その一 一夜が明けて
第三章が始まります! お楽しみいただければ幸いです!
屋敷森から、朝の訪れを歓び賑やかに鳴き交わす、小鳥の声が聞こえてきた。
窓から差し込む柔らかな陽光も、新しい一日の始まりを告げていた。
ライナルト王子の話を聞きながら、わたしは、いつの間にか眠ってしまったらしい。
確か話の最後では、呪いをかけられたライナルト王子が、袋の中に押し込まれ、気がついたら、わたしのドレスのポケットの中にいて……。
そうか! こうしてはいられない! わたしは、勢いよく起き上がった。
ドレス! ドレス! ドレス! あの日来ていたドレスを探さなくては!
わたしは、夜着のまま寝室を抜け出し、衣装部屋へ入り込んだ。
王子をポケットから取り出した日に着ていたのは、確か、淡い黄色のつやつやした生地で――。
「あった! これよ、これ! このドレスだわ!」
わたしは、大急ぎで淡い黄色のドレスのポケットを探し、その中を覗いてみた。
ただし、しっかり息を止めて――。
だって、もしポケットの中にわだかまっている靄を吸ってしまったら、向こう側へ連れて行かれてしまうかもしれないのだもの。
しかし、ポケットの中は空っぽだった――。
手を入れて、ポケットを引っ張り出してみたが、靄も霧もほこりも出なかった。
わたしは、がっかりして寝室に戻り、寝台の上に座り込んだ。
「どうしたのだ、ジェルヴェーズ? 夜通しわたしの話に付き合ったのだから、もう少し寝ていた方が良いのではないか?」
わたしの大きな溜息を聞きつけて、ライナルト王子が箱の中から出てきた。
わたしと同じで、そんなに寝ていないはずなのに、やけにすっきりと爽やかな顔をしていた。魔法で体を浄化したのかしら? 服も着替え終わっているし……。
「ご心配くださり、ありがとうございます。ライナルト様を、元の場所にお戻しできるかもしれないと思って、あなたが現われた日に来ていたドレスを、衣装部屋へ探しに行ったのですけど……、無駄でした。ドレスのポケットの中は、空っぽでした……」
「それはそうだろう。エグモントは、義母にわたしの後を追わせまいと、袋を始末してしまっただろうから――。もう、向こう側の出入り口は失われているはずだ」
そういうことか――。追っても来られないけれど、戻ることもできないのね。
「その袋は、エグモント様が作った物なのでしょうか?」
「どうかな? エグモントは、灰色の魔法の遣い手ではない。弟にあのような袋を作る魔力があるのか、わたしにはわからない。もしかすると、ハーマン先生が用意していたものを、エグモントが使ったのかもしれないな」
「それにしても、不思議ですよね。なぜ袋は、わたしのドレスのポケットにつながっていたのでしょうか?
誰がしたことにせよ、いつ、どうやって二つを結びつけたのでしょうか? まあ、そのおかげで、こうしてわたしは、ライナルト様をお助けできているわけですから、結果としては良かったのですけれど――」
「ククク……、そうだな。屑入れに捨てられたり、口づけされそうになったり、いろいろとあったが、そなたと出会えたから、わたしはこうして生きていられるのだと思う。袋が、魚の口や鍋の中につながっていなくて、本当に幸運だった!」
ライナルト王子が、わたしの枕に腰掛けて愉快そうに笑っていた。
ふんわりとした金色の髪を揺らして、澄んだ青い瞳を優しく細めて――。
元の大きさに戻ったら、きっとびっくりするほど素敵な……。
「おい! ジェルヴェーズ! よだれを垂らしそうなうっとりした顔をして、また、何かふらちなことを考えているのであろう?」
「ち……、違います! そ、そろそろチェルシーが、起こしに来ます。ライナルト様は、箱の中に隠れてください! 朝食は、ここへ運んでもらいますから、食べながらこの先のことを相談しましょう!」
わたしは、ライナルト王子を急き立てて箱に戻し、棚の隙間に箱を隠した。
その直後、扉を叩く音がして、わたしを呼ぶチェルシーの声が聞こえた。
* * *
「知りたいことや確かめておきたいことはたくさんありますが、まずは、腹ごしらえをいたしましょう!」
わたしは、一口大に切り分けたパンに、木イチゴのジャムとクリームをたっぷり載せて、ライナルト王子の小さな皿の上に載せた。
王子は、さらに小さくパンを切り、嬉しそうに口に運んだ。
甘い食べ物と温かなお茶は、夜を明かしたわたしたちの体を優しく温め、暗く沈んでいた心に希望を与えてくれた。
「エーベル王国の王宮が、今どのようになっているか知る必要がありますね。 ライナルト様やハーマン先生がいなくなってしまったことに、国王陛下や魔法省の人々は気づいていないのでしょうか?」
「どうだろう。義母は、魔法の修業のために二人はどこかへ旅に出たとか言って、わたしたちの不在をごまかしているかもしれない。その場合、心配なのは、本当のことを知っているエグモントの扱いだ。義母は、彼の口を封じておきたいだろうね――」
ライナルト王子の話からは、エグモント王子が、実母であるエドラ王妃と対立し、ライナルト王子に味方しているように思えた。
呪いをかけたとはいえ、ライナルト王子を逃がしてしまったのだから、エドラ王妃はエグモント王子に腹を立てていることだろう。でも、――。
「エグモント様は、王妃様の実のお子様なのですから、ひどい目に遭うことはないでしょう。魔法で眠らせるとか、どこかに隠してしまうとかして、余計なことを周囲に語らせないようにしているのではないでしょうか――」
「そうだな。心配すべきは、わたしを庇って倒れた猫のクリスタや、隠れ家に閉じ込められたかもしれないハーマン先生の方であろう。どうにかして、彼らの様子を知りたいものだが――」
これは、お父様の力に頼るべきときかもしれない。
王家には内緒なのだけど、お父様は各国に、たくさんの密偵を放っているのだ。
何か異変があれば、彼らからすぐに知らせが届く。
もしかすると、エーベル王国の西の塔で起きたできごとを、お父様はすでにご存じだったりするかも――。 ああ見えて、抜け目がない人ですからね!
「ライナルト様! わたしのドレスのポケットにお入りになってください。一緒に父の所へ参りましょう! きっと、役に立つ話を聞けると思いますわ!」
わたしは、ライナルト王子が使った食器を素早く片付け、チェルシーを呼んだ。
いろいろと忙しい一日になりそうだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ジェルヴェーズが、メインストーリーに戻ってきました。え? ジェルヴェーズですよね?