その十二 幸福な結末の先、またはエピローグ
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ここは、王宮の晩餐室――。
もともと、ライナルト王子とわたしの婚約を祝う宴が予定されていたのだけど、王位継承が重なり、より一層盛大で賑やかな祝宴となった。
しかし、ついにあの料理が登場すると、人々のざわめきはやみ、室内はしんと静まりかえった。
「皆様、本日の特別料理ができあがりました!」
料理の給仕を引き受けたのは、なんとフレッドだった。
注目を一身に集めて、何だか満足そうだ。
フレッドが銀器の蓋を取ると、得も言われぬ刺激的な香りが漂い、人々から溜息が漏れた。
例のしっぽは変貌を遂げ、さらにほかの食材に紛れ、どこにあるのかわからない。
フレッドは、前国王とエグモント王子、そして、しゅんとした態度で末席に着座している、エドラ前王妃の父親とエグモント王子付きの女官となった彼女の従妹の皿へ、順番に料理を取り分けていった。
二人も断罪されるのかと思われたが、王妃と同様にエグモント王子を王位に就けたいという願望はあったものの、闇色の魔法との繋がりはないことがわかり、ライナルト新国王は、二人を罪に問うことをやめた。
二人は心から感謝し、邪な願いを捨てて新国王に仕えることを誓った。
エドラ前王妃に関わる人々への盛り付けはすんだが、銀器にはまだ料理が残っていた。
「わたしの皿にも!」
ライナルト新国王が声を掛け、フレッドがたっぷりと皿に盛り付けた。
しかし、それでも銀器は空にはならなかった。
わたしが、ちらりと目線を送ると、フレッドはにやりと笑った。
えっ? 嫌な予感……。
フレッドは、つかつかとわたしの元へやって来ると、当然の如く、わたしの皿に残っていた料理を全て盛り付け去って行った。あーあ……。
人々が見守る中、わたしたちはフォークを手に取り、特別料理を口に運んだ。
少し濃い味付けをした根菜と戻した干し肉の煮込みといった感じの料理で、トカゲのしっぽの存在を確かめるのは難しかった。
おいしくいただき、全員が皿を空にしてまもなく、一人の女官が晩餐室へ駆け込んできた。
「お、王妃さ……、いえ、エ、エドラ様が……、その、お、お目覚めになり……、あ、あの……」
前国王やエグモント王子が思わず立ち上がり、晩餐室の入り口へ向かおうとしたとき、エドラ前王妃が、女官たちに支えられるようにして姿を現した。
独特の美しさはそのままだったが、瞳の陰りや冷たさは消えていた。
前王妃は、わけがわからないという顔つきで、前国王に語りかけた。
「陛下、わたくしは、いったいどうなっていたのでしょうか? ずっと、自分が自分であって自分でないような、不思議な感じで生きておりました。
エグモントが生まれたとき、不遜にも『陛下の子であるのに、国王になれないとは、何と可哀想な子だろう』と考えてしまいました。そのとき、何者かが、『この子を王にして、この世界を手に入れれば良い』と囁きかけてきたのです。気がつくと手の中には、あの黒い石がありました。
それからは、本当の自分がどこかに押し込められたようになり、自分が行う怪しい企みを黙って見ているしかなくなってしまいました……」
はらはらと涙を零しながら、自分の身に起きたことを説明するエドラ前王妃を、魔法省の遣い手たちが疑わしげに見つめていた。
しかし、どうやら彼女からは、一切の魔力の気配が消え失せてしまったようで、それを感じた前国王は、彼女を自分のそばへ呼び寄せた。
「わたしは、エドラの言葉を信じようと思う。正式な手続きが済んだなら、わたしたちは王宮を離れ、グレーニング湖畔の離宮へ移るつもりだ。
わたしやエドラが、新国王の治世に口出しすることはない。もちろん、求められればいくらでも力を貸すが――。ライナルトには、『銀鏡の乙女』がついているのだ。二人に任せておけば、何もかも上手く運んでいくことだろう」
前王妃の中にあった前世の記憶とともに、闇色だけでなく、もともと身につけていた強力な魔力もすべて消えてしまったらしい。
前国王の横に控えめに佇む彼女は、前国王の言葉を聞き、少しずつ安らかな顔になっていった。
「母上、わたしも母上のお話を信じることにいたします。母上は、前世の記憶だけでなく執着心までも思い出され、それに囚われてしまったのでしょう。もうすべてお忘れになって、これからは穏やかにお暮らしください。
ただ、母上から伺っておきたいことが、あと二つございます。一つは、エグモントの呪いを解く方法です。そして、もう一つは、猫のクリスタがどうなったかです。お答えいただけますか?」
ライナルト新国王の問いかけに、前王妃は、少し決まり悪そうにうつむきながら、小さな声で答えた。
「許してください、ライナルト。わたしは、あのときあなたに、『小さなヒトデになれ!』という呪いを放ちました。ヒトデになったあなたを海に捨ててしまうつもりだったのです。
クリスタは呪いの霧に飛びつき、『デ』を奪い取りました。しばらく床に倒れていましたが、呪いの切れ端と共に、いつしかクリスタの姿は消えていました。だから、クリスタがどうなったかは、わたくしにはわからないのです」
「そうだったのですか……。それにしても、ずいぶんと残酷な呪いですね。ヒトデにされて海に捨てられたら、国王になるなんてことは不可能でしょう。わたしは、けっして自分にかけられた呪いを、解くことはできなかったわけだ――」
クリスタが「デ」を奪ったから、ライナルト王子は、「小さなヒト」に変身したのね。
もし、わたしのポケットに飛び込んできたのが小さなヒトデだったら、屑入れに放り込んで、そのまま二度と拾い上げなかったかもしれない……。
まったく、クリスタの、いえ母の愛は偉大なものね――。
「それで、エグモントへの呪いは、どうすれば解くことができるのですか?」
「それは――」
前王妃は、うつむいたまま、また答えに困っていた。
何だろう? ひどく言いにくいことなのかしら?
「母上、遠慮せずに仰ってください。わたしや母上の呪いは解けたのですから、エグモントの呪いも早く解いてやりましょう。また、何かおかしな物を食べることになったとしても、わたしは躊躇しません!」
ライナルト新国王の力強い励ましに、ようやく前王妃は顔を上げた。
「ありがとう……、でも、あの……、そっちではありません……」
「そっちではない? どういう意味ですか?」
「ですから、わたしの呪いを解いた方法ではなく、あなたの呪いを解いた方法の方だということです……。ごめんなさい……。前世の記憶に支配されていたとはいえ、我が子には、残酷なことはできなかったのです。だから……、自分の夢が叶ったら解ける呪いをかけたのです……」
「つまり……、エグモントもまた、わたし同様、この国の国王になったら呪いが解ける――、ということですか?」
「……はい」
うわっ! どうします?! どうするの?! ライナルト様!
とんでもない難問に頭を抱えて――、と思ったら、新国王は嬉しそうに笑っている……。えっ? 何? 何を考えているのですか、ライナルト様―?!
* * *
あれから、さまざまなことがあった――。
一度は頭に載せた王冠を、ライナルト前国王は、さっさとエグモント王太子に譲ってしまった。当然、あっという間に呪いは解けた――。
結局、正式な戴冠式では、元国王から王冠を受け取った前国王が、エグモント新国王に与えるという、面倒で慌ただしい継承がおこなわれた。
ただ、新国王はあまりにも若いということで、しばらくは元国王や前国王が、その補佐をするということが決まった。
グレーニング湖畔の離宮は、ハーマン先生の魔法で王宮と繋がれ、三人の国王達は頻繁に行き来をしながら、力を合わせ国政の安定に努めている。
お父様は、ハーマン先生に頼んで、ニーランデル島と王都の邸を繋いでもらい、さらなるチーズ事業の拡大を目指している。
最近は、社会勉強と称して、妹のディアドリーがお父様に付いて回っている。
彼女の狙いは、三つ違いでライナルト前国王によく似ていて、さらにどことなく儚げな印象のエグモント新国王のようだ。
魔力のない彼女が、エーベル王国の王妃に選ばれることはないと思うのだけど、お父様と一緒にエーベル王国の王宮を訪ねて、魔法王国の仕組みや歴史を学んでいるようだ。もちろん、新国王にご指導をお願いして――。
魔力は、学んで身につくものではないと思うけれど、思いを込めて努力をしていれば、突然、何か奇跡が起きるかもしれない。
もう一人の妹のジャスティーヌは、お母様と出かけた王宮の森の木の実を拾う集いで、なぜかウォルト様に見初められてしまった。
「九つも違うのに?!」と思ったのだけど、ウォルト様は懐かしそうに、「幼い頃の愛らしかったジュルヴェーヌを思い出させる」とか仰って、その後もよく王宮の催しにお誘いくださるようになったそうだ。
末っ子で甘え上手な妹を、「ジャス」とか「ジャスティ」とお呼びになって、可愛がっているらしい。そういうご趣味だったのかしら?
わたしのことも、無理をせず「ジェル」とか「ジェルヴィ」とか呼んでおけば、呼び間違うこともなかったでしょうにね!
そして、わたしはというと――。
* * *
「本当にこれで良かったのでしょうか? ときどき考えてしまいます」
「おや? ジェルヴェーズは、わたしの気持ちをきちんとわかってくれていると思っていたのだが、こちらの思い違いだったのかな?」
「そんなことはありません! よくわかっております! ライナルト様は、西の塔にいらしたときから、王太子の座も白色の魔法の遣い手であるエグモント様に譲り、ご自分は王位に就かないおつもりだったのですよね?」
「そうさ。母上の呪いのおかげで、誰にも文句を言われることなく、王位をエグモントに譲ることができた。わたしは、今、とても満足している」
「ふーん……」
「何だ? ジェルヴェーズは、王妃になりたかったのか?」
「そういうことではなくて……。あっ! そろそろ、大丈夫そうですよ」
「うん、足音も随分遠くなった。出てみよう」
「はい!」
わたしは、ライナルト前国王に手を引かれ、黒い扉を開けて外に出た。
隠れ家の不思議な庭には、陽光が溢れ、甘く清々しい香りが漂っていた。
わたしは、ポケットから取り出した「呪石」を、青い実がなる木の根元に置き、そっと土をかぶせた。「呪石」は土の中に潜り、姿を消した。
この世界に埋まっている限り、わたしたちの世界に影響を与えることはないだろう。
ハーマン先生と話し合って、三人で決めたことだ。
わたしは今、モーリッツやジョエルから、領地や商会の運営について学んでいる。
もちろん、将来ダンドロ公爵家を継ぎ、女公爵となるためだ。
まだまだ体力も気力も充実しているお父様から、爵位を引き継ぐのは随分と先の話になりそうだけど――。
時間ができると、ライナルト前国王と二人で、こうして隠れ家へ来たり、ニーランデル島やメルセンヌ地方などを訪れたりしている。
灰色の魔法で、少しだけお茶の香りやチーズの風味を変えることで、ライナルト前国王は、我が家の事業に貢献してくれている。
我が家にとっては、頼もしい将来の婿殿である。
二人とも、まだまだ学ぶべきことがたくさんあるので、わたしたちの結婚は、わたしが十八歳になってからということになった。
「ふえぇぇーっ! クリスタも連れて出てくださいよーっ! こら! 早く行け!」
そう叫びながら、黒い扉を開けたのは、毛に覆われた耳をピンと尖らせたヨッヘムだ。
彼の尾にじゃれつきながら、白銀色の毛の子犬が戸口で暴れている。
ある日突然、この隠れ家の庭に姿を現した子犬を、わたしたちは、迷わずクリスタと名付けた。それ以来、クリスタは隠れ家の一員になった。
クリスタは、わたしたちを見つけると、ヨッヘムを無視して一目散に走ってきた。
「今日は、あんまり落としていかなかったな? 足りるだろうか?」
「ウォルト様主催のお茶会で使うのですから、これぐらいで何とかなりますよ」
わたしたちは、庭の灌木の陰で、いまさっき、ここを去っていった、鎧のような表皮をもつ、一つ目の巨大な生きものが、草を食べた後吐き出していった紺色の糸玉のような塊を集めていた。
これが、あの甘く優しい香りを放つ、青色のお茶の正体だったのだ。
「そろそろ、隠れ家へ戻ろう。何だか、聞き慣れない鳴き声が聞こえるだろう?」
「ええ、まだ、距離はありそうですけど――」
わたしは、足元にすり寄ってきていたクリスタを抱え上げ、拾った糸玉をドレスのポケットに入れた。
ポケットの中を探っても、今はもう糸玉の感触しかない。当たり前だけど……。
「ひゃはっ! 鳴き声が大きくなってきましたよ! それに、何頭もいるみたいです! お二人とも急いでください!」
細めに開けた窓から、ヨッヘムがわたしたちを呼んでいた。
黒い扉に向かって走るわたしの胸の中を、かすかな不安がよぎる。
扉の向こうが、見知らぬ場所になっていたらどうしよう――。
そのとき、ドレスのポケットの中に温かな手が差し込まれ、わたしの手を力強く握りしめてくれた。
大丈夫、二人なら、どこへ行こうときっとうまくやっていけるよ――、そんな思いが伝わってくる。
面白そうにわたしを見つめるその人に、わたしはにっこり微笑みかける。
わたしのポケットから、小さくて大きな秘密は消えたけれど、今は、小さくて大きな幸せが詰まっている――。
うわっ! 声が大きくなってきたわ! ぼうっといている場合じゃない! 急げ、急げ!
* * * お し ま い * * *
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
何とか完結いたしました! 最後は、しっかり詰め込んで長くなりました……。
お付き合いいただき、ありがとうございました!
まだ、ワクチン副反応がおさまらない中、最終話を投稿できてほっとしています。




