その八 仮初めの婚約者<前>
「危険すぎます! 小さくて、魔力も弱くて、体力もなくて――、蠅たたきではたかれたら、ペシャッとなってしまいそうな体なのですよ! いくらライナルト様が仰ることが正当でも、こんな小さな王を民が受け入れるとも思えません!
ライナルト様のお気持ちはわかりますが、そのやり方には無理がありますわ!」
わたしは、ライナルト王子に必死で訴えた。
ライナルト王子が、ちょっと悲しそうな顔でわたしを見た。
ああ、言い過ぎちゃったかしらね? 蠅たたきとか、例えがまずかったかも……。
「わかっているよ、ジェルヴェーズ。呪いを解くためには、わたしは、エーベル王国の国王になるしかないのだ。しかし、この体のままでは難しい――。
だから、わたしのことをよく知っていて、わたしそっくりに化けられる者を代役に立てようと思うのだ。そばに、リーヌスやハーマン先生がついていれば、疑われることはあるまい。さらに、ジェルヴェーズが婚約者となって同行してくれれば、誰もがわたしだと信じるに違いない。問題は、その者が王族らしい品位に欠けることなのだが――」
ライナルト王子のことをよく知っていて、そっくりに化けることができるけど、王族らしい品位が足りない者――。全員の視線が、ヨッヘムに注がれていた。
それに気づいたヨッヘムは、シュシュッと尾を隠し、獣らしさを消してから言った。
「わ、わたしが、ライナルト様の代役を務めるのですか? まあ、化けることはできると思いますが、どこまで王子らしく振る舞えるか――。あとですね、できれば、わん公とはお近づきになりたくないです。大丈夫ですかね?」
ライナルト王子は、十五歳まで離宮で暮らしていた。
王宮に戻ってからも西の塔に籠もることが多かったようだから、王宮内で王子のことを良く知る人というのは限られているだろう。
わたしたちがそばにいれば、代役だとは気づかれないかもしれないわね。
「それなら、……何とかなりそうに思います。今後のことをお父様にも相談したいので、まずは、みんなで王都の邸へ戻りましょう。わたしがライナルト様の婚約者となるには、陛下のお許しが必要です。まあ、お父様がお願いしてくだされば、陛下も許可を出さないことはないと思いますけどね――」
マイヤール大王国とエーベル王国の間に新たなつながりができることは、陛下にとっても喜ばしいことだろう。婚約は、きっと許可される。
問題はウォルト様なのよね。
わたしがいずれは国を離れることを知ったら、好き勝手を始めるかもしれない。
ディアドリーとジャスティーナを、今のうちにしっかり教育して、ウォルト様をきちんと見張れる女公爵に育てなくては――。
「ジェルヴェーズ……、何を難しい顔をしているのだ? そうか! やはり、わたしとの婚約をためらっているのだな……。それは、しかたがないことだ。わたしが王になったとしても、呪いが解けて元の姿に戻れる保証は何もないのだから……」
「な、何を弱気なことを言っているんですか! ライナルト様の呪いは、わたしが必ず解いてみせます。そのために、わたしはここにいるのです!」
わたしは、手のひらの上に座っているライナルト王子を握りしめないように気をつけながら、もう一方の手で自分の胸元をペシリと叩いた。
「チーズの片付けが済んだら、みんなで別邸に行き、ジョエルに『三色カビの灰色チーズ』を遣った魔法が上手くいったことを伝えましょう。そして、王都の邸に戻り、ヨッヘムをライナルト様の代役に仕立てる用意をしましょう!」
ハーマン先生を別邸の馬車に乗せ、わたしとヨッヘムが同乗した。
マルセルからチーズ倉の荷馬車を借りて、チェルシーとアリーがチーズを抱えて乗り込んだ。わたしたちの話を聞いたら、絶対にお父様はチーズを食べたがるでしょうからね!
それぞれの御者をリーヌスとフレッドが務め、わたしたちは別邸へ戻った。
ジョエルに、ことの顛末を話し、いまだに朦朧としているハーマン先生の世話を頼むと、わたしたちは、チーズの塊を手土産に革手袋の中へ飛び込んだ。
* * *
――というわけで、リーヌスを連れて、無事に邸に戻ってきたわたしたちは、今、お父様に呼ばれて晩餐室にいる。
お父様は、わたしたちが持ち帰った「三色カビの灰色チーズ」をモーリッツに切り分けさせながら、彼が用意した果実酒と共に味わっていた。
ライナルト王子とわたしが、ニーランデル島での出来事や今後の計画を話すと、お父様は言った。
「ようございましたな、ライナルト様。リーヌスと出会い、連れ帰ることができただけでも上々といえますが、闇色の魔法の干渉を阻止することもできたのですから、これは、たいへんな成果です。そして、このチーズ! 大陸中で大変な評判となる逸品だ。将来、エーベル王国に大きな冨をもたらすことは間違いないでしょう!」
そして、このチーズを独占的に取引できるお父様の商会にもね!
もう、喜色満面なんだもの! 考えていることがバレバレですわよ、お父様!
わたしのしかめ顔に気づいて、お父様は軽く咳払いをし、ライナルト様からわたしの方へ視線を移した。
「コホン……、ジェルヴェーズ、ライナルト様とおまえの婚約を陛下に願い出る際は、このチーズを献上することにしよう。陛下は無類のチーズ好きでいらっしゃるからな、これが、婚約の許可を引き出す後押しをしてくれることだろう」
「お父様……、では、わたしたちの計画に力を貸してくださるのですね?」
「もちろんだよ。ジェルヴェーズ! 幼い頃から、いつかおまえが女公爵となって、ダンドロ家を今以上に栄えさせてくれるものと期待していたが、それは諦めよう。
だが、わたしは、灰色の魔法もちんまりした島国も嫌いではない。あの面白い島が、我が家の領地に加わるのは、なかなか愉快なことではある!」
「お父様! わたしがライナルト様と結婚しても、エーベル王国が我が家の領地になるわけではありませんからね!」
まったくもう! 「三色カビの灰色チーズ」の独占だけでは満足できず、エーベル王国を丸ごと私物化しようとでも思っているのかしら……。
お父様ったら調子に乗って、歴代の当主が誰も実行しなかった、マイヤール大王国の王位簒奪とかまで目論んだりしないわよね?
わたしは、お父様を一睨みしてから、にっこり笑ってモーリッツに命じた。
「モーリッツ、陛下に拝謁するための衣装を整えてちょうだい。お父様とお母様、そしてヨッヘム……じゃなくて、ライナルト様とわたしはもちろん、付き従う家臣たちの分もね!
でも、それよりもまず先に、陛下に婚約のお許しを得るため、拝謁を賜りたいというお手紙を差し上げないと行けないわよね……。
お父様、皮算用してほくほく喜んでいないで、モーリッツやお母様と相談して、しっかり準備を進めてくださいね!」
「わかっておるよ、近い将来の聡明な王太子妃殿!」
あら、わたしったら、いつのまにか人々が付けた異名の通りになっていたのね。
でも、お相手の王太子殿下が、別人なんですけどね……。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




