その六 隠れ家への道
こういうときは、お父様に嘘をついたり隠し事をしたりしても無駄なのよね。
減紫色の瞳に、黙ってじっと見つめられたら、どんなに頑張っても、最後には結局全部白状することになる――。はいはい、わかりましたってば!
悪夢のことも、灰色のローブの男のことも、わたしは、ウォルト様から聞いたままを正直にお父様に伝えた。
そして、おそらくもう、ウォルト様から婚約を宣言されることはないだろうことも――。
「まったく、ウォルト様というお方は――。十八になられたというのに、そのように大事なことを夢占ごときで判断して決めるとは――。陛下や王妃様には、どこまでお話ししているのだろうか――。せめて、わたしに打ち明けておいてくだされば――」
わたしは、お父様の繰り言を、お茶をいただきながら聞くともなしに聞いていた。
あれこれお話しして、すっかり喉が渇いてしまったわ!
それにしても、このお茶……、美味しすぎる……。
「それで、ジェルヴェーズ、おまえは、その小箱をどうするつもりかね?」
「どうって……、ウォルト様のお言葉通り、お預かりするつもりですが――」
「中を確かめないのか? ウォルト様のお話では、その箱から灰色のローブの男が現われたのだろう? おまえが寝室で休んでいるときに、箱からその男が現われたらどうするのだ? 恐ろしくはないのか?」
お父様ったら、ちょっと意地悪な目つきになってわたしを見ている。
ウォルト様の話を、お父様はどういう風に解釈したのかしら?
わたしは、別に恐ろしくはない。だって、灰色のローブの男は、どう考えてもハーマン先生にしか思えないから――。
だけど……、ライナルト王子が、わたしのドレスのポケットから現われたり、ウォルト様が、夢の中で黒衣の女からわたしと結婚するように脅されたり、ハーマン先生が、小箱を通してウォルト様を悪夢から解放しに来たり――。
なぜ、マイヤール大王国が、エーベル王国のごたごたに巻き込まれているのかがわからないのよね……。
早く自室に戻って、ライナルト王子の考えを聞いてみたい。
そして、この小箱を使ってハーマン先生を探しに行き、先生がご存じのことを教えてもらわなければ――。
さてと、お父様とのお話は、そろそろ切り上げてもいい頃合いよね。
「お父様、この箱は魔法王国からの贈り物ですから、わたしたちにはわからない不思議な仕組みが隠されているのだと思います。もし、灰色のローブの男が現われたら、美味しいお茶でもてなして、黒衣の女やこの箱の秘密を聞き出してみせますわ! ご心配にはおよびません」
「ジェルヴェーズ……、おまえという子は……」
「わたしは、お父様の娘ですよ。無謀なようでいて、それなりに計算はしています」
「フフフ……わかったよ、好きにしなさい。この屋敷の中にいる限り、それほど大きな危険はあるまい。まあ、魔法についてはどこまで対抗できるかわからぬが、その点は、偉大なるアンジェリア様のご加護を信じることにしよう」
お父様はそう言うと、居間の豪華な飾り棚に目をやった。
わたしは、お父様にご挨拶をして、小箱と共に自室に戻った。
先に戻ったチェルシーが、着替えを用意したり、お茶の支度をしたりして待っていてくれたけれど、少し休みたいと言って部屋の外へ出した。
これで、準備は完了ね!
「出てきてください、ライナルト様!」
わたしの囁きに応じ、ライナルト王子がゆっくりとポケットから出てきた。
いつになく神妙な面持ちで、少しうなだれながらソファに降り立った王子は、力なくわたしに謝った。
「すまなかった、ジェルヴェーズ……。ウォルト王子の夢に現われた黒い服の女は、おそらく母上であろう。母上は、闇色の魔法とやらで、王子の夢に入り込み、そなたと結婚するよう脅していたのだな……。
なぜかはわからぬが、それがこの世界を破滅へ導くための方策の一つなのだろう。そのせいで、そなたにはたいそうな迷惑をかけることになってしまった……」
「気に病むことはありません。七年間も放っておいてくれたのに、急にウォルト様が『婚約』『婚約』と騒ぎ出した理由がわかって、とってもすっきりしましたわ!
それに、どうやらハーマン先生はご無事のようですね。先生が、ウォルト様に、この小箱をわたしに託せと命じたのは、ライナルト様がわたしのもとにいらっしゃることをご存じだからではないでしょうか?」
「そうだな。エグモントと先生は、このようなことになる場合を考えて、何かいろいろと手を打っていたのかもしれない。それでも、そなたのポケットにわたしが行き着いたことについては、うまい説明がみつからないのだが――」
わたしのドレスは、マイヤール大王国の王都の仕立屋で誂えたものだ。
ハーマン先生といえども、わたしのドレスに触れて魔法を施すことは不可能だろう。
「それは、ハーマン先生にお目にかかって、直接伺うしかありません。秘密の通路の出入り口である小箱が、わたしの手元に届いたということは、何もかもが先生の目論見通りに進んでいて、先生は、わたしたちが、小箱を使って自分のもとへ来るのを待っていらっしゃるということではないでしょうか?」
「ああ、そなたの言うとおりだ。ジェルヴェーズ、小箱をみせてくれるか?」
わたしは、包んでいた布を広げて小箱を取り出し、テーブルの上に載せた。
穏やかな夕暮れの日差しを受け、螺鈿細工が美しく煌めいた。
わたしは、ライナルト様を両手で包み、そっとテーブルの上に移した。
ライナルト様は、感慨深げに小箱に触れたり眺めたりしていた。
「よし! 蓋を開けてみてくれ。そなたは、覗き込むな。わたしを箱の縁まで持ち上げて、箱の中を覗かせてくれればいい。向こう側へは、わたし一人で行ってくる」
「わたしも一緒に行きます! 向こう側がどうなっているかわからないのに、小っちゃなあなたを一人で行かせるわけにはいきません!」
わたしは、左手でライナルト王子をすくい上げ、右手で小箱の蓋を開けた。
耳をそばだてると、箱の底の方から話し声が聞こえてきた。
「先生、そんなにたびたび覗き込まなくとも――。そのうち、必ずつながりますよ!」
「わかっているよ、ヨッヘム。小箱はきっと、ジェルヴェーズ様の手に渡るだろう。問題は、ライナルト様が、ジェルヴェーズ様のもとにきちんと行けたかどうかなのだ――」
「きっと大丈夫ですよ。だって、ジェルヴェーズ様は――」
えっ? 先生? ヨッヘム? ということは、やはり――。
もっとよく聞こうと、箱に顔を近づけたところで、うっかり箱の底に溜まっている靄を吸い込んでしまった。確かこれを吸い込むと……。
声を上げる間もなかった。
何か大きな力に引っ張られるようにして、わたしの体は不思議な色合いの洞窟へ滑り込んでいった。
「ジェルヴェーズ!!」
わたしの左手の中で、ライナルト王子が叫んだ。
わたしは、ライナルト王子を握りつぶさないように、だけど決して手放さないように、左手をしっかりと胸元に押し当てた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




