとりと汗が噴き出るくらいに暑くなっていた。

 鶯が桜の枝にとまって、軽快に歌を歌う。

 陽光が当たって気持ちが良いのか、桜の花びらたちは優雅に風に舞う。

 

 繁は安堵の表情で、加賀美の屋敷へと帰っていった。


 

 彼処(あそこ)の三男坊は、九つになるがその存在はあまり知られていない。

 (めくら)なため、一家で監禁に近い生活を強いているのだ。

 しかし、家人たちは彼──大和が聡耳(そうじ)だということを知らない。


 四年前。繁が利彦の着物を見繕うために、この呉服屋へ来た。その時、五つになる大和がひょっこりと顔を出したのだ。

「いらっしゃい、シゲさんでしょ。ゆっくりみていってね」

 大和に会うのは赤ん坊の時の一回と、今回で二回目だというのに、足音と息づかいを覚えていたのか繁に声をかけてきた。その後、主人に見つかって、部屋の方──おそらく牢屋に引き摺られていった。

 繁はその出来事が忘れられなかった。

 あれから何度も呉服屋へ向かったが、大和に会うことはなかった。それでも、生存だけはなんとか確認が取れた。


 繁は助けられたらよかったのに、とは思うが加賀美家のことでいっぱいいっぱいだった。

 だけれど、今こそ養子をとることで彼を救えるのではないかと考えた。

 大和ほど聡耳なものはいない。二度しか会っていないが、彼こそが加賀美の次期当主に相応しい。そう、繁は思った。



 屋敷へ着き、すぐさま利彦の部屋へ向かった。

 物音一つない。まだ眠っている。

 からり、と襖を開けると、


「養子でも取るつもりだろう、お前」


 少し怒気を含めて利彦は言った。

 息を殺して、利彦は目覚めていたのだった。

 布団の上であぐらをかいたまま、繁を鋭い目つきで見る。

 繁は、こんなにもひりつくような雰囲気の利彦は久しぶりに見た。


「何故、そのように思うのです」


 努めて冷静に繁は聞いた。


「朝早うに厠へ行ったら、お前の部屋の襖が開いておった。暗がりに何かが光ったと思って見れば、金貨が落ちていたんだ。それにお前の姿がどこにもないではないか。何年、お前の主人をしていると思っている。気づかぬはずがない」

「…………」


 二人の間に沈黙が流れる。

 しばらくして、ゆっくりと繁は口を開いた。


「養子を取ってはいけませぬか」

「ならぬ」


 間髪入れずに利彦はきっぱりと言った。


「……なれど、この先の加賀美の行く末を思えば必要なこととは思いませぬか」

「誰が頼んだ。必要ない」


 食い下がる繁に、やはり利彦はきっぱりと言い放つ。

 繁は一瞬自分の立場を忘れ、じろりと主人を睨む。

 

 何故わからぬのか。代々続いてきた加賀美家を途絶えさせるなど、先代達に顔向ができぬ。それに、約束をした。この家を守るのだと。なのに、どうして、このお人は……。

 繁は初めて利彦に憤りを覚えた。

 そして、


「繁、お前泣いておるのか」


 老人の乾いた頬を一筋の滴が伝った。


最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

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