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小癪な公爵令嬢は、ポケットの中に小さくて大きな秘密を隠している  作者: 有理守
第四章 灰色の王と銀鏡の妃と小さくて大きな幸福
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その七 闇色には灰色を

「お嬢様ぁっ! お嬢様ぁっ! わたしを置いていかないでくださいまし~っ!」

「ジェルヴェーズ様―! もう、ドレスのポケットに何を入れても文句を言いませんから、アリーの所へ戻ってきてくださいよー!」

「このフレッドよりも先に、神に召されるなどもってのほかでございますぞー!」


 う、うるさい……。それに、そんなに力いっぱい揺すらなくても……。

 わたしは、ゆっくりと目を開いた……。

 魔方陣の中に倒れたわたしに、家臣三名がすがりついて泣いていた。

 すぐそばには、ハーマン先生がぐったりと横たわっていて、ヨッヘムとリーヌスが必死で体をさすったり、胸に耳を押し当てたりしていた。


「みんな……、あの……、わたしは、死んでません……。それより、『三色カビの灰色チーズ』の魔法は、どうなったのですか? 先生は、上手く発動できたのでしょうか?」

「想像以上に上手くいったようだ。『銀鏡の乙女』の力は、たいしたものだな。臭いの膜は、ニーランデル島を覆っただけでなく、どんどん広がり大陸全体を覆ってしまったよ――。」


 ポケットから這い出したライナルト王子が、わたしの耳元までやって来て、満足そうに言った。えっ? 王子は、魔法の効果を感じ取ることができるの?


「そなたの祈りが、わたしの小さな魔力までも強化してくれたようだ。先生が施した魔法の存在をしっかり捉えることできるようになった。

もう、この島も大陸諸国も、母上の闇色の魔法におびえることはない。ジェルヴェーズ、そなたのおかげだ!」

「お、お嬢様―っ!!」


 起き上がろうとしたわたしを、うれし涙を流しながら、三人が再び押し倒した。

 この騒ぎが、ハーマン先生の耳にも届いたのだろう。

 小さな呻き声を上げて、先生が目を開こうとしていた。

 マルセルが気付け薬を持って、管理小屋を出てこちらに走ってくるのが見えた。


 * * *


 わたしたちは、まだ自力で歩けないハーマン先生を、管理人小屋の寝台に運び、後片付けをするために中庭へ戻ってきた。

 魔方陣は、すっかり消えてしまっていたが、なぜかチーズはその場に残っていた。

 チーズは魔力で溶かされ、臭いの膜に代わったように思っていたので、何だか不思議な感じがした。それに、もう一つ気になることが――。


「ねぇ、このチーズ、あの強烈な臭いがしなくなったように思うのだけど……」


 わたしの言葉を聞いて、隣にいたアリーが、おそるおそる近くにあったチーズの臭いを嗅いだ。


「お嬢様が、仰るとおりです! カメムシと食べかけの干し肉と変なキノコとかを一緒にポケットに入れたような臭いではなく、もっとずっと良い香りがしています。あのう……、一口食べてみてもいいでしょうか?」

「いいわよ。わたしにも少し切り分けてちょうだい。一緒に毒味……、じゃなくて味見をしてみましょうよ」


 わたしたちのやりとりを耳にして、ほかの人々もチーズに鼻を近づけた。

 みんな首を傾げながら、何度も臭いを嗅ぎなおしていた。

 どうやら、誰一人として、あの独特の臭いを感じた者はいなかったようだ。


 フレッドから借りたナイフで、アリーがチーズを小さく切り分けた。

 結局、わたしとアリーだけでなく、そこにいた全員が食してみることになった。

 チーズの切れ端を噛みしめた途端、うれしそうにヨッヘムが叫んだ。


「旨い! すんごく旨いですよ! 全然臭くないし、これって、本当に『三色カビの灰色チーズ』なんですか?!」


 ヨッヘムは、興奮して腰から伸び出した尾を、ゆらゆらと振り回していた。

 その様子を見たマルセルが、驚いてチーズを喉に詰まらせかけた。

 わたしは、ポケットから顔を出したライナルト王子を、手のひらに載せて、小さなチーズの欠片を渡した。

 ライナルト王子は、香りと味を確かめながら、チーズを噛みしめていた。


「闇色の魔法封じに必要なのは、チーズの臭いだけだったのだな。先生は、チーズからそれだけを抽出して、魔力とともに膜のように広げたのだ。フフフ……、チーズ本体は残ったが、魔力の影響で勝手におかしな変化を起こして、とんでもなく美味なものになったようだ」

「お父様が知ったら大変なことになりますわ。これほど美味しくなるのなら、全てのチーズ倉の『三色カビの灰色チーズ』に魔法をかけるよう、先生にお願いするかもしれません。商売になりそうなことを、けっして見逃さない人ですから――」

「お安い御用さ。ダンドロ公爵には、いろいろと世話をかけた。呪いを解くことができたら、わたしが魔法を施して、いくらでも『三色カビの灰色チーズ』の臭い抜きをして差し上げよう。いずれ『父上』とお呼びするお方には、気に入られておきたいし――」


 えっ? 最後の部分……、ちょっと気になることを仰ったような?

 わたしが、首を傾げながら見つめると、ライナルト王子は微かに頬を紅潮させて、力強く言った。


「とにかく……、これで、闇色の魔法の干渉を恐れる必要はなくなったのだ。わたしやエグモントにかけられた呪いを解くために、次は少し思い切った手を打とう!」

「いったい、何をしようというのですか?」


 チーズの味見を終えて、みんなが自然とわたしたちの周りに集まってきていた。

 ライナルト王子は、ヨッヘムとリーヌスをじっと見た。


「おそらく母上は、父上に、王太子の座をエグモントに奪われることを恐れたわたしが、ハーマン先生と共謀して、エグモントに呪いをかけたとでも吹き込んでいることだろう。そして、わたしたちは、母上に現場を見られたため、リーヌスを人質に取り、魔法を遣って出奔したということになっているかもしれない。

いずれわたしたちを断罪した上で、凶行を止められなかった父上を退位に追い込み、呪いで自由に操れるようにしたエグモントを王位に据えるつもりだ。自分がエグモントの後見人となって、王国を意のままにしようと考えているに違いない。そして、やがては大陸をも――」

「でも、もう、エドラ王妃が大陸に手を伸ばすことはできませんよね?」

「そうだ。ウォルト王子に近づけなくなったのは偶然だったとしても、大陸全体がチーズの臭いで覆われたのは、さすがに、誰かが意図的に行ったことだと考えつくだろうね」

「そんなことができるのは、たぶんハーマン先生ぐらいですよ。ククク……、エドラ王妃は、時空の彼方へ閉じ込めたはずの先生が動き始めたとわかって、驚き慌てることでしょうね。ライナルト様の行方も、真剣に探し始めるかもしれない――」


 ヨッヘムが、面白そうにつぶやいた。金色の瞳が、妖しい輝きを増している。


「見つけられるのを待つことはない。こちらから名乗り出てやろう! 闇色の魔法の支配からエーベル王国を解き放つ救世主として、皆の前で正式に王位を要求するのだ!」


 え、え、えっ?! 吹けば飛ぶような、そんな小っちゃな体で、ですか?

 最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 あと、5~7話で完結する予定です。

 もうしばらくお付き合いください。よろしくお願いいたします。

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