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小癪な公爵令嬢は、ポケットの中に小さくて大きな秘密を隠している  作者: 有理守
第二章 灰色の兄と白い弟と黒い王妃 ~ライナルト王子の話~
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その五 謎の隠れ家

「じ、獣人?!」


 獣人――、人と獣の特性を合わせ持つ、不思議な生き物――。

 物語の本で、そういう生き物が登場する話を読んだことはあったが、あくまで想像上のものだと思っていた。


 しかし、わたしの目の前にいる青年――ヨッヘムは、ふかふかの尾という人の体が持ち得ぬものを持っていた。まさしく、物語に出てくる獣人そのものだった。

 おまけに、驚くわたしの顔を見て、彼は、その尾をゆっくりと振って見せた。


 先生は、ヨッヘムに何事かを命じ部屋から出て行かせた。

 そして、わたしに椅子を勧め、自分は妙な形の安楽椅子に腰を下ろすと、眼鏡を頭に移し話を始めた。


「ライナルト様。ヨッヘムは、獣人ではありません。ただのクロギツネでございますよ。人の姿に化けておりますが、獣であることを忘れさせないため、わたしが尾を出させているのです。

齢を重ねたキツネは、不思議な力を身につけます。ヨッヘムは、人以外のものになることもできます。黒い鳥や黒い獅子、黒いドラゴンなどですが、ライナルト様も、すでにご覧になっておられますよね?」


 黒い鳥? ああ、そうか! 先生が離宮に来るときに乗っていたあれか――。

 あの鳥が、ヨッヘムだったということか――。


 ヨッヘムは、カップを三つ載せた盆を持って、部屋へ戻ってきた。

 とても良い香りがする青色の茶が入ったカップを、先生やわたしに渡すと、自分もカップを持ち部屋の隅にある木箱に腰を下ろした。

 黒い尾が、木箱の後ろで箒のように床を撫でながら、相変わらず揺れていた。


「ライナルト様には、とんだご迷惑をかけてしまいました。何の説明もなく、こんな場所に呼び込んでしまいまして――。腰の方は、大丈夫ですか? まだ痛むようでしたら、よく効く膏薬を貼って差し上げますよ」


 ハーマン先生によると、テーブルの上の茶色い壺と離宮の自室にある布鞄は、魔法でつながっており、これらを使って二つの場所を行き来できるのだそうだ。

 壺や鞄の奥にわだかまっている靄を吸い込むと、向こう側へと運ばれるという仕組みらしい。


「わ、わたしは、あの布鞄の口から入り、この壺から出てきたというわけですか?」

「はい。わたしの本当の家は、王都の外れにございますが、この隠れ家はその家ともつながっています」


 ヨッヘムが、左手(左の前足?)で、部屋の棚の中に裏返して置かれた、不気味な皮の帽子を指さした。

 凹凸のあるごわごわとした皮は、大きなトカゲかヘビのものだろうか?

 見るからに、被りにくそうな帽子だった。

 あの帽子を使えば、王都にある先生の家へ移動できるということのようだ。


「なにもかも、わたしの師である灰色の魔法の遣い手、リフタジーク先生から引き継いだものです。実は、この隠れ家がどこに存在するのか、わたしは知らないのです。どうも、エーベル王国内ではなさそうですが――。

ですから、ここがどこかと聞かれても残念ながら答えられません。

ヨッヘムも、先生から引き継いだもので、今では、わたしの助手を務めてくれていますが、ここがどこなのかは、わからないようです」


 ヨッヘムに目をやると、青色のお茶を飲みながら、先生の話に頷いていた。

 いつの間にか、耳の先が黒い毛に包まれ、少し尖り始めていた。

 彼は、寛いで緊張感を忘れると、本性を露わにしてしまうのかもしれなかった。


「腰の痛みが引いたのなら、少しだけこの家の中をご案内いたしましょう。ここの存在を知られてしまったのですから、これからは、ライナルト様にも必要に応じて、ここを使っていただくことにします。さあ、時間があまりありません。カップを置いてわたしに付いてきてください」


 わたしは、先生の後について、この奇妙な家の中を見て回ることになった。

 知らない文字で書かれた、ひどく古い本がびっしりと書架に収まった書庫、何に使うのかわからない、おかしな形をした道具類が置かれた物置部屋、先生が着るとは思えないドレスや女性物の靴までが並ぶ衣装部屋など、どの部屋も、少し覗いただけでは奥まで見通せないほど広かった。

 この隠れ家は、どれほどの大きさなのだろう?


「部屋の位置は、時々勝手に変わります。この前とは、隣の部屋が違う――なんてこともよくあります。この家自体が、生き物のように日々変化しているようです」


 家が生き物のように変化する?

 先生は、平然と言っていたが、わたしは、何か禍々しい生き物の胃袋にでも入ってしまったかのような恐ろしさを感じて、自分の体を自分で抱きしめた。

 先生は、クスクスと笑いながら、黒い扉のノブに手を掛けた。


「この黒い扉だけは、いつも同じ場所につながります。扉の向こうは、隠れ家の庭になっています。外に出てみましょう」


 先生は、力を込めて扉を外に押した。

 薄暗かった室内に、さっと明るい光が差し込んできた。

 わたしは、まぶしさに目を細めながら、先生の後ろから扉の外に出た。


「こ、これは?!」


 丁寧に手入れをされ、ちょっと取り澄ました感じのする離宮や王宮の庭と違って、ここの庭は、草も木も伸び伸びと茂り、見たこともない色合いの花々をふんだんに咲かせていた。まるで、目の前に、一枚の鮮やかなタペストリーが広げられたかのようだった。


「けっしてほったらかしにしているわけではありません。ヨッヘムが、ときどき世話をしていますが、ここの草木は伸びたいようにしか伸びないようです。やっかいな連中です。

わたしはまだ行ったことがありませんが、ヨッヘムによると、この庭を抜けたところには、海が広がっているそうです」

「海……、ですか?」


 王宮にいた頃、父と一緒に、何度か王都の近くの港へ行ったことがあった。

 海に囲まれた島国であるエーベル王国にとって、船は重要な乗り物だった。

 わたしも王家の船に乗せてもらって、港のある湾内を回ったが、あの独特の揺れや潮の香りはどうも苦手だった。

 海か――、ここの海は、いったいどこへつながっているのだろう?


「さて、そろそろ戻りましょうか。何やら、咆哮が聞こえてきます。鎧のような表皮を持つ、一つ目の巨大な生き物が、ときどきこの庭の草を食べに来るのですが、そいつの声かもしれません。さあ、扉を閉めますよ」


 先生に押されるようにして、わたしは家の中へ戻った。

 巨大な生き物を見てみたい気もしたが、先生が扉を閉める瞬間、大地を揺るがすような叫び声を聞き、わたしは慌てて家の奥へ駆け込んだ。


 そこは、最初にいた部屋だった。

 ヨッヘムが、何冊かの本を手にして、わたしを待っていた。


「ハーマン先生から、あなたのために用意するように頼まれていた書物です。灰色の魔法の歴史が書かれています。そろそろ、少しずつ読めるのではないかと、先生がおっしゃっていました」


 わたしは本を受け取り、先生と共に、テーブルの上の茶色の壺から、溜まった靄を吸い込んだ。

 絡まるようにして、布鞄から飛び出してきたわたしたちを見て、クリスタが「ミャーン」と一声鳴いた。

 そこは紛れもなく、離宮のハーマン先生の居室の中だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

第二章も半分を超えました。そろそろ、主人公がちょっとだけ登場します。生存報告?

次話は、金曜日の朝に投稿します。よろしくお願いいたします。

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