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小癪な公爵令嬢は、ポケットの中に小さくて大きな秘密を隠している  作者: 有理守
第四章 灰色の王と銀鏡の妃と小さくて大きな幸福
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その十一 灰色の王の戴冠

残り二話です!

 エドラ王妃の動きは早かった。

 襟元に手をやると、何か小さな黒いものを襟の陰から取り出した。

 ハーマン先生が言っていた、闇色の魔法の依り代である「呪石」かしら?


 黒色の魔法の遣い手と思われる人々が、国王の周りに集まる。

 ハーマン先生は、ローブの裾を翻しながら、わたしの隣に走り出た。

 ライナルト王子が、わたしの手からローブのフードに、ひょいっと飛び移った。


 不意を突かれたとはいえ、それなりに力のある遣い手であったライナルト王子やエグモント王子も、王妃の呪いを避けることはできなかったのよね。

 闇色の魔法による呪いは、魔法では防ぎきれないのではないかしら?


「アリー!」


 わたしは、後方に控えていたアリーを呼んだ。

 アリーは、我が家の紋章を織り込んだ布を掛けた化粧箱を抱え、わたしの元へ走ってきた。

 闇色の魔法の遣い手が放った呪いは、「呪い返し」で受けるしかない。

 わたしは、手早く布をはぎ取ると、化粧箱の蓋に手をかけた。


 王妃が、石に向かって何事かを語りかけた。

 石から黒い霧が湧き起こり、勢いよくこちらに流れてくるのを見たわたしは、祈りを込めて化粧箱の蓋を大きく開いた。

 

 化粧箱の中から、まばゆい光が溢れ出た。

 その光にはね返されるようにして、黒い霧は、エドラ王妃の方へ戻っていった。

 箱から放たれた「三色カビの灰色チーズ」のにおいで、顔を押さえよろめいていたエドラ王妃を黒い霧が包みこんだ。


「ぎゃあああああぁぁぁぁーっ!」


 悲痛な叫び声を上げながら、エドラ王妃の体が、黒い霧の中で揺れていた。

 化粧箱から放たれた光があまりにも眩しくて、わたしは、何が起こっているのか、はっきりと確かめることができなかった。

 王妃の叫びが嗚咽に変わり始めると、光もまた少しずつ煌めきを失い、やがて、化粧箱の中へ吸い込まれるように消えていった。


 アリーの腕の中では、わたしが邸の食料貯蔵庫から持ち出し、下手くそな鏡の絵を刻みつけた、「三色カビの灰色チーズ」を収めた化粧箱が、ぎょっとするような異臭を漂わせていた。


「あでぃー、はやくけしょうばこどふたをとじださい!」

(訳・アリー、早く化粧箱の蓋を閉じなさい!)

「はい、おじょうさば!」

(訳・はい、お嬢様!)


 アリーが、慌てて自分の顎を押しつけて箱の蓋を閉じた。

 ふうっ! やっと、まともに息ができるわね。

 公爵家の家臣達の多くは、手巾で鼻や口を押さえてえずいていた。

 初めて「三色カビの灰色チーズ」と出会った者に至っては、その場で目を回し昏倒していた。


 それに対し、エーベル王宮の人々は、誰も倒れたり逃げ出したりせず、どこか感心したような顔で、アリーの手元の美しい化粧箱を見つめていた。

 中には、空中に広がるチーズの香りを嗅ぎ、うっとりとしている者もいた。

 さすが、昔から、この恐るべき珍味を食べ慣れている人たちは違うわね!

 まあ、ニーランデル島で、さんざんこの臭いを嗅がされたハーマン先生だけは、迷惑そうな顔をしていたけれど……。


 わたしは、手巾で鼻や口を覆いながら、「エドラ王妃だったもの」に近づいた。

 「呪い石」に抱きついて、小さな薄汚れたトカゲがのびていた。

 えっ?! 呪いを返せなかったら、わたしがこの醜いトカゲにされてたの?!


 わたしは、マイヤール大王国の国王陛下から、ライナルト王子との婚約の許しをもらった晩、今日のことを夢に見ていた。

 正式な婚約者となり、銀鏡の乙女の力が高まったかららしい。


 でも、夢のお告げでは、呪いを返すところまでしか教えてもらえなかったのよね。

 もし、トカゲになってしまうことを知っていたなら、何のためらいもなく、エドラ王妃に呪いを返すことはできなかったかもしれない……。


 フードから這い出したライナルト王子に、わたしは手のひらを差し伸べた。

 王子は、そこへ乗り移ると、慌てた様子でわたしに囁いた。


「ジェルヴェーズ、一刻も早く、母上の呪いを解こう!」

「えっ? ライナルト様は、この呪いを解く方法をご存じなのですか?」

「わたしは、そなたが彫ったチーズの銀鏡の力を借りながら、自分の耳の力を最大限にして、最後に母上が呟いた呪いを解く方法を聞き取ったのだ!」

「何と……? エドラ王妃は、何と仰ったのですか?!」

「そ、それが、なかなか難しいことなのだが……、『おまえを愛する者が、醜い尾を切り取り、残さず食したのなら、元の姿に戻るだろう』と言っていた……」


 ふへっ?! このとかげのしっぽを食べる?! 何よ、それは?!

 わたしは、とかげの尾をこわごわ指で摘まんだ。

 

「きゃっ!」


 ぽろっと尾だけがとれて、わたしの指先でもにょもにょと動いていた。

 ちょっと不気味!

 でも、彼女を愛する者が、これを食べないと呪いは解けないのよね……。

 エドラ王妃は、呪いが解けたら、また、エーベル王国を手に入れようとして、野心をむき出しにするかもしれない。

 このままトカゲにしておいてあげる方が、この世界のためになるのではないかしら?


 トカゲのしっぽをぶらぶらさせて、考えあぐねていると、エグモント王子がわたしのそばへやって来た。

 そして、わたしの手からしっぽを受け取り、手のひらに載せると優しくなで始めた。

 国の平和を揺るがすようなことを企んだとはいえ、実の母親ですものね……。

 その様子を、ライナルト王子も無言で見守っていた。

 うーん……、仕方ないわね。こうなったら、我がダンドロ公爵家の名にかけて……。


「料理長! 蒸して、焼いて、煮込んで、香辛料や調味料を使いまくって、このしっぽで最高に美味なる料理を作りなさい! 美食の国・マイヤール大王国の威信をかけて、必ずやり遂げるのですよ!」

「ははっ!」


 わたしは、邸から連れてきて、旅の間のまかないを任せていた料理長に命じた。

 料理長は、エグモント王子からしっぽを奪うように引き取り、弟子と共に王宮の厨房へ向かった。

 これでよし! 彼は、革手袋だって、メインディッシュに仕立て上げてしまう男だ。

 トカゲのしっぽぐらい、どうってことはないはずよね!


「それでは、皆様! トカゲのしっぽの調理が終わるまで、今回のライナルト様の失踪騒動の真相を、ライナルト様本人にご説明いただきます」


 わたしの言葉を受けて、ライナルト王子は、西の塔にエドラ王妃が突然やって来て闇色の魔法を発動し、呪いを受けてわたしのポケットに飛ばされてきたことから、

一つ一つ説明を始めた。

 リーヌスやハーマン先生、そして、わたしが、所々で補足をして、全ての呪いを解くために、この王宮へやって来たことまでを語り終えた。


「エグモントに掛けられた呪いは、どうしたら解けるのか? そして、クリスタはどうなってしまったのか? この二つの疑問の答えだけは、母上かエグモントが話をできるようになるまで知ることができません」


 最後にそう言うと、ライナルト王子が、悲しげな顔で話を締めくくった。

 真摯な態度で、王子の不思議な話を聞いていた国王は、玉座に腰を下ろし、しばらくの間考えを巡らせているようだった。

 やがて、自ら頭の王冠を外して両手に持つと、高らかに宣言した。


「王妃の変化に気づかず、災厄をこの世界に招き入れてしまったのは、ひとえにわたしの不徳ゆえだ。そのような者は、いつまでも王位にあるべきではない。

わたしは、今日ここに、王太子ライナルトへ王位を禅譲する。これによって、ライナルトの呪いも解け、これ以上、闇色の魔法が世界に暗い影を落とすこともなくなるであろう!」

「ははーっ!!」


 わたしは、国王の前に、両手に載せたライナルト王子を差し出した。

 国王が、王冠を王子の頭上に掲げると、王子は力強く呪文を唱えた。


「イスクブ イグズハーレ! (小さくなれ!)」


 わたしの手のひらから溢れた光の中で、王冠は見る間に縮み、王子の頭にぴったりとはまった。人々から驚きの声が上がる。

 王冠を包んでいた光は、王子の全身を覆うように広がり、王子をわたしの手のひらから床の上へ下ろした。

 光が消えたとき、わたしの前には、わたしよりも頭一つ分以上大きくなったライナルト王子が、頭に王冠を載せて立っていた。


「ありがとう、ジェルヴェーズ! そなたの力で、呪いは解けた!」

「ライナルト様!」


 わたしは、人目も気にせず、ライナルト王子に力一杯抱きついた。

 もう、握りつぶしたり、踏みつぶしたりすることを、心配しなくてもいいのね!

 人々の冷やかし混じりの歓声も拍手も、今はひたすら心地よかった。


 これで一件落着ね! いや……、まだ何件か、落着していないことがあるわよね?!


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

いよいよ次話が最終話です。

ワクチン接種で絶不調ですが、金曜日には無事投稿できると思います。

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