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小癪な公爵令嬢は、ポケットの中に小さくて大きな秘密を隠している  作者: 有理守
第二章 灰色の兄と白い弟と黒い王妃 ~ライナルト王子の話~
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その八 闇色の魔法

「わ、わたしの、こ、婚約者、ですか?! も、もう、決まっているのですか?!」


 小国(確かに、ちんまりとした島国だ!)とはいえ、歴史ある王国の王位継承者なのだ。十五歳であれば、婚約者が決まっていても何の不思議もない。

 しかし、十年も離宮で暮らしていたこともあり、わたしは、それまでそうした話とはまったく無縁だった。


「エーベル王国の王位継承権を持つライナルト様が、灰色の魔法の遣い手であると認められたあの日、この世界のどこかで、あなたにとっての『銀鏡の乙女』が生まれたはずです。古来、そのような仕組みになっておりますのでね。

『銀鏡の乙女』は、自身は魔力を持ちませんが、灰色の魔法の良き理解者であり、生涯にわたり遣い手を無償の愛で支え、その魔力を高める存在となります。ブルクハルト三世にとってのアンジェリア王妃がそうでした」


 生涯にわたり、わたしを無償の愛で支えてくれる――。

 そんな人物がそばにいてくれたら、どれほど心強いだろう。

 五歳で家族から離れたわたしには、家族愛に対する強い憧れがあった。


「『銀鏡の乙女』が傍らにいることで、灰色の魔法の遣い手である王は、存分にその魔力を行使し、国をよりよく治めることができるのです。

王太子となられたからには、一刻も早く『銀鏡の乙女』を探しだし、ライナルト様の婚約者として世に知らしめねばなりません。ですが――」


 十年近く探しているのに、名前も居場所もわからないとハーマン先生は言った。

 婚約者だということは決まっているのに、誰なのかはわからない。どこにいるのかもわからず、見つけ出すこともできない――。なんだか不思議な話だった。


 先生は、テーブルにカップを置くと、大きく伸びをして帰り支度を始めた。

 壺の中の靄を確かめながら、先生は言った。


「魔法省にも見つけられないのですから、何か理由があるのかもしれません。まさかとは思いますが、すでに誰かと結婚してしまったとか――」

「まだ十歳なのだから、それはないでしょう! それに、わたしの婚約者なのに、どうして別の男と――」

「おやおや、焼き餅ですか? まだ、会ってもいないのに――」

「そ、それは……」


 先生の言葉で、つい、前のめりになってしまっていたことに気づき、わたしは頬を熱くした。


 しかし、「銀鏡の乙女」は、わたしの心の中で、早くも明確な形をとりつつあった。

 以前、王宮のギャラリーで見かけた、アンジェリア王妃の肖像画が思い出された。

 豊かに波打つ銀色の髪、薄紫に青緑を滲ませたような神秘的な色の瞳――。

 まだ、十歳の少女であれば、ヴェンデルの娘たちのように、柔らかでぷっくりとした頬を少し上気させ、小さな唇には愛らしい笑みを浮かべ――。


 ポンポンと肩を叩かれ、わたしは我に返った。

 ヨッヘムが、おかしくてたまらないという顔で、さらに頬を赤らめたわたしを見ていた。


「庭に実った青い木の実で作ったジャムです。これを食べると良い夢が見られますよ。もしかすると、夢の中で『銀鏡の乙女』に出会えるかもしれませんね!」


 含み笑いをするヨッヘムから、ジャムの壺をひったくるようにして受け取り、わたしは先生と一緒に、王宮の布鞄へとつながる茶色い壺の中へ飛び込んだ。


 * * *


 それから、四年あまり――。

 魔法省もハーマン先生も、全力で「銀鏡の乙女」を探していたと思うが、表面上は大きな進展はなかった。

 婚約者も決まらぬまま、わたしは二十歳になり、エグモントは十五歳になった。


 白い魔法の遣い手であるエグモントは、収穫の思わしくない農地へ出向き、魔法で土壌を整えたり、嵐によって荒れた漁場を船で巡り、魔法で復旧したりするようになっていた。

 父以上の力を発揮し人々の願いを叶えるエグモントは、多くの国民から慕われる存在となりつつあった。


 一方、「銀鏡の乙女」を見つけることもできず、塔の居室に籠もることが多くなったわたしは、まつりごとや王位への関心を失いかけていた。

 王族として、国民のために魔法を行使する務めがあったが、わたしにできるのは、養育院などを訪ね、描かれた絵を動かして物語を語ったり、音楽に色を付けて見えるようにしたりして、人々の心を和ませることぐらいだった。


 そのうち、王宮でわたしと行き会うと、それまでしていた会話をぴたりとやめ、わたしが通り過ぎるのを待っている侍従や侍女たちがいることに気づいた。

 おそらく彼らは、エグモントの働きぶりや功績について話していたのだと思う。

 わたしは、そんな様子を見るにつけ、自ら王位の継承を辞退し、聖剣も返上して、離宮へ戻るという道を選択するべきかもしれないと考えるようになっていた。


 わたしとエグモントは、決して仲が悪いわけではなかった。

 十五歳になり社交界にもデビューして、大人として扱われるようになったエグモントは、義母の目を盗んで、たびたび西の塔へわたしを訪ねてきていた。


 エグモントは、わたしの部屋へ来ると、ハーマン先生から借りた魔法に関する書物を読んだり、離宮での暮らしについてわたしに質問したりした。

 膝に上がったクリスタを撫でながら、うつらうつらしていることもあった。


 順風満帆のように見えたエグモントにも、悩みや苦労はあったのだろう。

 優しい彼は、義母や人々の期待に忠実に応えようと、必死で白い魔法を操っていたに違いない。

 西の塔でわたしやクリスタと過ごすことで、心の安らぎを得ていたのかもしれない。


 

 そして、あの日――。

 いつものように、膝の上のクリスタを優しく撫でながら、エグモントは言ったのだ。


「兄上、わたしは、近々離宮に移ろうと思っています」


 四人目の子どもが生まれたヴェンデルに、祝いの手紙を書いていたわたしは、エグモントの言葉に思わずペンを止めた。

 彼は、クリスタの背中を見つめたまま話を続けた。


「兄上のお話を聞くうちに、わたしも離宮で暮らしてみたくなりました。自分の魔力を高め、力のある遣い手となるために、もっと時間をかけて魔法のことを学んでみたいと思っています」

「悪いことではないが、母上がお許しにならないだろう――。母上は、できればそなたに王位を継がせたいと思っておられる。実は――、わたしも同じ考えだ。

そなたも十五歳になり、王太子となる資格を得た。わたしは、いずれ聖剣を返上し、王太子の座をそなたに譲るつもりでいる――」


 わたしの言葉を聞いて、エグモントはゆっくりと顔を上げた。

 わたしとよく似ているが、さらに青く澄んだ瞳が、寂しげにわたしを見ていた。


「やはり、そんなふうに思っていらしたのですね。兄上は、遠慮深い方だ……。しかし、もうその必要はありません。なぜなら、『銀鏡の乙女』をわたしが見つけたからです!」

「な、何だって?!」


 わたしは、テーブルに手をつき立ち上がった。エグモントが、「銀鏡の乙女」を見つけた?! 先生も魔法省も見つけられなかったのに――。


 階下がにわかに騒がしくなった。

 誰かを引き留めようとする、リーヌスの声が聞こえる。

 それに抗い、この部屋に向かって階段を上がってくる足音――。

 そして、勢いよく扉が開かれた!


「エグモント! ここで何をしているのです?!」

「「母上!」」


 義母は、険しい目つきで、エグモントとわたしを睨み付けた。

 義母の右手には、卵ぐらいの大きさをした、黒い石の玉が握られていた。

 禍々しい気配をまとったその石は、見に言えない瘴気のようなものを発していた。


「エグモント! おまえは、わたしが留守にしたのを見計らって、こっそりわたしの部屋に入り込み、いろいろと調べていましたね?」

「気づいていらしたのですね……。確かにわたしは、隠れてあなたが遠い昔に失われた言葉を読み書きしたり、石の玉にその言葉で話しかけたりしているのを見てしまいました……。あなたはいったい……、何者なのですか?!」


 エグモントの問いかけに、義母は声を上げて笑った。

 エグモントが、義母を調べていた? どういうことだ?

 だが、突然、悪寒に襲われたわたしは、震える体を抱え、二人の会話を黙って聞いているしかなかった。


「ホホホ……、おまえがそれを知る必要はありません! おまえは、目障りなその灰色の魔法の遣い手に代わり、この国の王となる身です! そして、いにしえの闇色の魔法の力をもって、この世界を裏切りと戦いが続く暗黒の時代へと導くのです!

わたしは、それを成し遂げるために生まれてきました。

この際です。まずは、邪魔者を一人片付けてしまいましょう」


 そう言うや否や、義母は石の玉を左手でこすり、ふっと息を吹きかけた。

 石から炎が生まれ、窓辺に置かれていたハーマン先生の布鞄に燃え移った。

 先生は、布鞄の口を通り、いつもの隠れ家に道具を取りに出かけていた。


「ああっ、な、何を!」


 わたしは、悪寒を払いのけ慌てて窓辺に手を伸ばしたが、あっという間に炎は燃え尽き、布鞄は跡形も無く消えていた。


「ライナルト、それを使って、ハーマンは移動をしていたのでしょう? こちらの出入り口が消えてしまって、ハーマンはどうなったのでしょうね?

念のため、王都の外れの屋敷にも、火を放っておきました! もう二度と、あの男がこの世界へ戻ってくることはないかもしれませんね。さあ次は、おまえの番です!」


 義母は、怪しげな微笑を浮かべ、石の玉に何かを語りかけた。

 石の玉から、たちまち黒い霧が立ち上がり、わたしに向かって襲いかかってきた。


「ギャアアアーッ!」


 恐ろしい鳴き声を発し、クリスタが黒い霧に飛びついた。

 黒い霧は生き物のようによじれたが、クリスタはその端の部分を前足で掴んだ。


「クリスターッ!」


 黒い霧の端を押さえ込むようにして、クリスタが床の上に倒れていた。

 駆け寄ろうとしたわたしを、残りの黒い霧が荒々しく包んだ!


「化け猫め! 余計なことをして! しかし、呪いの本体に影響はないようね! フフフ……、ライナルト、おまえにかけた呪いは、おまえがこの国の国王にならなければ解けません! 解ける見込みのない呪いに、せいぜい苦しむがよい! そして、わたくしたち一族の恨みの深さを知るがよい!」


 わたしは、激しい目眩を感じ、テーブルにもたれかかった。

 天井がどんどん遠くなり、テーブルは大きくなっていった。

 わたしは、必死でテーブルの上に這い上がった。


「そうはさせませんよ、母上! いや、古き闇色の魔法を操る者よ!」


 エグモントの声が、部屋に響き渡った。

 同時に、大きな手がテーブルに伸びてきて、わたしをつまみ上げた。

 そして、反対側の手に握っていた袋の中へ、わたしを放り込んだのだ!


 二人が、言い争っていた。

 エグモントを責める義母の声、笑い声を上げるエグモント――。

 袋は何度も大きく揺すられ、わたしは袋の中でしゃがみ込んだ。

 やがて、袋の奥に漂う靄に包まれ、意識を失い――。




 再び目覚めたとき、わたしは、そなたのドレスのポケットの中にいたのだよ、ジェルヴェーズ――。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

第二章の最終話なので、どうしても書いておかねばならないことがあり、予想通り(?)長くなってしまいました。


ようやく、ライナルト王子の重たいお話が終わりました。

いろいろとばらまきましたが、次話から第三章となります。

元気にジェルヴェーズも帰ってきます。お付き合いのほど、よろしくお願いいたします!

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