その二 掌の王子
「キャアァァァ~ッ!!」
わたしは、悲鳴を上げながら、ポケットをバンバン叩いた。
ポケットに何かいる! 動くものがいる! ネズミ? トカゲ? 何?!
ポケットの中から小さな叫び声が聞こえた! やめてよ~! 黙ってよ~!!
何がいるのか確かめるのは怖いので、とにかく動かなくなるまで叩き続けることにした。
悲鳴を聞きつけて、侍女や執事たちが、バタバタと書斎に飛び込んできた。
「お、お嬢様、どうなさいました?!」
「窓から、虫でも入ってまいりましたか?!」
「曲者は、いずこー?! このフレッドの杖にて、成敗してくれようぞー!」
わたしに駆け寄り無事を確かめるチェルシー、書斎を見回し悲鳴の原因を探すメイドのアリー、杖を巧みに振り回し気勢をあげる老執事フレッド――、忠臣ぞろいの我が家だが、ちょっとばらばらなところはある……。
わたしは、再びソファに腰を下ろした。
そして、すっかり大人しくなったポケットの中を、おそるおそるのぞいてみた。
えっ? こ、これは――。
「あ……、あっ、ごめんなさい、みんな……。変な夢を見ていたの……。夢の中で魔獣に襲われそうになって、思わず叫んでしまったの。何でもないわ……。うん、何でもないの……。もう、戻ってちょうだい。一人になって心を落ち着けたいから……」
わたしは、ポケットの膨らみに気づかれないように、体の向きを変えながらソファに体を伸ばし、少し眠そうな口調で言った。
「本当に、よろしいのですか?」
「お茶や虫除けの薫き物でも、持ってまいりましょうか?」
「久しぶりに、お嬢様のおそばで、子守歌でも歌ってさしあげましょうかな?」
「ありがとう! 皆の忠義には感謝するわ! でも、もう大丈夫だから、一人にしてちょうだい!」
家臣たちは、何かボソボソと呟きながら、わたしの命令に従い書斎を出て行った。
しばらくの間、廊下から話し声が聞こえていたが、やがて静かになった。
そろそろいいかしらね?
わたしは、ソファに座り直すと、そっとポケットを開け、中のものを摘まみ出した。
掌に載るぐらいの小さな人形、いや、人間だった。
テーブルの上に置いて、じっくりと眺めてみることにした。
金色のふんわりとした髪。高級そうな生地で仕立てられた上等な服。
靴やベルトの小さな金具は、丁寧に磨かれている。
それなりの地位にある、まだ若い男の人のように見える。
これって、もしかして――。
「う、うう、うう~んん……」
小さな男の人が、うめき声を上げた。
良かった……。死んではいなかったのだわ!
わたしは、右手の人差し指で、小さな男の人の足の辺りをつついてみた。
「ねえねえ、妖精さん! 起きてくださいな! 妖精さん!」
「う、うん……。ああ……」
小さな男の人が、ゆっくりと目を開けた。
とても綺麗な青い瞳をしていた。やっぱり――。
「ごめんなさい、妖精さん! 乱暴なことをしてしまって……。でも、わたしの願いを聞き届けて助けに来てくれたのなら、最初に名乗ってくれないと! 突然、ポケットの中なんかで暴れたから、ネズミかトカゲかと思って叩いてしまったわ! どうぞ、わたしを許してくださいね、妖精さん!」
テーブルの上に足を投げ出して座り、きょとんとした顔でわたしを見ている小さな男の妖精に、わたしはできる限り丁寧に謝り、微笑みかけた。
せっかく現われた妖精さんに、嫌われてしまっては困るわ!
「ど、どうやら、エグモントの奴……、わたしを、巨、巨人国へ、送り込んだようだな? 王子ともあろう者が、異界の巨人国で、巨人娘の慰み者となって果てるとは……。フフフ……、このような最期、想像だにしなかったな……」
若い男の妖精は、そう言うと、小さな手で小さな目から溢れた涙を拭った。
巨人国? 巨人娘? 慰み者? な、何言ってんのよ、この妖精!
「よ、妖精さん! ここは、巨人国じゃありませんわ! あなたがと~っても小さいだけです!」
「巨人娘よ! 先ほどから、そなたは、わたしのことを『妖精』と呼んでいるが、わたしは妖精ではないぞ! わたしの名は、ライナルト・マヌエル・ビンツスだ。エーベル王国の王子である!」
「ええーっ!!」
何、なに、なにぃ~?! 妖精さんじゃないの~?!
困り果てたわたしを助けに来てくれた、妖精さんだと思っていたのに~!
王子?! 王子なんて、役に立たないわよ! わたしに必要なのは、妖精!
腹が立ったわたしは、自称王子を摘まみ上げ、屑入れの中へポイッと放り込んだ。
「うひゃああ! な、何をするのだ、巨人娘! もう一度言う! わたしは、エーベル王国の第一王子、ライナルト・マヌエル・ビンツスであるぞ!」
ん? エーベル王国の第一王子、ライナルト・マヌエル・ビンツス……。
その名前、聞いたことがある……。エーベル王国っていうのは、確か――。
わたしは、屑入れの中から自称王子を拾い上げ、再びテーブルの上に置いた。
屑入れには書き損じた紙を丸めて入れていたので、王子に怪我はなかったようだ。
「あのう……、エーベル王国って――、北の海に浮かぶ、ちんまりした島国ですよね? 酪農や漁業が盛んで、おいしい乳製品や魚の燻製とかが評判の――」
「ちんまりは余計だが――、よく知っているではないか! その通りである!」
「あ、あと、もう一つ、とても有名なものがありますよね?」
「うーむ……、確かに――」
「エーベル王国と言えば――」
「「魔法!!」」
きゃーっ! やったわ! 妖精さんじゃなかったけれど、魔法王国エーベルの第一王子を手に入れてしまった!
もしかして、わたしったら、すごく運が向いてきたんじゃない?!
えっ?! でも、でも、でも、どうして王子は、こんなに小さいの?
それに、突然、わたしのポケットの中に現われたりして――。
そういえば、何だかおかしな一人言をずっと口走っていたわよね――。
わたしは、ライナルト王子の小っちゃな青い瞳をじーっと見つめた。
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