その一 闇色の妃の真実
第四章の始まりです!
話を終えたハーマン先生が、パタリと本を閉じテーブルの上に置いた。
その音と共に、部屋の中に穏やかな光が戻ってきた。
緊張から解放されて、誰かが、ほうっと、大きな溜息をついた。
窓越しに、小鳥の鳴き声のようなものが微かに聞こえてきた。
目を伏せ、じっと何事かを考えていたライナルト王子が、ゆっくりと顔を上げて、ハーマン先生に問いかけた。
「先生、母上は、アンドリーアス一世に呪いをかけ、『呪い返し』にあった者の子孫か何か――なのでしょうか?」
「それはありえません。王妃様は、現在は王宮管理省の長官である、元侍従長のお嬢様です。明らかになっている限りでは、グルージャとは何の関わりもないお血筋であったと思います。
それに、もし王妃様が、生まれついての闇色の魔法の遣い手であったのなら、魔法省が王妃に選ぶことはなかったでしょう」
「そうですね。ならば、どうして――」
ライナルト王子は、再び考え込んでしまった。
なぜ、いつから、エドラ王妃は、闇色の魔法が操れるようになったのだろう?
ライナルト王子の話では、エグモント王子は、エドラ王妃の中に何か別の存在を感じていたようだけれど――。
「それは、転生――とかいうものかも、しれませぬ、な……」
黙って二人のやりとりを聞いていたフレッドが、ぼそっとつぶやいた。
「昔、南方のポウリポーラ侯爵領に、鍛冶屋をしながら、豆を使って、見たこともない菓子を作る男がいたそうです。
菓子は評判をとり、侯爵家にも献上されました。しかし、男は、菓子のできに不満があるようで、誰にも詳しい材料や作り方を教えませんでした。
男が病で亡くなる間際に申したのは、自分は『異世界』から『転生』してきた者で、前世では菓子職人だった、という不思議な話でした。
『この世界にある材料や道具では、前世で作っていたような良い菓子はできなかった。それだけが心残りだ』というのが最後の言葉だったそうです。
死にゆく者の夢か妄想と考えることもできますが、ずっと鍛冶屋をしていた男が、中年になって、ある日突然、習ったこともない菓子を作れるようになった理由としては、納得できる話でありましょう?
ほかにも、そうした『転生』の話は、いろいろと伝わっているようでございますよ」
『転生』――ね。さすがフレッド! へんてこりんな話をよく思い出したわね。
小さい頃から、ずいぶんたくさんの話を聞かせてくれたけれど、まだまだ面白い話の蓄えは残っているみたいね。
わたしが胸の前で小さな拍手を送ると、フレッドは嬉しそうに顔を赤らめた。
「『転生』ですか……なるほど……。つまり、王妃様は、かつて存在した闇色の魔法の遣い手の生まれ変わりであるということですね。
王妃となった後、何かのきっかけで自分の前世を思い出し、よみがえった魔力で、闇色の魔法を否定したこの世界に復讐しようと考えた――と」
「きっかけは、おそらくエグモントの誕生でしょう。実の子を王にしたいという強い願望が、母上に前世の記憶を思い出させ、闇色の魔力まで蘇らせたのかもしれません……」
そして、灰色の魔法の遣い手であるライナルト王子を疎んで、離宮に追いやったり、王太子になることを邪魔しようとしたりしたのね。
ライナルト王子が王太子になってしまうと、今度は彼を無力化するために、「銀鏡の乙女」を探しだして、別の人間と結婚させようとしたり、あげくは、おかしな呪いをかけたりしてしまったんだわ。
ハーマン先生とライナルト王子を、王宮から切り離せたと思っているエドラ王妃は、次に何をするつもりかしら?
エグモント王子やリーナスをどこかに秘匿し、西の塔でのできごとが外にもれないようにしているでしょうね。
そして、遠からず、魔法省や国王陛下の力を封じようとするに違いないわ。
「ハーマン先生、事情はわかりました。エーベル王国やこの世界の安寧のためには、一刻も早くここを出て、エドラ王妃の企みを邪魔する必要があります。
わたしの部屋にある小箱のほかに、この隠れ家に繋がる出口はないのでしょうか?」
先生は、ウォルト王子に贈られる螺鈿細工の小箱と、この隠れ家をこっそり繋いで、エーベル王国以外の場所へ出られるようにしておいた。
ほかにも、そういう出口を用意していてもおかしくはない。
しかし、わたしの問いかけに対して、先生は力なく首を横に振った。
「あの小箱は、最後の手段として、エグモント様に手伝っていただき、マイヤール大王国に贈られる寸前に、ここと繋いだものなのです。とても、ほかの出口を考え作っておく余裕はありませんでした。
あの小箱も、王宮の宝物庫にでもしまわれていたら、出口としては役に立たなかったかもしれません。しかし、ウォルト王子は、あれをたいそう気に入られ、届くとすぐにナイトテーブルに置いてくださいました。
ここに閉じ込められてしまったわたしは、あの小箱を通して王子の寝室で起こっていることを知ることができたのです。
そして、王妃様が、『三色カビの灰色チーズ』の臭いを嫌って、ウォルト王子の夢に近づけなくなった時を狙って、小箱から姿を現しました。
偶然とウォルト王子のやや恐がりなご気性に助けられ、あの小箱はわたしの目論見通り、ジェルヴェーズ様の手に渡ったのでございます」
王家からの贈り物だから、王宮の家臣たちは、やたらに開けたりもしなかったのかしら? 箱の奥の靄を誰も吸わなかったのは、奇跡に近いことだったかもね――。
しかし、それならもう、方法は一つしかないということよね。
「先生をここからお出しするには、あの小箱を使うしかないということですね。とりあえず、わたしたちは部屋へ戻り、あの小箱を人目につかない、先生が現われやすい場所に移します。先生は、準備を整えお待ちになってください。わたしが声を――」
わたしが、そこまで言ったときだった。
テーブルの上の巣箱が、小刻みに震えだした。
今度は、何やら小さな話し声も漏れてきた……。
「だめだ! 二人は、離れていなさい!」
「今聞こえてきたのは、間違いなくお姉様の声よ! もっとよく聞きたい!」
「ディア姉様だけずるい! わたしにも箱を覗かせて!」
「こらっ! ちんまりした島国とはいえ、歴史ある魔法王国から贈られた不思議な品なのだ! 不用意に近づいては危ない! ほら、手を放して――、うわっ!」
「きゃっ! お、お父様―っ! わ、な、何、何なのーっ!」
「待って、ディア姉様っ! ひゃあああぁぁーっ! 助けてーっ!」
「こ、これは……、旦那さまーっ! お嬢様方―っ! おおおぉぉぉーっ!」
今度は、巣箱から四人が次々と飛び出してきた……。
部屋が、「ムゥフッ」と溜息をつきながら、また少し広くなった気がした……。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
水曜日も夜の更新となります。




