その五 リーヌスの証言
先頭の年嵩の男は、マルセルね。何度か会ったことがあるからわかるわ。
一番後ろから入ってきたのは、人間の姿になったヨッヘム。ちょっと、疲れた顔をしている。さすがの古狐も、夜通しの飛行は大変だったのだろう。お疲れ様!
そして、二人の間に挟まれた、マントのフードを深く被った人物――。この人が、エーベル王国から船で渡ってきたという人ね……。
マルセルは、エーベルで何かの騒動に巻き込まれた人物だと考えたらしいけど、それは、西の塔での事件に関わることなのかしら?
―― ガタンッ……。
いきなりハーマン先生が立ち上がり、フードの人物の所へ駆け寄った。
「リーヌス……、おまえは、リーヌスか?!」
「先生?! ハ、ハーマン先生、ど、どうして、先生がここに?!」
ええっ?! リーヌスっていうのは、確か、ライナルト王子の近侍で、西の塔で一緒に暮らしていた人よね――。
どういうことよ? 彼が、なんでニーランデル島にいるわけ?
それと、彼のマントから漂う、このなんとも言えない微妙な臭いは……。
旅行用の厚地のスカートのポケットの中で、ライナルト王子がゴソゴソと動いている。
ああ、リーヌスの声を聞いて、彼の姿を確かめようとしているのね。
でも、食堂には、何の関係もない客もまだ残っている。
ライナルト王子が姿を見せては、まずいのではないかしら?
「何だ、お知り合いですか? 三人増えると、ここのテーブルじゃあ狭いですね? となりの個室にでっかいテーブルがありますから、そっちへ移りますか?」
宿の亭主のベルントが、気を利かせて声を掛けてきた。
食べかけの食事をチェルシーとアリーが盆に載せ、わたしたちは、三人と共に隣の個室へ移動した。
ベルントもお父様の手の者だから、ジョエルから事情を聞いているのかもしれない。新たに三人分の食事を運んでくると、そそくさと個室を出て行った。
扉が閉まると、待ちかねたようにライナルト王子が、わたしのポケットから出てきた。
わたしがテーブルの上に王子を載せると、リーヌスは「ああっ!」と一声発して、ぽろぽろと涙をこぼしながら、心底安堵した顔で王子に言った。
「ライナルト様……、そのようなお姿になり、行方もわからず……、ずっと案じておりました。それが、このような場所でお目にかかれるとは……」
「リーヌス、心配をかけたな……。先生とエグモントのおかげで、わたしはマイヤール大王国に逃れることができたのだ。そして、ここにいるダンドロ公爵令嬢はじめ、わたしに力を貸してくれる人々と出会い、先生とも再会することができた。
おまえこそ、なぜ、ニーランデル島になどにいるのだ? クリスタやエグモントはどうなった? どうか、おまえが知っていることを全て話してくれ!」
涙を拭い気持ちを落ち着けると、リーヌスは、自分が見聞きしたことを語り始めた。
「わたしは、王妃様にはじき飛ばされた後、何とか立ち上がって後を追いました。扉の隙間からライナルト様のお部屋をのぞくと、ちょうど王妃様が呪いの黒い霧を放ち、ライナルト様が小さくなられたところでした。
クリスタが床に倒れていて、部屋の中には、怪しい気が立ち込めていました。わたしは恐ろしくて、中へ入ることができませんでした。
エグモント様が持っていた袋にライナルト様を入れてしまうと、王妃様がそれを奪い取ろうとして、二人はもみ合いになりました。しかし、エグモント様が何事かを唱えると袋は白く光って消えてしまいました。
王妃様は、たいそうお怒りになって、今度はエグモント様に呪いの霧を放ちました。
エグモント様は、喉を押さえ顔を歪めて、その場に倒れてしまわれました。
わたしは、身の危険を感じて、そのまま西の塔を飛び出しました。見てはならないものを見てしまったのです。もう、エーベル王国にとどまることはできないと思いました。
懐に多少の持ち合わせがあったので、馬車などを使って港へ向かい、ニーランデル島行きの船に飛び乗ったのです」
一気に語り終え、大きく息をついたリーヌスに、マルセルがお茶をすすめた。
マルセルは、ライナルト王子の姿を見たときこそ、驚きの表情を浮かべたが、リーヌスの話を聞くうちに、いろいろと合点がいったようだ。
今は、遠慮がちに、しかし好奇心を隠せずに、小さな王子をちらちら見ていた。
そして、リーヌスが島へ来てからのことは、彼に代わってマルセルが話してくれた。
「リーヌスさんは、船から下りるなり案内所にやって来たのですよ。あまりいろいろな人と顔を合わせずに、住み込みで働けるところを紹介してくれないかと頼まれました。着いたばかりで、おかしな頼み事をするなあと思ったもんです。
一応旅手形は持っていましたが、出稼ぎにしては荷物がほとんどないし、どこかのいいお邸の従僕が身につけているような、上等なお仕着せを着ていました。
長年の勘ってやつでしょうかね。ああ、こいつは何かやらかして、あてもないまま大急ぎでエーベル王国から逃げてきたんだなと思いました。
頼みを断って大陸へ渡られたり、島で騒ぎを起こされたりしても面倒なので、公爵様のチーズ倉の倉庫番の仕事を紹介しました。
今の倉庫番が近々引退するんですが、後任も決まってなかったもんですからね。なにしろ、ほら、あのチーズ倉は、……ねえ?」
ここのチーズ倉には、エーベル王国の工房で作られた様々なチーズが運び込まれている。エーベル王国産の高品質なチーズの多くは、実は、お父様が出資する商会を通してのみ、大陸諸国でも手に入れることができるのだ。
リーヌスから漂う微妙な臭いに、何となく思い当たった。
倉庫には、あの「三色カビの灰色チーズ」も、きっとたくさん貯蔵してあるわよね……。ふーん、そういうことか……。
「しかしまあ、エーベル王国でそんな大変なことが起きていたとは――。
ヨッヘムさんが持ってきたジョエルさんからの手紙には、お嬢様が突然別邸にいらして、エーベル王国の近状について調べているのだが、何かを知っていそうな人物に心当たりはないかと書いてありました。
すぐにリーナスさんを思いついたので別邸に伝えてもらって、戻ってきたヨッヘムさんと一緒に、朝食に誘う形で、ここへ連れ出してきたのです」
「マルセル、あなたの勘はたいしたものよ。よくぞリーナスを倉庫番にして、島に引き留めておいてくれたわ! これで、心強い味方が一人増えることになりました。お手柄だったわね!」
わたしの賞賛の言葉に、マルセルは、居住まいを正して頭を垂れた。
右手でほわほわの髪をかき回しながら、二人の話を聞いていたハーマン先生は、髪から手をはなすと、ふんふんと何度かうなずいた後、おもむろに口を開いた。
「どうやら、王妃様は、何かの呪いでエグモント様の口を封じたようですね。おそらく、国王陛下や魔法省の連中には、わたしやライナルト様が良からぬ企みをした上、エグモント様を巻き込んだとでも吹き込んでいることでしょう。
王妃様は、西の塔を闇色の魔法で封じ、中で魔力を発動しても気づかれないようにしているのではないかと――。さて、これからわれわれがするべきことですが――」
「先生、それは、火を見るより明らかですわ! わたしにも、わかりました!」
わたしは、テーブルを囲む全ての人々に向かって力強く宣言した。
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