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桜散りゆく  作者: フウト
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初めて小説を作ってみました。至らない部分も多くあるかと思いますが、楽しんで書いたということだけはお伝えさせてください。時代設定は結構うやむやになっております、ご了承ください。

 

 はらり、はらりと涙を落とすように桜は散っていった。

 春ももう終わりかけである。

 辺り一面桜で、まるで絨毯。


「まだ散らぬとも良いのにな」


 男は、寂しげに目を細め、縁側で桜の木から桜が散るのを見つめている。

 

「ええ、まったく。その通りで」


 男の隣で、姿勢良く正座する初老の男がうなずく。

 彼らは、ここら一体では有名な加賀美家の主人と家臣である。


 主人はまだ二十を少し越えたばかりの青年で、そんな若主人を支えるのが加賀美家に四十年以上仕えてきた(しげ)である。

 

利彦(としひこ)様、もう黄昏時でございます。夏が近づいているとはいえ、まだ冷えますでしょうから部屋にお戻りください」

「ああ、そうだな」


 繁は障子を開き、部屋から取り出した羽織を若主人・利彦の肩にそっと掛けた。

 ふわり、と利彦が繁に微笑みかける。


「お前は、本当に気の利くやつだ」

「何です、突然に」

「少し思うところがあってな」


 そう言い残し、利彦は羽織を握りしめ、部屋へと入っていった。


 


 ここのところ、利彦の体調が思わしくない。

 繁は、内心やはりかと勘づいていた。


 そもそも、加賀美家は代々短命である。

 大体二十歳を超えたあたりから、皆、体が弱ってゆく。

 最初は倦怠感、次に食欲不振、そして喀血、そのうち体の節々が痛くなって、立ち上がることもままならない。

 最後は心肺が停止して死に至る。

 謎の病で、医者に診てもらっても治らない、不治の病なのだ。



 繁は一人、桜の木を見上げ、この桜たちと共に利彦も旅立ってゆくのではなかろうかと思った。

 そうなれば、嫁も跡取りもいない加賀美家は絶家となってしまう。 


 それだけは、してはならぬことであった。


 前の主人、利彦の父にあたる弥彦と約束をしたからだ。

「この家を守ってくれ…………」

 と、弥彦は最期にそう言い残し、亡くなった。

 それ以来、繁は何が何でも加賀美家を存続させ、守っていかなければならないと胸に固く誓っている。



「繁……水を、頼む」


 夜も深まる頃、自室へ戻った利彦が、呻くように声を上げた。

 急足で部屋へ向かうと、利彦は布団の中で痙攣していた。

 頬が赤く染まり、全身汗でびっしょりとしている。

 これも、謎の病の一症状。どうにも耐え難いくらいの苦しさだと、先代も先先代主人も口を揃えて言っていた。

 

 繁は井戸から水を汲み上げ、大きめの椀に注いで持ち運んだ。その間、洗濯済みの清潔な手拭いも三枚ほど手に取っている。


「ささ、お早くお飲みくだい」


 さっと、利彦の口元に椀を持っていき、ゆっくり飲ませた。痙攣による振動で口からいくらか水が溢れたが、ごくり、ごくりと喉を鳴らしながら一気に飲み干した。

 相当喉が渇いていたのだろう。

 

 全身の汗とともに、口から溢れた水を繁は優しく手拭いで拭いた。


 しばらくして、利彦は落ち着きを取り戻したようで、むくりと体を起こした。

 もう痙攣も汗も止まっている。

 この突発的に起こる発作が、ここ数日間続いている。


「すまぬ。また、苦労をかけたな」


 利彦は申し訳なさそうに肩をすくめる。


「何をおっしゃいますか。苦労などとそのようなこと、思ったことがありません」

「しかしなぁ、繁。お前は先先代当主からこの奇病と対峙しているだろう。もういい加減嫌にもなるだろうさ……」

「私が加賀美家家臣として、貴方様方の身の回りの世話が出来たのは誠にありがたきことで御座います」


 繁は、きっぱりと利彦の言葉に返答した。

 嘘偽りなく、本当に心から思っていることであった。



 現在、加賀美家は資産もほとんど無いと言って良いくらいである。

 代々の診療・薬代は決して安くなく、むしろ治らぬ病なので高くついた。そして、当主は若くして亡くなるので働けなかった。加賀美の奇病は呪いのせいといった噂により使用人は気味悪がり、辞めていった。その噂は周辺の家々にも伝わり、かくして加賀美家は呪われた一家として有名になったのである。

 

 繁はというと、仲の良かった使用人に別の職へと誘われたが、

「すでに加賀美家へ生涯の忠誠を誓った。ここで逃げたら男が廃るってもんだ」

 そう伝えて、断った。

 去るものを見送り、屋敷に残ったただ一人の家臣となったのである。

 繁は加賀美家を愛しているから、守りたかった。弥彦と約束をするずっと前から、そう思っていたのだ。



 繁はゆっくりと目を閉じた。

 加賀美家に仕えた四十年が走馬灯のように流れてくる。

 初めて奉公にきた日のこと。難産だった利彦が生まれた日のこと。使用人たちが逃げるように屋敷を去るのを見つめたこと。奥方が自刃したこと。その日から弥彦が衰弱してしまったこと。繁と利彦の二人だけになってしまった日のこと。

 それらの記憶が一瞬のうちに、鮮やかに巡る。


 やがて、目を開けた。

 利彦の曇りなき眼が繁の目をのぞく。急に黙りこくった家臣を心配しているようだった。

 繁は長い年月が刻まれた皺皺の右手を、利彦の肩の上にのせた。


「貴方様が私のことを案ずることはありません。ただ、私は加賀美家のために力になりたい……それだけです」


 利彦は何か言いたそうに口を開いたが、微笑を浮かべるに留めた。




ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

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