その三 ニーランデル島
――というわけで、わたしたちは揃って、隠れ家からわたしの部屋へ戻ってきた。
もちろん、出て行った人数より二人増えている。
ハーマン先生は、隠れ家の壁に掛かっている、一本角の山羊の頭の彫刻と繋いだ新しい布鞄を肩から提げていた。
久々に隠れ家から出られたというヨッヘムは、先生の特別なはからいで尾を隠してもらい、ポンポン跳ねて喜んでいた。
戻った途端、家臣や母上と鉢合わせしたら面倒ね、と思っていたのだけど、幸いわたしの部屋は無人だった。
「私どもは仕事がございますので、いったん下がらせていただきます。何かご用がありましたら、いつでもお呼びください」
そう言うとモーリッツは、もたもたしているフレッド、チェルシー、アリーを急かせて部屋を出て行った。
この後の展開を考えた、抜かりのない働きぶりだわ。
でも、まあ、三人は、じきにここへ戻ってくるでしょうけれどね――。
わたしの世話が仕事なのだから……。
わたしはテーブルの上にあった小箱を閉じて、ポケットから取り出したライナルト王子を、ピンクッションの上にそっと置いた。王子は、目を閉じたまま動かなかった。
クリスタの身を案じて思い悩むうちに、気を失うようにして眠ってしまったのね。
わたしの隣では、ディアが、うっとりとした顔で王子を眺めていた。
そういえば、ディアが小さい頃、一番のお気に入りだった王子様のお人形って、こんな感じだった気がする……。
その後、ディアとジャスティも、お父様に諭されて部屋から出されることになった。
見たこと聞いたことを誰にも言わない代わりに、彼女たちもこの世界の平和を守る計画の一員として扱うことを、お父様とわたしは約束させられた。
本当に黙っていられるのか心配だけど、おそらく、モーリッツが目を光らせていてくれるわよね!
「お父様! お父様のお力で、エーベル王国の王宮の様子を探ることはできませんか? お父様のことですから、王宮にも密偵を潜り込ませているのでしょう?」
ようやく静かになった部屋で、わたしがそう詰め寄ると、お父様は、少し困った顔をした。
あっ、そうか! ライナルト王子もハーマン先生も、エーベル王国の最重要人物なのよね。密偵のことは、彼らには秘密にしておきたい――ってこと?
「オッホン! まあ、その、正直言って……、エーベル王国の国民の十人に一人は、我が家の事業や人脈に関わりがあると言っても過言ではないだろう――。もちろん、王宮にもそれなりの人数を潜り込ませてはある」
十人に一人って――。
お父様ったら、いったい、いつの間にそんなに手を広げていたのよ?!
まるで、いずれはエーベル王国を乗っ取ろうとしているかのようじゃないの。
ハーマン先生とヨッヘムが、複雑な表情でお父様を見ていた。
「彼らは、何か不審に思うことがあれば、すぐにも、わたしに知らせてくるはずだ。しかし、陰謀が王宮の西の塔内だけで進行しているとなると、なかなか気づかぬかもしれないな。まして、魔法がからんでいるとなれば――。
とりあえず、ニーランデル島に連絡をとってみよう! 島には、何か情報が集まっているかもしれない。海が多少荒れていても、エーベル王国との間の定期船が止まることはないし、あそこは、密偵たちの情報交換の場にもなっているからね」
ニーランデル島は、エーベル王国から船で半日ほどの所にある、ダンドロ公爵領の飛び地だ。風光明媚な島だが、それだけではない。
そこには、良質な温泉が湧いていて、大きな温浴施設もある。
大陸からの物資を手に入れたり、大陸諸国の流行を知ったりすることができるので、島は、エーベル王国からの観光客で一年中賑わっている。
人の出入りが比較的自由なので、大陸諸国からもたくさんの人々が訪れる。
島の住人は、全員お父様の息がかかった者たちだから、治安も良好だ。
犯罪者が逃げ込んできても、あっという間に捕まえられ処罰される。
公爵家の別邸があるので、わたしも何度か行ったことがある。
「お父様、どうせなら、みんなでニーランデル島へ行ってみましょうよ!」
「思い切ったことを言うね――。王都からニーランデル島行きの船が出ている港まで行くのに、馬車で三日はかかる。さらに、ニーランデル島まで船で一日――。ここから島へ行くのは、そう簡単ではないのだ。鳥を使った伝書のようにはいかないのだよ、ジェルヴェーズ」
そうよね。人が移動するとなれば支度や手続きが必要だし、ハーマン先生が魔法で生み出す謎の通路のように、あっという間に二つの場所を行き来するというわけにはいかないのよね――。
「いや、公爵殿、それは難しいことではありません。ヨッヘムを使えば良いのです!」
そう言ったハーマン先生の横では、すでにヨッヘムが灰色の霧に包まれて、何かに姿を変えようとしていた。
その様子を、お父様が呆気にとられた顔で見つめていた。
ヨッヘムがクロギツネであることは教えてあげたけど、どんなことができるかまでは、お父様に話していなかったわね……。
霧が晴れると、ハーマン先生の肩に、鋭いくちばしの黒い怪鳥がとまっていた。
怪鳥は、怪しく光る金色の目で、お父様とわたしに目礼した。
「ヨッヘムにニーランデル島へ飛んでもらいましょう。この部屋にあるもので出入り口を作りヨッヘムに運ばせれば、お屋敷とニーランデル島を繋ぐことができます。それを使って島へ渡ればいい。いかがですか、公爵様、ジェルヴェーズ様?」
「名案ですわ、ハーマン先生! ヨッヘムを、ニーランデル島にある別邸に向かわせてください。別邸を仕切っている家令のジョエルは、必ず適切な対応をしてくれるはずです。ね、お父様?」
「わたしが、ジョエルに宛てて書状をしたためよう。それを持って、正式なわたしの使者として別邸を訪ねるといい」
お父様は、モーリッツを呼んで、書状の準備をするため執務室へ向かった。
わたしは、衣装部屋へ行き、別邸側の出入り口にするため、黒い皮の手袋を探してきた。そして、それをハーマン先生に差し出した。
「これなら、軽くて小さいですから、ヨッヘムも運んでいけますよね?」
「そうですね、これを書状とともに布袋に入れ、ヨッヘムの首から提げましょう。それで、こちらの出入り口は、どういたしますか? 手袋同士を結びましょうか?」
「いいえ、こちらの出入り口には、『それ』を使ってください!」
わたしは、壁際のサイドテーブルの上に置かれている、『それ』を指さした。
アンジェリア様からお婆さまに贈られ、今はわたしが引き継いだ螺鈿細工の化粧箱を――。
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