表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小癪な公爵令嬢は、ポケットの中に小さくて大きな秘密を隠している  作者: 有理守
第四章 灰色の王と銀鏡の妃と小さくて大きな幸福
36/38

その十 闇色に染まる城

 エーベル王国に近づくにつれ、わたしたちの船を拒むように波は荒れ、甲板には冷たい風が吹きつけてきた。

 しかし、慣れた船員達はものともせず、船は無事に王都の港へ入港した。


 港の広場では、王宮からの迎えの馬車が、わたしたちを待っていた。

 遠巻きに見守る群衆の前に、ライナルト王子が姿を現すと、盛大な拍手が湧き起こり、大きな歓声が上がった。

 いろいろな噂が流れていたのだろうが、王子が元気に凜々しい姿を見せたことで、人々は安堵したようだ。


「わたしたち、とりあえず歓迎されているようね?」

「どうやら、新しい噂が浸透したみたいです。ライナルト様が、夢のお告げで『銀鏡の乙女』の居場所を知り、自ら探しに出かけてしまったという、至って平和でロマンチックな噂ですが――」

「ああ、お父様が考えて新たにばらまいた噂ね……」

「まあ、石を投げつけられることはないみたいですね」


 沿道に集まった人々の喜びの声を馬車の中で聞きながら、わたしとチェルシーは、そんな話をしていた。今のところ、石もパイも卵も飛んできてはいない。

 向かいの席には、ライナルト王子に化けたヨッヘムとリーヌスが座っている。

 リーヌスは、エドラ王妃との対面を控えているので、ひどく緊張しているようだったが、ヨッヘムの方は、久々に目にする王都の風景を楽しそうに眺めていた。


「王宮も同じように、わたしたちを歓迎しているとは限らないぞ。油断は禁物だ」


 わたしのドレスのポケットから這い出したライナルト王子が、厳しい顔で言った。

 エドラ王妃と闇色の魔法が待ち受ける城は、すぐそこに迫っていた。


 * * *


「歴史を感じさせる重厚な建物ですけど、正直言ってずいぶんと可愛らしいお城ですね。ちんまりしたお国のお城は、ちんまりしたもんなんですね」


 先に馬車を降りたチェルシーが、わたしの下車を手伝いながら言った。

 あーあ、言っちゃった……。そばに誰もいなかったから、良かったけど……。

 あっ! わたしのポケットの中のライナルト王子には、聞こえちゃったかしら……。


 でも、本当のことだから仕方がないのよね。

 「お城」と聞いて、わたしやチェルシーが思い浮かべるのは、マイヤール大王国の広大な王宮だから――。

 どんなお城だってあの王宮と比べたら、「ちんまりしたお城」になってしまうわ!


「口を慎むことね、チェルシー。これからお目にかかる方に、敵意を向けられたくはないわ。序盤は、できる限り慎ましやかに振る舞って、大人しくしていましょう」

「承知いたしました、お嬢様。物言いには気をつけます」


 馬車から降り立ったわたしたちを、たくさんの家臣が出迎えてくれた。

 頭を垂れた家臣たちの間を、ヨッヘムは堂々とした態度で進んでいった。

 わたしとハーマン先生がそれに続き、リーヌスや我が家の家臣達が付き従った。


 謁見の場である大広間へたどり着くと、すでにそこには、国王夫妻が重臣達を従えて、わたしたちの到来を待っていた。エグモント王子の姿はない。


「おお、ライナルト! よくぞ、戻ってきてくれた!」

「父上! ご心配をおかけし、申し訳ありません!」


 ヨッヘムは、エーベル国王の呼びかけに応え、その面前に歩み寄ると、素早くひざまずいた。

 わたしたちもそれに習い、ヨッヘムの後ろに控えた。

 玉座から立ち上がりかけた国王を手で制し、王妃が言った。


「陛下、それ以上近づいてはなりません! この者が、本当にライナルトであるか、まだわからないのでございますから!」

「うむ……」


 エドラ王妃は、ライナルト王子の話から思い描いた通りの人物だった。

 魅力的な風貌であるが、声や表情からは、底知れない冷たさが感じられた。

 夢とはいえ、こんな女性が現われて国の滅亡を口にしたら、ウォルト様でなくても震え上がって言うことを聞いてしまうでしょうね!


「母上、わたしは本物のライナルトです。なぜ、お疑いになるのですか? わたしの体から、何か妖しげな魔力の気配でも発せられているのでしょうか?」


 ヨッヘムが、エドラ王妃に真摯な眼差しを向け、悲しみを滲ませた声音で問いかけた。

 すっかり、ライナルト王子になりきっている。切なげな憂い顔も様になっているわ。

 ヨッヘムは、魔法によって変身しているわけではない。

 途方もない時間を生きる中で身につけた、「術」を操って化けているのだ。

 だから、ヨッヘムからは魔力の放出を感じ取れるはずはないのだけど……。


「そなたが突然姿を消し、何の知らせもないまま、ひと月近くたちました。そなたが王太子の座を死守せんと、邪魔なエグモントに呪いをかけて出奔したという噂まで囁かれていたのですよ。

それが、突然、『銀鏡の乙女』を見つけて帰国するなんて――。何もかも怪しいことばかりです。このエーベル王国を揺るがすような危険な企みに、そなたが関わっているかもしれないと考えても不思議はないでしょう?」


 低く落ち着いた声で、エドラ王妃が王子を疑う理由を明らかにした。

 こちらも、たいした役者よね。

 はてさて、何もかも知っているくせに、知らない振りをどこまで続けるつもりかしら――。

 

「わたしは、そのような企みには一切関わっておりません。それは、エグモントに聞いてもらえばわかるはずです。わたしは、エグモントの言葉に従って、リーヌスと共に『銀鏡の乙女』を探す旅に出ただけです。

ニーランデル島に渡ろうとしたところ、途中で船から海に落ち、偶然、『銀鏡の乙女』である、こちらのジェルヴェーズ・ニコレット・ダンドロ公爵令嬢に救われました。なかなか連絡ができなかったのはそのためです。

体調も落ち着き、マイヤール国王からもお許しを得たので、今日、ようやく彼女を婚約者として、この国に連れてくることができました。

そう言えば、エグモントの姿が見えませんね。父上、エグモントはどこにいるのですか? 彼が、呪いをかけられたというのはどういうことですか?」


 国王に向かって問いかけたヨッヘムを、エドラ王妃が、鋭い目つきで睨んでいた。

 ドレスの襟元に手をやったのは、そこに呪石でも隠しているからかしら?

 こちらも、気づかれぬようにポケットに手をやり、密かに身構える。

 国王は悲痛な面持ちで、ヨッヘムの問いに答えた。


「ライナルトがいなくなった日から、まるで呪いでもかけられたかのように、エグモントはいっさい言葉を話したり書いたりすることができなくなってしまったのだ。

王妃が、西の塔のおまえの部屋で倒れているところを見つけたのだが、薬も魔力による癒やしも何も効果がない。エグモント自身が、言葉を取り戻す意欲をなくしたようにも見えるのだ。今は、一日中自室の寝台で横になっている。

残念だが、エグモントからはいかなる証言も引き出すことはできないのだ」


 やっぱり、エドラ王妃は、自分がしたことを暴露させないように、呪いでエグモント王子の口を封じてしまったのね。

 実の息子だというのに、なんというひどいことを!


 そのときだった。広間の出入り口のあたりが、にわかに騒がしくなった。

 女官や侍従達の呼び止める声を振り払うようにして、一人の人物が、よろけながら姿を現した。

 ほっそりとした儚げな印象の若者だ。わたしと同じぐらいの年頃だろう。

 若者の髪色や瞳の色は、ライナルト王子によく似ていた。

 この人が、エグモント王子に違いない。


 王子は、国王の面前に立つヨッヘムを、信じられないという顔でじっと見つめていた。

 ヨッヘムが、優しい笑みを浮かべ、エグモント王子を手招きした。

 瞳に涙をためた王子が、ヨッヘムの方へ近づこうとすると、エドラ王妃が憎しみを込めた声で叫んだ。


「騙されてはなりません、エグモント! そなたは知っているでしょう? ライナルトが、そのような姿で現われるわけはないのです! あの呪いは、簡単には解けないはず! その男は偽物です! ライナルトを名乗って、この国の王座を手に入れようと、王宮へ乗り込んできたのに違いありません! それ以上、近づいてはいけません!」


 よく言うわ! この国の玉座を狙っているのは、あなた自身でしょうに!

 しかし、この発言で、行方知れずのライナルト王子に、何らかの呪いがかけられたことを王妃とエグモント王子は知っていた――ということが明らかになった。

 王妃の言葉に様々な疑念を抱いた人々が、一斉にざわつきだした。

 国王が、たまらず王妃に声をかけた。


「王妃よ、今のは、どういう意味だ? いったいライナルトは、どんな姿になったのだ? 巷で噂されるように、呪いで犬にでもなってしまったのか? それにしても、なぜエグモントやそなたがそのことを知っているのだ? そして、その呪いをかけたのは誰なのだ?」


 王妃は、悔しそうに歯噛みしながら、わたしたちを順番にねめつけた。

 わたしのドレスのポケットが、ぷっくりと膨らみ、本物のライナルト王子が這い出してきた。わたしは王子を急いで右手でつまみ上げ、両手でそっと包んだ。

 そして、それを国王の方へ差し出すようにして掲げると、手の中の王子が凜とした声で叫んだ。


「父上! 母上が仰るとおり、そこにいるライナルトは偽物です! わたしは、呪いによりこのような姿にされましたが、エグモントの魔法に助けられ、西の塔から脱出しました。そして、多くの人々の力添えを得て、王宮へ戻ってくることができたのです。

母上、いや――、いにしえの闇色の魔法の遣い手の生まれ変わりであるエドラ王妃こそ、わたしに呪いをかけ、このような姿に変えた張本人です! そして、もちろんエグモントに呪いをかけたのも彼女です!」


 驚くべき姿で現われたライナルト王子から、信じがたい話を聞かされ、一度は響めいた大広間が、水を打ったように静まりかえった。

 いつしか、その場にいたすべての人々の視線は、エドラ王妃に注がれていた。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 今回もやっぱり長めでした……。でも、トンネルは抜けました(と思います)!

 呪いを解いて大団円! あと二話で無事に終わりそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ