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小癪な公爵令嬢は、ポケットの中に小さくて大きな秘密を隠している  作者: 有理守
第二章 灰色の兄と白い弟と黒い王妃 ~ライナルト王子の話~
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その六 立太子の儀

 ◇ ◇ ◇


「おい! ジェルヴェーズ! 起きているか?!」

「は、はい! 起きていますよ、ライナルト様!」

「あまりに静かだから、寝てしまったのかと思ったぞ!」

「そんな失礼なことはいたしません! 次々と不思議なお話が飛び出してくるので、さすが魔法王国と呼ばれるだけのことはあると、驚き感心していたのです」


 人を乗せて飛んできた鳥が、実は変身したクロギツネで、そのクロギツネがいる隠れ家は、何処とも知れない場所にあって、そこへ行くためには布鞄の中へ飛び込む必要があって――、情景を思い浮かべながら、ライナルト王子の話を聞いていたのだけど、頭の中がおかしなものでいっぱいになってしまった。


 面白い! 魔法王国に、俄然興味が湧いてきた。

 ぜひとも、エーベル王国へ行ってみたい!

 でも、まずは、ライナルト王子の話を最後まで聞いて、呪いの秘密を知り、それを解くためにできることを考えなくてはいけないのよね――。


「ライナルト様、お話の続きをお願いいたします。ハーマン先生の隠れ家へは、その後も行かれたのですか?」

「ああ、そうだな――」


 わたしは、夢以上に夢のようなライナルト王子の話に、すっかり夢中になっていた。

 途中、自分で自分の頬をつねって、夢ではないことを確かめたぐらい――。

 夜明けまでは、まだまだ時間がある――。

 とくと聞かせていただきますよ、ライナルト様!


 ◇ ◇ ◇


 その後もわたしは、何度も先生の隠れ家を訪ねた。

 魔法の学習に必要な本や、いわゆる魔道具を借りるためだったが、ときには、少し大がかりな魔法の実験を隠れ家で行うこともあった。 

 離宮の先生の居室には、私物がほとんど見当たらなかったが、それは、必要なものがあれば隠れ家へとりに行き、用が済めばまたそこへ返していたからだった。


 ヨッヘムも連れて、例の帽子を使い、隠れ家から王都の外れにある先生の家を訪ねたこともあった。

 わたしは、ちょっとした変装をして、そこから王都へ出かけ、様々な噂話を聞き込んだり、町の人々の暮らしぶりを学んだりした。

 わたしは、十年の間、離宮やその近くで生活していたことになっているが、実は、王宮に近い場所まで、たびたび出向いていたのだ。


 そして、離宮へ来て、十年の歳月が流れた。

 わたしは、まもなく十五歳になろうとしていた。


 ヴェンデルは、四年前にメイドのベルタと結婚し、村の小さな家で暮らしていた。

 四年の間に、二人の女の子の父親になった。

 ベルタは、離宮でのメイドの仕事を離れ、ヴェンデルと子どもたちの世話に専念し、ヴェンデルは通いでわたしの近侍を続けていた。


 ヴェンデルの結婚を父に伝えたところ、ヴェンデルの仕事を補うため、リーヌスという若い近侍を離宮に遣わしてくれた。

 ヴェンデルは、ようやく自分にも「手下」ができたと喜んだ。

 リーヌスは歌が得意で、わたしの歌の師匠も務めることになった。


 先生方もそれぞれ年を取り、教えるというよりも、わたしの学びを見守るという立場になっていた。わたしたちの間柄は、師弟から親子のようなものに変わっていた。

 ハーマン先生だけは、十年前と同じような風貌で、顔のしわが増えた様子もなかったし、むしろ以前よりも活発に動き回っているように見えた。


 クリスタも寝ていることが多くなった。

 わたしが二歳の頃には、すでに身近にいたのだから、もう、十数歳になっているはずだった。老猫といってもよい年齢だったのだと思う。

 それでも、「ミャーオ!」とわたしを呼ぶ声は愛らしく、輝くような毛並みも変わらなかった。


 その頃のわたしにとって、王宮は、もはや気持ちの上でも遠い場所だった。

 わたしは、気が置けない人々と過ごす、平和と学びに満ちた離宮での時間が、永遠に続いてくれることを願っていた。

 しかし、その願いが叶うことはなかった。



「立太子の儀? それも、一か月後に?!」


 父からの親書を携え、一人の使者が離宮を訪ねてきた。

 一度も会ったことのない侍従だったが、親書の署名は間違いなく父のものだった。


「はい、ライナルト様の十五歳の誕生日におこなうと、陛下がお決めになりました。すでに準備はすっかり整っております。あとは、王宮へお戻りいただき、しきたり通りに儀式に臨んでくだされば良いだけです。ライナルト様のお手を煩わすようなことは、一切ございません」

「本当に、それで良いのだろうか? わたしが王太子になることを、父上は、心底望んでおられるのだろうか?」

「ライナルト様を王太子に――というのが、陛下のご意向でございます。何も、心配されることはございません」


 二週間後に迎えの馬車が来ることを告げ、使者は王宮へと帰っていった。


 正式に王太子となれば、この離宮に戻ってくることはないだろう。

 ヴェンデルは、このままこの地に残り、執事として、離宮の手入れや管理をすることになった。

 ボーリンガー先生とハールトーク先生は、それぞれ家族や親戚の元へ戻るということなので、十年間の指導に感謝し、十分な礼金を用意した。


 ハーマン先生とリーヌス、そしてクリスタは、わたしと一緒に王宮へ行くことになった。

 ハーマン先生は、魔法省の遣い手たちが苦手だとかで、王宮には居室をもたず、自分の家から王宮へ通ってくれることになった。


 離宮で働く家臣たちやベルタとその子どもたちも交え、ささやかな別れの宴を催した。身分や立場を忘れ、皆で楽しい一時を過ごした。

 予定通り、迎えの馬車は到着し、たくさんの人々に見送られながら、わたしたちは、王宮へ向かって出発した。


 立太子の儀が行われることが広まっていたのだろう。わたしたちの馬車は、大歓声の中、王都に迎え入れられた。

 王宮前にも人だかりができていて、わたしの帰還を祝ってくれた。


 王宮に着き、謁見の間に向かうと、そこにも大勢の人が集まっていた。

 父は、わたしの成長を確かめたいと言って、毎年のように離宮を訪ねてきてくれていたので、十年ぶりに会うというわけではなかった。

 しかし、義母ははは、幼いエグモントを連れての長旅はできないということで、十年の間、一度も離宮には来なかった。わたしは、五歳で離宮に追いやられたのに。


「エグモント、おまえの兄のライナルトだよ。魔法の修業のために、これまで離れて暮らしてきたが、修業を終えて王宮に戻ってきた。きちんと、ご挨拶なさい」


 父は、義母の後ろに隠れるように立っていたエグモントをわたしの前に連れてきた。

 エグモントの髪の色や瞳の色は、父やわたしにそっくりだった。

 長らく会っていなかったが、わたしの弟なのだということを実感し、胸が熱くなった。


「大きくなったね、エグモント。わたしがライナルトだ。これからは、ずっと一緒だよ」


 わたしが、エグモントを抱きしめようと手を伸ばしたとき、義母が叫んだ――。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 第二章もいよいよ山場です。残り二話(予定)よろしくお願いいたします。

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