その十 古き幻の王国 ~灰色の魔法の遣い手は語る~
本編から少し離れ、エーベル王国の歴史が語られる回となります。
少し長いです……。
◇ ◇ ◇
この本に寄れば、王国の始祖であるエーベレウィート族というのは、大陸での覇権争いに敗れ、新天地を求めて島に渡って来た者たちでした。
島には、リフ・ゲンティーリと呼ばれる先住民がおりましたが、温厚で欲のない人々だったので、大陸から持ち込んだ牧畜などの文化と共に、抵抗もせずエーベレウィート族を自然に受け入れました。
沿岸部を中心に、少しずつリフ・ゲンティーリとエーベレウィート族の交流が広がり、融合が進んでいきました。
種族間の結婚が進む中で、リフ・ゲンティーリ固有の能力であった魔力は、新たに誕生した人々にも血を通して伝えられていきました。
しかし、こうした変化を頑として受け付けなかった人々もおりました。
島の中央部に広がる山岳地帯を治める、グルージャと名乗る一族で、彼らは独自に王を擁し小さな国を築いていました。
彼らは、決してエーベレウィート族と交わることはなく、その文化や言語を受け入れることもしませんでした。
島の暮らしが豊かになるにつれ、新たに大陸から移住してくる人々も増えました。
沿岸部では、もはやリフ・ゲンティーリとエーベレウィート族の区別は、ほとんどなくなっていました。
エーベレウィート族が大陸から持ち込んだ言語を公用語として、リフ・ゲンティーリが伝える魔力をいかした国造りが進められていきました。
やがて彼らは、自分たちの利益と平和を大陸からの侵略から守るために、王を選び、新たな国を興すことを決めました。
集落の代表者たちによって、王を選ぶ会議が開かれました。
強力な白色の魔法で地力を高め、農業や畜産業を栄えさせたロラントという男が、最初の王に選ばれました。エーベル首長連合王国のロラント一世です。
一方で、グルージャも彼らなりの生き残りの道を見つけていました。
彼らは、人々からの密かな依頼により、魔法を遣って呪詛を行うようになりました。
世の中が豊かになり格差が生じれば、恨みや妬みの感情も生まれます。
「商売が大当たりしている、あの男が羨ましい――」
「あの女さえいなければ、あの男と結婚できるのに――」
「弟ばかり可愛がり、好き勝手させている父が憎い――」
この世界の魔法は、人の命を奪ったり、人の体を傷つけたりするために遣うことはできません。
神の摂理と申しますか、それがこの世界における魔法の限界なのです。
魔法は、世界の安定や人々の幸福のために行使されるべきものでした。
白色であれ黒色であれ、それは変わりません。
グルージャの魔法による呪詛も、人の命を奪うようなものではありませんでした。
商売が大当たりした男は、突然、金を見ると吐き気をもよおすようになり、商売をやめ森で隠者のように暮らすことになりました。
女たちに人気のあった男は、婚約した女の声が、突然、アヒルの声にしか聞こえなくなり、女との婚約を白紙に戻しました。
異母兄弟の弟ばかりに目をかけていた父親は、突然、弟の顔がトカゲにしか見えなくなり、弟と母親を家から追い出してしまいました。
呪詛により不幸に見舞われる人がいましたが、端から見れば、それは、ちょっと増長した者への仕返しのようにしか思えませんでした。
呪詛を頼んだ者もたいして罪の意識を感じず、うっぷんを晴らすことができたので、この呪詛は、密かに人々に浸透していきました。
グルージャが求める報酬が意外と高額だったため、誰もが依頼できるわけではなかったようですがね――。
呪詛に遣われるグルージャ独特の魔法は、心の闇をあからさまにする魔法ということで、いつしか闇色の魔法と呼ばれるようになりました。
当初は社会的な影響は少ないがゆえに、見過ごされていた闇色の魔法とそれを操るグルージャは、ある事件をきっかけに、エーベル首長連合王国から敵視されるようになります。
その当時、王国を統治していたのは、三代目の王・ノルベルト一世でした。
ペエトルスという男が宰相を努めておりましたが、彼が書いた文字が、ある日を境に誰にも読めなくなってしまったのです。
有能な宰相ではありましたが、いろいろと不便なことが生じ、結局ペエトルスは職を辞すことにしました。
その後、彼の異変は、その地位をうらやんだミヘールという男が、グルージャに頼んだ呪詛が原因であるということがわかりました。
王国の政治にまでグルージャの呪詛が関わってきたことを、ノルベルト一世は見逃すわけにはいかないと考えました。王は、王国の平穏を強く願っていました。
王の命により、王に従う黒色の魔法の遣い手たちは強力な魔力の網でグルージャの国を包んでしまいました。王の怒りがその網をさらに強固なものにしました。
呪詛は完全に封じられ、グルージャの国の民の闇色の魔法の力は、ゆっくりと弱められていきました。
そしていつしか、闇色の魔法は、人々を喜ばせ楽しませる、たわいのない悪戯のような魔法――、灰色の魔法へと変わっていったのです。
グルージャの国の民は、少しずつ国を離れ、王国に溶け込んでいきました。
そして、グルージャの国は、幻の王国として記録の中にだけ残りました。
それから長いときが流れ、誰もが呪詛や闇色の魔法のことなど忘れた頃――。
闇色の魔法の復活を思わせる、不可思議なことが起こりました。
この本の巻末に、後の時代の人間が、そのできごとを追記しています。
もしかすると、リフタジーク先生が書き足したのかもしれません。
それは、現在のビンツス王朝の二代目の王であるアンドリーアス一世が、王位について間もなくのことでした。
王は、誰かが自分を呪おうとしている、次の新月の晩に自分を黒いモグラに変身させようとしている――と言い出しました。
王はグルージャの血を引く者で、灰色の魔法の遣い手でした。
闇色の魔法から受け継いだ予見の力が、働いたのかもしれません。
魔法の遣い手の中には、幻の王国の人々の怨念の残滓が、王に取り憑いたのではないかと噂する者もいました。
呪いを恐れた王は、自らの寝所に引きこもってしまいました。
大陸から嫁いできたばかりだった若い王妃は、恐れおののくかと思いきや、家臣たちを集めて堂々と言ったのです。
「わたしは、陛下との婚約が決まった晩、暗闇に閉じ込められかけた陛下に、鏡で光をお届けし救い出すという夢を見ました。きっと、あの夢は此度のことを暗示していたのでしょう。どうぞ、わたくしにお任せください」と――。
王妃は、輿入れのおりに持ってきた真新しい上掛けに、刺繍を始めました。
銀色の刺繍糸を使い、大きな鏡の形を上掛けに描いたのです。
刺繍が完成すると、この上掛けで王をくるみ新月の晩を迎えました。
王妃は、王と共に寝所に籠もり、王の寝台のかたわらで神の加護を願いました。
夜も更けた頃、かつてグルージャの国があった、山間のあたりから湧き起こった黒い靄が、生き物のように蠢きながら、暗闇の中を王宮へと迫ってきました。
やがて、黒い靄が王の寝所の窓を揺らし、中へ入り込もうとしたとき、上掛けが銀色の光に包まれ、眩しく輝き始めました。
黒い靄は、その光にはじき返され、何やら恐ろしい叫び声とともに、それが湧き起こった場所へ向かって、ものすごい勢いで戻っていってしまいました。
王宮に仕える黒色の魔法の遣い手たちが、靄の行方を追っていくと、山間に煙が立ち上っている場所がありました。
近づいてみると、黒い小さなモグラが、黒い石の下敷きとなって絶命していました。
呪いをかけたのが、何者なのかはわかりませんでした。
その者は、王妃が上掛けに刺繍した鏡によって「呪い返し」に合い、自分が黒いモグラになってしまったのでした。
黒い石は、闇色の魔法の依代かもしれないということで、黒色の魔法の遣い手たちによって、石の箱に封じられました。
その箱は、二度と黒い石を手にする者がないように、王宮のどこかに隠されました。そして、いつしかその存在も人々に忘れられていったのです。
王妃は、「銀鏡の王妃」と呼ばれ、王を闇色の魔法から救った聖女として崇められました。
王と王妃は力を合わせ、灰色の魔法を遣って、人々が心豊かに楽しく暮らせる国を作り上げていきました。一年中、王国のどこかで祭りが開かれ、花火が上がり、草木が花を咲かせました。
それ以降、エーベル王国の王位を継ぐ者が灰色の魔法の遣い手であるときは、世界のどこかにいるはずの「銀鏡の乙女」を探しだし、王の婚約者として迎えることになりました。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次話より第四章(最終章)に入ります。
更新曜日は変わりませんが、都合により時刻が遅くなります。
よろしくお願いいたします。




