その二 クリスタの願い
四人というのは、お父様、ディアドリー、ジャスティーナ、そして、なんと筆頭家令のモーリッツだった。モーリッツ……、な、な、なぜ、沈着冷静なおまえまで?
「ジェルヴェーズ! おお、フレッドもチェルシーもアリーも、みんな一緒だったのだな? いったい、ここはどこなのだ?!」
「お姉様!? わたしたち、あのおかしな小箱に吸い込まれたような気がしたのだけど、いったい何が起きたの?!」
「やだ! ドレスの裾がよごれちゃったわ! また、お母様に怒られちゃう!」
三人の言葉を聞き流し、モーリッツは素早く身を起こすと、次々とお父様や妹たちの手を取って立ち上がらせた。
そして、「お借りいたします」と言うやいなや、いつの間にか部屋に現われた三つの椅子に三人を座らせ、姿勢を正してその横に控えた。
完璧な立ち姿のモーリッツは、ぼんやり座っていたフレッドたちをひと睨みした。
その目線に気づいた三人は、ドタバタしながら腰を上げると、大慌てで衣服を整えモーリッツの後ろに控えた。
さすが、侯爵家の筆頭家令よね! モーリッツったら、こんな状況になっても、まったく動じてないんだから――。
「モーリッツ、どうして、こんなことになったのかしら?」
絶対に、ヨッヘムやライナルト王子やハーマン先生の姿が目に入っているはずなのに、平然として立っているモーリッツに、わたしは少し意地悪く尋ねた。
モーリッツは、軽く会釈をすると、いつもと変わらぬ落ち着いた声で答えた。
「わたしは、旦那様のご命令で、ジェルヴェーズ様のお部屋をこっそり見張っておりました。何か異変が起きたときには、ただちに知らせよと申しつかっておりました。
不作法にも、扉に貼り付いて聞き耳を立てていたチェルシーが、ノックもせず慌ててお部屋に飛び込むのが見えました。チェルシーはすぐに飛び出してくると、アリーとフレッドを引っ張ってきて、再びお部屋に入りました。
わたしは、急いで扉に近づき、中の様子を伺っておりましたが、中から三人の叫び声が聞こえて参りましたので、旦那様をお呼びしたのでございます」
モーリッツは、ようやく人心地が着いた様子のお父様に目線を移すと、自分の役割は終えたという感じで口を閉じ、話の肝心の部分をお父様に引き継いだ。
「えっ、ああ……、そうだな……。わたしとモーリッツが、おまえの部屋に入ってみると、不思議なことに中には誰もいなかった。窓も開いていないし、ほかの部屋へ通じる扉も閉まっていた。念のため窓や扉を開けてみたが、見える場所には人の姿はなかった。
部屋の中をあちこち探し回っているうちに、ディアドリーとジャスティーヌが入って来て、部屋に置かれた小箱から、おかしな話し声がすると言いだしたのだ。
箱の蓋を開け、みんなであれこれやりとりをしているうちに、箱の奥に溜まっていた靄のようなものを吸い込んで――、気がついたら、四人ともここにいたというわけだ」
お父様の話もろくに聞かず、きょろきょろとあたりを見回していたジャスティーヌは、ようやく見知らぬ人物たちの存在に気づき、彼らを指さしながら大声で叫んだ。
「きゃああ! こ、この人、しっぽがあるうっ! こっちの小さい方は、妖精さん?! モシャッとした髪の人は、魔法の遣い手かしら?! ジェル姉様っ、ここは、も、もしや物語の中の世界とかですかっ?!」
この子ときたら、自分を転生させちゃったわよ!
ジャスティーヌの言葉に、ディアドリーまでもが目をきらきらさせて、三人に好奇心丸出しの目線を向けた。特に、ライナルト王子を見る目ときたら……。
ようやく気づいたお父様も、けっして大きいとは言えない目を見開いている……。
「コホンッ!そろそろ、この場所やこちらの方々のことを説明してもいいかしら?」
わたしは、ライナルト王子たちを紹介し、あの小箱が、魔法によって巣箱とつながっていることや、今いる隠れ家が、わたしたちの世界とは別の世界にあるらしいことを話した。
みんな、「おおっ!」とか「まさか!」とか「うそーっ!」とつぶやいていた。
さらに、ハーマン先生が、ライナルト王子がわたしのポケットへやって来たいきさつや、今エーベル王国で起きていると思われることなどを話してくれた。
みんな、相変わらず目を白黒させながら聞いていたが、モーリッツだけは、ときどきハーマン先生に質問して状況の理解に努めていた。
話を聞き終わるとモーリッツは、おもむろにハーマン先生に言った。
「実は、今朝、エーベル王国に放っております密偵から知らせがありました。ここ数日、冷たい強風が国全体に吹き込んだり、海が荒れたりしており、『白色の魔法の加護を失ったのではないか』という噂が、王都を中心に広がり始めているそうでございます。
これは、王妃様が操っておられるという闇色の魔法の影響でしょうか?」
ライナルト王子の実母であるクリスティアーネ王妃は、白色の魔法の遣い手で、死してなお、王国の平穏を魔法で守っていると言われていたのよね。
エーベル王国が危機に瀕している今こそ、その力はさらに必要とされると思うのだけど、どうして、加護が失われようとしているのかしら?
ハーマン先生は、ライナルト王子に目をやり、ひどく悲しげな顔をした。
言うかどうかを迷っている様子だったが、一呼吸置くと静かに語り出した。
「白色の魔法の加護は、国王陛下と亡きクリスティアーネ王妃が、力を合わせエーベル王国に施したものでした。王妃様が亡くなられたとき、当然、加護は弱まっていたはずです。しかし、国の安寧が乱れることはありませんでした。
実は、それを補う者が現われていたからです。ライナルト様を見守り、いずれライナルト様が治めることになるエーベル王国の平和を心から願った者――。
その者は、もしかしたら、転生したクリスティアーネ様だったのかもしれません……」
ライナルト王子は、苦悶の表情を浮かべて、ハーマン先生の顔を見上げた。
「まさか、それは……、クリスタですか? ……あのときクリスタは、母上がわたしに発した呪いの霧に飛びつきました。そして、その切れ端をつかみ取って倒れました……。呪いを不完全な形にして、わたしを救おうとしてくれたのです……。それは、クリスタが……、わたしを産んでくださった……」
ライナルト王子の最後の言葉は、悲痛な嗚咽に紛れてしまった……。
物心が付いた頃から、つねにライナルト王子のそばにいたというクリスタ――。
王子が離宮に追われたときもついていき、幼い王子の心に寄り添い続けた。
王妃様は、猫に生まれ変わってでも、我が子を守り助けたかったのね……。
なんて深い愛……、そして、そのクリスタは今……。
わたしは、悲しみと怒りに身を震わせながら、椅子から腰を上げた。
「皆様、そして、皆の者! しんみりしている場合ではありません! 命を賭けてライナルト様を守ったクリスタのためにも、闇色の魔法の暗躍を見過ごしてなるものですか! さあ、さっさと我が屋敷へ戻りましょう! そして、この世界を救う手はずを整えようではありませんか! 今こそ、ダンドロ公爵家の財力と人脈がものをいうときなのです!」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
続きは、金曜日に! 「その乙女」の後日談と一緒に投稿する予定です……。
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