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小癪な公爵令嬢は、ポケットの中に小さくて大きな秘密を隠している  作者: 有理守
第二章 灰色の兄と白い弟と黒い王妃 ~ライナルト王子の話~
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その七 銀鏡の乙女

「エグモントに触れてはなりません、ライナルト! あなたが、王家の後継者に相応しい、高潔な魔法の遣い手に育ったことを確かめるまでは、エグモントと関わらせるわけにはいかないのです!」


 眉間にしわを寄せた義母ははは、わたしから奪い取るようにエグモントを引き寄せ、再び自分の背後に隠してしまった。

 何か言おうとして、エグモントは口を動かしていたが、わたしには聞き取ることができなかった。


 気づけば、謁見の間は静まりかえり、しわぶき一つ聞こえなかった。

 わたしが留守にしていた十年の間に、王宮における義母の影響力は、ずいぶんと大きなものになっていたようだ。


 わたしは、上着のポケットから、ひとつまみの種を取り出した。

 エグモントを喜ばせようと、あらかじめ用意してきたものだ。


「イッシル・フジューラ!(花になれ!)」


 わたしは小さな声でそうつぶやくと、指先をこすり合わせて種を散らした。

 息を吹きかけてやると、種は弾けるようにして花に変わった。


 驚きの声が上がる中、何十輪もの薄桃色の花々が謁見の間を舞い、大きな花の輪を作った。

 花に触れようと手を伸ばした者がいたが、花はその手からするりと逃れていく。

 義母の背後から、嬉しそうに微笑むエグモントが、ひょっこり顔をのぞかせた。


「デコラッジョーニ!(飾れ!)」


 わたしの願いを受け、花々は、人々の髪や胸元に吸い寄せられるように舞い降りていった。

 最後に、漂っていた何輪かが小さな輪を作り、花冠となって義母の髪を飾った。

 人々から拍手が湧き起こり、それが自分に向けられたものだと知った義母は、眉間にしわを寄せたまま頬を赤らめた。


「素晴らしいぞ、ライナルト! わたしが幼かった頃、おまえの曾祖父であるブルクハルト三世は、アンジェリア王妃の誕生日に今のような魔法で花束を贈ったのだ。王宮中が、幸せと喜びでいっぱいになったあの日を、わたしは今も覚えている――。

おまえは、灰色の魔法の奥義を理解したようだね。十年の離宮暮らしは無駄ではなかった。そして、ハーマン師をおまえに付けたわたしの判断が正しかったことも証明された。三日後の立太子の儀も、きっとうまくいくことだろう!」

「「御意!」」


 謁見の間にいた人々は、いっせいに頭を垂れて父の言葉に同意した。


 わたしが魔法をかけた花の種は、人々が帰路につく頃には、花から元の種に戻り、人知れずどこかの地面に落ちるだろう。

 そして、いくつかの種は、その場所で芽を出し、やがて本物の花を咲かせるのだ。


 人々の胸に不安や驚愕をもたらすといわれる灰色の魔法は、実は、遊び心に溢れた、人々の心を和ます魔法でもあった。

 世の中や人々の思いを知る中で、わたしはそれに気づいたのだった。


 * * *


 帰還の報告を終えたわたしたちは、晩餐会の前に、長旅の疲れを取るべく、いったん居室で休むことになった。


 十年前、わたしの居室だった部屋は、今は、エグモントの部屋となっていた。

 侍従が案内してくれた新たな居室は、王宮の西の塔の最上階にあった。

 一つ下の階には、リーヌスの部屋と書庫があり、さらに下の階には、古い調度品や美術品、儀式の道具などが収められた、物置のような部屋が並んでいた。


「ここが、王太子様のお部屋とは! いったい、どなたのお考えですかな?」


 わたしの居室が、西の塔にあるとわかった途端、ハーマン先生は渋い顔をした。

 部屋に着いてからも、こっそり窓枠のほこりを確かめたり、浴室を覗き込んで臭いを嗅いだりしている。

 なんとなくかび臭さも感じるが、掃除は行き届いているように見えた。


「離宮で先生がお住まいだった部屋と、そう変わらないと思います。ここなら、少し大がかりな魔法の実験をしても、誰にも迷惑をかけることはなさそうですし、わたしは、なかなか気に入っていますよ」


 リーヌスと一緒に、僅かな持ち物を片付けながら、わたしは先生に言った。

 さっさと寝台に上がり枕の横で丸くなったクリスタが、「ミャーオ!」と鳴いて、わたしの考えを支持してくれた。


「ライナルト様が納得していらっしゃるのなら、わたしはかまいませんが――。まあ、居心地が悪いようでしたら、いつでもわたしの屋敷や隠れ家へお越しください」


 先生は、そう言いながら、わたしに向かって片目をつぶった。

 もし、いらっしゃるときは、例の方法でね――という意味だろう。


 晩餐会は、有力な貴族たちとわたしを引き合わせることが目的だったので、それなりにたくさんの人々が集まった。

 少しばかり人疲れして居室へ戻ったわたしは、クリスタを抱えてぐっすりと眠った。

 部屋の臭いもベッドのきしみも、何も気にはならなかった。


 帰還から三日後に、予定通り立太子の儀が執り行われた。

 王太子の証として、国王から授けられる聖剣ダウルグディードを、わたしは落とすこともよろけることもなく、しっかりと受け取り、神や祖先も認める正式な王太子となった。


 そして、その翌日から、午前中は王太子として父と共に政務に携わり、午後はハーマン先生と灰色の魔法について、さらに研鑽を積むという暮らしが始まった。

 王位を継ぐことに対する不安も消え、わたしは穏やかに日々を過ごしていた。


 * * *


「先生! ライナルト様も王太子になられたことですから、『銀鏡の乙女』を早く探し出さねばなりませんね! まだ、その気配はないのですか?」


 ヨッヘムが、先の尖った耳をぴくぴくと動かしながら、ハーマン先生に言った。


 例の布袋を使って、久しぶりに先生と二人で隠れ家に来ていた。

 王宮は消灯時刻を過ぎ、人の動きもなくなった頃合いだが、念のため、先生はクリスタにわたしの居室の番猫を頼んでいた。

 今頃クリスタは、部屋の扉の前に横になり、時々通る夜警に撫でられているだろう。


 先生は、薬草茶のカップを両手で包み、その温もりをゆっくりと手のひらに移しながら、遠いところを見つめるような目をして答えた。


「そうだな。何となく、気配は感じるのだよ。しかし、まだ幼いのだろうね。はっきりとは存在をつかめないのだ。あの方よりも先に見つけ出さねばならないことは、わかっているのだが――。こればかりはね……」

「せ、先生、『銀鏡の乙女』とは、何ですか?」


 自分だけ話に加われないもどかしさを感じて、会話に割り込むように問いかけたわたしに、先生は、にんまりと笑いかけながら告げた。


「『銀鏡の乙女』とは、ライナルト様の未来の花嫁、婚約者のことですよ!」


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

次話が、第二章の最終話となる予定です。よろしくお願いいたします。

※「銀鏡」とは、硝子製の鏡のことですが、ここでは単なる「銀色の鏡」と考えています。

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