その三 呪われて
「きょ、巨人娘……、そ、そなたも、な、名乗ったらどうだ?」
ライナルト王子が、小っちゃなほっぺたを赤らめながら言った。
そうだわ。きちんと名乗らないと、いつまでも「巨人娘」って呼ばれてしまう……。
「わ、わたくしは、ジェルヴェーズ・ニコレット・ダンドロ。ダンドロ公爵家の娘ですわ」
ライナルト王子は、しばらくの間、何かを思い出そうとするかのように、眉を寄せて天井を見上げていた。
やがて、「ああ」と感嘆の声をもらすと、わたしの方へ向き直って言った。
「ダンドロ公爵家ということは、ここは、マイヤール大王国ということだな? 異界の巨人国へ飛ばされたわけではないのだな……。確か二代前の王妃様が、ダンドロ公爵家から嫁いでいらした方であった。わたしの曾祖母に当たるお方だ」
「アンジェリア様ね! お父様の大叔母様に当たる方だわ。評判の美人で、大陸中から縁談が舞い込んで大変だったという――。この屋敷のギャラリーに、お若い頃の肖像画が飾ってあります!」
「ほう! そなた、幼く見えるが、家のことを良く学んでいるではないか?」
「そりゃあ、長子であるわたしは、いずれはダンドロ女公爵となるべく、教育されてきましたからね。もう、あんまり必要ないかもしれないけど……」
このままいけば、わたしはウォルト様と結婚して、いずれ王太子妃になる。
ダンドロ公爵家は、上の妹のディアドリーが女公爵となって継ぐことだろう。
いや! そうはならない! ウォルト様の計略通りにすすんだなら――。
わたしは、何か難癖をつけられて、ウォルト様によって国から追放され、実家であるダンドロ公爵家も、その責任を負って取りつぶされるんだ……。
お父様やお母様、ディアドリー、そして下の妹のジャスティーナもきっと――。
「そうはさせるもんですかぁ!!」
「ど、どうしたのだ?! きゅ、急に叫び立ち上がるとは?! ま、また、そなたの忠臣どもが駆けつけてくるぞ、静かにしたほうが良いのではないか?」
「あ、ああ、……そうですね」
つい、興奮しちゃった……。
ペロッと舌を出すと、ライナルト王子が悲しげに笑った。
「無邪気そうに見えるそなたにも、いろいろな苦労があるようだな。浅からぬ縁もあることだし、わたしの呪いが解けたなら、力になってやりたいとも思うが――」
「の、呪い?! 呪いって、もしかして、小っちゃくなって、わたしのポケットに入っていたことが、呪いだったりするんですか?!」
ライナルト王子は、ちょっと困った顔をしている……。
そうか――。呪いをかけられた王子といえば、呪いを解く方法は一つしかない……。
それをわたしに頼むのは、申し訳ないと思っているのね……。
わたしは、ライナルト王子の上着の後ろ襟を摘まみ、ゆっくりと持ち上げた。
目を丸くしている王子の小さな顔に、そっと唇を近づける。
王子! さあ、乙女の口づけをお受け取りください。そうすればきっと――。
「わーっ!! やめろ、やめろ! やめるのだーっ、ジェルヴェーズッ!!」
あら、嬉しい! 王子ったら、間違えずに、ちゃんと名前を呼んでくれるのね!
ありがとうございます、ライナルト王子! さあ、どうぞ、ご遠慮なく――。
「やめんかーっ! そんなことでは、わたしの呪いは解けぬのだーっ!!」
えーっ?! 効かないんですか~?! 乙女の口づけ~?!
わたしは、閉じていた瞼を急いで開いた。
目の前で、ライナルト王子が、必死で腕を振り回して、わたしの唇を近づけまいと暴れていた。べ、別に、あなたを食べようとしている訳じゃないんですけど!
テーブルの上に静かに降ろしてあげると、ライナルト王子は肩で息をしながら、上着の袖で汗をぬぐった。
上目遣いでわたしを見ながら、王子は、「コホン!」と一つ咳払いをした。
「いや、その……、そなたの気持ちは嬉しいのだが、わたしにかけられた呪いは、ちょっと変わっていて――、そういう、よくある方法では解けないのだ……」
「ちょっと変わっているって――、いったい、どんな呪いなのですか?」
「それは――、今は言えぬ……。我がビンツス家の秘密に関わることだからな。軽々しく他国の者に話せることではないのだ。ただ、確かなことは、わたしは呪いによって、このように小さくなり、そなたのポケットに飛ばされてきたらしいということだ」
「エーベル王家の方なら、魔力があるはずですよね? 小さくなっても、魔法は使えるんでしょうか? と言うか、魔法でどうにかできないのでしょうか?」
「魔力か――。どうだろう? このような体になってから、まだ、魔法を使ったことはないからな。ちょっと、試してみるか――」
ライナルト王子は立ち上がると、テーブルの端っこに置いてあった燭台に近づいた。
人形が歩いているみたいで、とても可愛らしい。王子だけあって動きも優雅だし。
妹たちに見せたら、間違いなく取り合いになると思う。
王子は、小さな両手をこすり合わせながら、何か呪文を唱えている。
たぶん、エーベル王国に伝わる古代語だ。
両手を上に向け、王子はそこに息を吹きかけた。
小さな小さなつむじ風が起こって、燭台の真ん中の蝋燭の芯に巻きついた――。
それだけ……だった。
王子は腕組みをして、蝋燭の芯を見つめていたが、何も起こらなかった。
その後、同じ動作を、何度も何度も王子は繰り返した。
そして、三十二回目に、ようやく蝋燭の芯がポチッと赤く光った。
さらに続けて、迎えた五十一回目、とうとう蝋燭の芯に小さな炎が点った。
「すごーい!!」
拍手をして喜ぶわたしの前で、にっこり笑ったあと、ライナルト王子はパタンとテーブルの上に倒れた。
耳を近づけると、息をしているのはわかった。
どうやら、魔力を使い過ぎ、疲れ果てて眠ってしまったらしい。
残念ながら、体が小さくなると、使える魔力も小さくなってしまう――ということのようだ。お疲れ様でした、王子!
わたしは、眠っているライナルト王子を掌に載せると、そっとドレスのポケットの中に入れた。
書斎を出て自分の寝室に行き、チェストの蓋を開けて、リボンなどがしまってある小さな紙箱を取り出した。
とりあえず、その箱の中へ、ライナルト王子を寝かせておくことにしよう。
そのうちに、もっと素敵なベッドを探してあげますからね!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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