表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小癪な公爵令嬢は、ポケットの中に小さくて大きな秘密を隠している  作者: 有理守
第四章 灰色の王と銀鏡の妃と小さくて大きな幸福
35/38

その九 仮初めの婚約者<後>

 その一週間後のこと――。


 今日は、国王陛下に拝謁を賜る日だ。

 一週間はあっという間だった。

 しかし、思った以上にいろいろなことがあったのよね――。


 ちょうど一週間前、モーリッツとお母様に呼びつけられた仕立屋と針子達が、たくさんの布地や道具を抱えて邸へやって来た。

 モーリッツは、邸の広間に彼らを閉じ込め、仕立て仕事に励ませた。

 衣装は、無事に昨日完成し、多額の仕立代を受け取り、彼らは帰って行った。

 今頃、針子達は自宅の寝台で、ドレスを身にまとって、しかめ面をしたモーリッツと王宮で踊る夢でも見ていることだろう。お疲れ様でした! 


 ハーマン先生がようやく回復し、ニーランデル島から邸へ戻ってきたのは三日前。

 ジョエルからわたしたちの計画を聞き、急いでこちらに来てくれたようだ。

 魔力も体力も元に戻ったようだけど、髪の毛は、綿毛のようなほわほわから、箒草のようなもしゃもしゃになっていた。まだ本調子ではないのかもしれない……。


 ヨッヘムは、ハーマン先生の魔力も借りて、見事にライナルト王子に変身した。

 ハーマン先生もリーヌスも納得の出来映えで、ライナルト王子も満足げだった。

 小さな王子を見慣れていたわたしにとって、実物大の王子は眩しすぎた。

 初めて見たときは、ヨッヘムが化けているとわかっていても、なんだかドキドキしてしまった。今はもう、すっかり慣れた……、と思う。


 ドキドキしていたのは、わたしだけじゃない――。

 お母様や妹たちをはじめ、邸の女たちの誰もが、偽王子をうっとり見つめていた。

 それに気づいたハーマン先生は、王宮へ参内するまでは、ヨッヘムに尾を生やしておくことにした。

 どんなにちやほやされても、自分がクロギツネであることを忘れさせないためにね。


 * * *


「ジェルヴェーズ、どうやらエーベル王国内では、予想通り、ライナルト様がエグモント様といざこざを起こしたあげく、エグモント様に呪いをかけて出奔したらしい――という噂が流れ始めているようだ」

「エドラ王妃の仕業でしょうか?」

「おそらくな。放っておいて噂が真実味を増しても危険なので、こちらも密偵を使って、王妃の呪いで犬に変えられたライナルト様が、ハーマン先生に連れられて大陸へ逃げたらしいという噂をどんどん広めているところだ」

「犬……、ですか……」


 謁見のため、王宮へ向かう馬車の中――。

 わたしとひそひそ話をしているお父様の隣では、お母様が、向かい側にすまして座っているヨッヘムと、わたしの膝の上に座っているライナルト王子を、交互に眺めて微笑んでいる。最近、お母様は、何となく若返った気がするのよね……。


 お父様は、無実の罪により、エドラ王妃からエーベル王国を追われたライナルト王子が、従者と共にニーランデル島に流れ着き、たまたま島に滞在していたわたしが見つけて介抱した――、というおとぎ話のような二人の馴れ初め話を創作し、陛下への書状にドラマチックに綴った。


 回復したライナルト王子は、エーベル国王に申し開きをし、濡れ衣を晴らすために帰国を決意したが、わたしへの恋慕の情を断ちがたく、将来の約束をしておくために婚約を申し込んだということになっているそうだ。


 わたしたちの婚約は、お父様が貴族会議に届け出て、すでに承認されている。

 お父様は、貴族会議の議場でも、涙ながらに、わたしたちの馴れ初めを語り、婚約の承認を訴えていた――と、モーリッツが言っていた。

 娘の身を案じつつ幸せを願う父親を、思いっきり演じちゃったんでしょうね!


 つまり、あとは国王陛下のお許しが得られれば、マイヤール大王国では、正式に二人の婚約が認められたことになるのだけど――。

 さて、陛下は、どういう判断をされるかしら?


 わたしは、何度も母上から熱い視線を送られ、わたしの膝の上で、恥ずかしそうに縮こまっているライナルト王子に話しかけた。


「婚約が認められたら、いよいよエーベル王国へ乗り込むことになりますね。突然現われたライナルト様が小さくなっていないうえ、『銀鏡の乙女』であるわたしと婚約したと知ったら、エドラ王妃は、さぞかし驚くでしょうね?」

「それはそうであろう。わたしにかけた呪いが、簡単には解けないことを母上はよくわかっている。結局、誰かがわたしになりすましていると考えるだろうな」

「そして、ライナルト様に化けたヨッヘムやわたしに、新たに呪いをかけようとするかもしれませんね……」


 「危ない橋も一度は渡れ」と言うけれど、エドラ王妃が思うままに闇色の魔法を操れるエーベル王国へ赴くことは、とても危険なことなのだ。

 こちらには、ハーマン先生がいるし、王宮内に放たれているお父様の密偵も力を貸してくれるとは思うけれど――。


 なんとなく車内が重苦しい雰囲気になったとき、黙ってわたしたちの話を聞いていたお母様が、突然、若やいだ声で言葉を発した。


「大丈夫ですよ、ジェルヴェーズ! アンジェリア様から贈られた化粧箱――、あれさえ持って行けば安心です。何があろうと、あの化粧箱は、ダンドロ公爵家の女たちを守ってくださる物なのですから――」

「お母様……」

「それに、あれを使えば、どこからでもニーランデル島の別邸へ行くことができるのでしょう? いざというときには、きっと役に立つはずですよ」


 そう言って、お母様は再びにっこり微笑むと、ヨッヘムの襟元に手を伸ばし、何事もなかったように小さな毛玉を摘まみ取った。

 お母様の言葉と微笑みで、不思議と心が軽くなったわたしたちを乗せて、馬車はゆっくりと王宮の門を通り抜けた。


 * * *


 わたしたちが謁見の間で控えていると、国王陛下、王妃様、そして、なぜかウォルト様までもが姿を現した。

 侍従長が、陛下から受け取った婚約の許可証を読み上げ、わたしたちの婚約は王家も認めるものとなった。拍子抜けするほど簡単に、婚約の許しを得ることができてしまった。

 謁見の間にいた人々からは、盛大な拍手が湧き起こった。


 一人だけ、拍手もせず、ムスッとして立っている人物がいた。

 ウォルト様だ。

 ウォルト様は、ライナルト王子であるヨッヘムを、遠慮なくじろじろと見ていたが、一つ大きな溜息をつくと、静かな口調で彼に話しかけた。


「ライナルト王子。あなたはご存じないだろうが、このジュルヴェーヌは、幼い頃から弁が立ち、小生意気な娘だった」


 まったく、めでたい婚約成立の場で、何を言い出すのよ、ウォルト様は! また、わたしの名前を間違えているし――。どういうことよ?

 ウォルト様に詰め寄りかけたわたしを、ヨッヘムはさりげなく引き留めると、極上の笑顔をつくって言った。


「そうだったでしょうね。そのうえ、賢くて家族家臣思いであったでしょう。ジェルヴェーズは、その頃から、勇気があって度胸がすわった娘だったのではないですか?」

「うん、確かにそうだ――。正直言って、妻にするのは考えものだが、いずれは女公爵として、わたしの治世を支えてくれるものと期待していた――」


 あら? 何よ、ウォルト様ったら、わたしのことを密かに頼りにしていたってこと?

 少し気まずそうな顔をしてわたしを見ながら、ウォルト様は話を続けた。


「掌中の珠とまでは言わないが、ジュルヴェーヌは、マイヤール大王国にとって大切な存在だったのだ。どうか、そのことを忘れないでくれ、ライナルト王子。ジュルヴェーヌをよろしく頼む」

「ご心配には及びません。わたしは、誰よりもジェルヴェーズの素晴らしさをわかっております。きっと大切にいたしますよ! 彼女は、必ずや二つの国の結びつきを深める役割を果たしてくれることでしょう!」


 ヨッヘムが差し出した手をウォルト様が握ると、さらに大きな拍手が二人を包んだ。

 国王陛下と王妃様は、目に涙さえ浮かべていた。

 たいした役者だわ、この年古りたクロギツネは! お父様といい勝負よね!

 本物のライナルト様が笑っているのだろう、不自然に揺れるドレスのポケットを、わたしは必死で押さえていた。


 * * *


 その三日後、帰国するライナルト王子のために、王都からダンドロ領の北の港まで、わたしたちは馬車を連ねて移動することになった。

 港で公爵家の商船に乗り換え、ニーランデル島へ渡る。

 ニーランデル島で荷を整えて、いよいよエーベル王国へ向かう。

 天候にもよるが、一週間から十日間ほどの行程である。


 わたしは甲板に立ち、一人で海を眺めていた。

 旅は終盤を迎えていた。まもなく船は、ニーランデル島を発つことになっていた。

 肩から羽織った外套で、ライナルト王子を包んだ両手を隠しながら、王子にしか聞こえないぐらいの小さな声で、わたしはつぶやいた。


「いよいよ出航ですね、ライナルト様」


 王子もまた、彼方の海上に浮かぶエーベル王国に目を向けながら、微かに緊張をはらんだ声で囁いた。


「エーベル王国の方向には、黒い雲が集まっているように見える。気のせいかな?」

「いいえ、気のせいではありません。エーベル王国へライナルト様の帰国を知らせてから、どんどん上空に漂う雲の色が暗くなってきたと、ジョエルが言っていました。エドラ王妃が、何か新たな呪いを発動したのかもしれません」


 王国の付近は波も少し高いし、生ぬるい怪しげな風が一日中吹いていると、マルセルが教えてくれた。

 不穏な気配を感じて、エーベル王国からニーランデル島へ逃れてくる人が、ここ一週間ほど増えているそうだ。


「ジェルヴェーズは、闇色の魔法が恐ろしくないのか? 怖ければ、そなたはここに残っても良いのだぞ」

「恐ろしいですけれど、ライナルト様の呪いを解くためには、わたしがそばにいなければならない気がするのです。それに、わたしには勝算がありますので――」


 そう……、国王陛下から婚約の許しが出た晩、わたしは、不思議な夢を見たのだ……。

 それは、「銀鏡の乙女」として、ライナルト王子のために力を尽くすことを示唆するような夢だった。そして、その夢の最後には――。


「ああ、いたいた! 船長がジェルヴェーズ様を探していましたよ。出航前に、もう一度積み荷の確認をしたいそうです。早く来てください!」


 ライナルト王子の姿をしたヨッヘムが、ぴょんぴょんと跳ねるように走ってきた。

 近くには誰もいないとはいえ、気を緩めすぎよね!

 わたしは、ヨッヘムに近づくと、しっかりとその腕をとり、ぐいっと引き寄せた。


「承知いたしましたわ、ライナルト様。一緒に参りましょう!」

「へっ? あ、ああ、そうだな、ジェルヴェーズ……。一緒に行こうか……」


 そうそう、それでいいわ。堂々と優雅に振る舞ってちょうだいね。

 ちんまりとした島国とはいえ、あなたは、一国の王太子なのだから――。

 楽しそうに微笑む本物のライナルト王子をドレスのポケットに戻して、わたしは、ヨッヘムと船室へ向かった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

かなり長めでした……。残り三話で完結なのですが、長めになるかもしれません。

どうぞ、完結までよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ