その四 祝いの宴
その二日後――。
今日は、マイヤール大王国の王子、ウォルト様の十八回目の誕生日。
誕生日を祝う宴が、王宮の「白光の間」で盛大に催される。
今日の日のために用意した、珊瑚色の豪華なドレス(もちろんポケット付き)を身にまとったわたしは、緻密な象嵌細工で内部を飾った自分専用の馬車で、王宮に向かうところ――。
「豪奢な馬車だなあ! このような見事な象嵌は、見たことがないぞ! 椅子に張られた布地も、象嵌と同じ柄の特注品か――。娘の馬車に、ずいぶんと金をかけたものだ。堅実な人物と噂されるダンドロ公爵も、娘には甘いようだな!」
わたしのドレスのポケットから、ひょこっと顔を出したライナルト王子が、馬車の内装に見とれながら言った。
向かいの席に座っているチェルシーは、早朝からわたしの支度に付き合わされて、今は舟を漕いでいる。ライナルト王子の小さな声には、気づくはずもない。
「父が申しておりました。金に糸目を付けず難しい注文を出すことが、職人たちに己の技能を高める機会を与えることになるって。それこそが、富める者の務めだと――」
「なるほど! いくら巧みな職人でも、より高度な技を求める客がいなければ、今の技術に満足し、その技術でできる仕事しかしなくなるというわけか――。
この馬車に関わることで、腕を磨いた象嵌職人や布の織り手がいたということだな。そして、もちろん、この馬車の内装を見て感動した貴族や金持ちから、彼らに新たな注文が入ったであろう。ダンドロ公爵は、世の中を動かす金の使い方を心得ておるな! 先ほどは、失礼なことを言ってしまった。すまぬ!」
今のままでは、とても二人を引き合わせることはできないけれど、ライナルト王子は、お父様とけっこう気が合うかも……。
お父様は、ちんまりした島国のことだって、わたしよりいろいろ知っているはずだ。
もしかしたら、ライナルト王子やビンツス王家の事情についても、何か掴んでいるかもしれないわね――。
「さあ、まもなく王宮に着くようだぞ。初めての訪問がこんな形なのは残念だが、エーベル大王国の王宮をじっくり観察させていただくとしよう!」
「誰かに見られぬよう、十分に気をつけてくださいね! それから、例の計画――。わたしもお手伝いしますから、よろしくお願いしますよ」
「ああ、心配はいらぬ! そなたは、今のわたしにとって、大切な家主であり雇い主だからな。そなたの望みを叶えるべく、十分に働く所存だ。任せておけ!」
ライナルト王子は、ポケットの中に頭を引っ込めながら、ニヤリと笑った。
本当に大丈夫かしら? 頼みましたよ、小っちゃな王子様!
* * *
侍従に案内され、お父様やお母様と一緒に、「白光の間」へ入った。
すでに、ほぼすべての招待客が広間に集まっていた。
後は、国王ご一家の御入来を待つばかりだ。
「ジェルヴェーズ、おまえ、今日は少し香水をつけ過ぎたのではないか?」
お父様が、わたしの方を見て、小鼻をひくつかせながら言った。
「あなた、ジェルヴェーズも十五歳になり、社交界へのデビューが控えておりますの。少し背伸びをして、大人の真似をしてみたい年頃なのですわ」
「それはそうかもしれないが……、やはり、少しきついような気がするなあ……」
お父様もお母様も、いつのまにか手巾を取り出し、鼻を押さえながら話している。
わたしだって、ちょっと濃厚過ぎたかなって思っている……。
でも、ほかの臭いを誤魔化すには、このぐらい濃くしておかないとね!
そうこうするうちに、侍従の高らかな宣言と共に、国王陛下と王妃様、そして、本日の主役であるウォルト様が、「白光の間」に姿をお見せになった。
今日のウォルト様は、全身白ずくめで眩しいくらいだ。
侍従が、大きな薔薇の花束を持って、わたしの所へやってきた。
お祝いの言葉を述べ、これをウォルト様に渡すのが、「近い将来の聡明な王太子妃候補」であるわたしの今日の役目なのだ。
わたしは、花束を腕に抱え、ウォルト様の前に進み出た。
誰よ?! こんなに大きい花束を用意したのは?! めちゃくちゃ重いじゃないの! これって、公爵令嬢が持つような重さじゃないわよね?!
わたしは少しよろけながら、ウォルト様に花束を差し出した。
「ウォルト様、本日は――」
「ジュルヴェーナよ! 改めて言う! そなたを、我が婚約者に選んでやろう!」
ざわざわざわざわ……。会場中がざわついている……。
ウォルト様ったら、また、やっちゃった! 懲りない人ね!
わたしの言葉を遮ったあげく、今日も名前を間違えたまま婚約宣言!
おまけに、受け取った花束が予想外に重かったせいで、後ろへ倒れそうになり、侍従二人に横から支えられている……。
婚約が成立して、拍手に包まれることを期待していたのかしら?
ウォルト様は、今は静まりかえった「白光の間」をきょろきょろと見回した。
さすがの彼も、今日は、自分の間違いに気づいたらしい。
「お、おおっと、い、今のは、冗談だ! ハッ、ハッ、ハッ、わたしが、未来の妻の名前を間違えるわけがないだろう! ジェ、ジェ、ジェ、ジェルヴェー……、うっ、おえっ、うぉっ……げぇっ!」
「キャアァァァ~!」
苦しげな顔を薔薇の花束に埋めて、ウォルト様がバタリと倒れてしまった。
彼の目の前にいたわたしは、不自然にならないように、悲鳴を上げてよろめいた。
その後は、大騒ぎになって、誕生日の宴どころではなくなった……。
* * *
「ありがとうございました、ライナルト様! ちょうど良いタイミングでしたわ!」
「もう少し、宴を楽しんでからと思っていたのだが、ウォルト王子がいきなり宣言を始めたからな。慌ててつむじ風を放つことになってしまった……」
ここは、我が家のわたし専用の居間――。
「まだ気分が悪いから、少し休むわ」と言って、心配するチェルシーを下がらせた。
ライナルト王子は、昨日一日、魔法の練習に励んでくださったのだけど、小さな魔力のつむじ風を標的に当てるのが精一杯で、魔法と呼べるような事象を起こすのは相当難しいことがわかった。
そこで、わたしたちは、小さな魔力のつむじ風を利用して、ウォルト様の暴挙を止める作戦を考えた。
必要なのは、世界一臭くて美味しい乳製品といわれる、エーベル王国の特産品――「三色カビの灰色チーズ」だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
続きは、金曜日に投稿する予定です。