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小癪な公爵令嬢は、ポケットの中に小さくて大きな秘密を隠している  作者: 有理守
第二章 灰色の兄と白い弟と黒い王妃 ~ライナルト王子の話~
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その四 布鞄の奥に

「ヴェンデル、ハーマン先生はどこにいる?」

「ハーマン先生でございますか? 離宮内のどこかにおいでになるはずですが? 外へお出かけになった様子はありませんので――」


 離宮に来てから、四年の月日が流れていた――。

 わたしは、九歳になっていた。


 小さな島国であるエーベル王国の地理は、だいたい頭に入っていた。

 地図を見て、おおきな町や山、川の名前は、ほぼ間違えずに言うことができた。

 馬にもなんとか一人で乗れるようになったし、相手の足を踏まずにダンスも踊れるようになった。泳ぎや木登りで競争すれば、ヴェンデルに勝つこともあった。

 もちろん、文字の読み書きもできるようになり、毎日日記をつけたり、父上に離宮での暮らしぶりを伝える手紙を書いたりしていた。


「そうか……、では、ご自分のお部屋に籠もっていらっしゃるのかな?」

「そうですね。朝食後は、わたしもお姿を拝見していません。また、お部屋でお昼寝でもなさっているのではないですか? 昨晩も遅かったようですから」


 ヴェンデルは、わたしを廊下に残して、洗濯物を洗濯場へ届けに行ってしまった。

 ひどく忙しそうだが、なんのことはない。

 洗濯場で、メイドのベルタとのんびりおしゃべりがしたいだけだ。


 わたしは、ちょうど自分自身を浄化する魔法を学んでいた。

 これは、自分自身を変身させる魔法の一種だ。

 この魔法が遣えると、旅に出たときなどとても便利なのだそうだ。


 これを覚えたら、身につけた物の洗濯も必要なくなるかもしれない。

 ヴェンデルが、ベルタの所を訪ねる機会も減ることになる。

 まあ、ヴェンデルことだから、そうなれば別の理由を見つけて、ベルタの所へ行くだろう。

 わたしが、心配することではなかった。


 わたしは、魔法の効果について詳しく聞きたくて、ハーマン先生を探していた。

 廊下をうろうろしていると、足元から「ミャーン」と言う声が聞こえてきた。

 いつの間に現われたのか、クリスタがわたしの靴にすり寄っていた。


 クリスタは、わたしと目が合うと、わたしから離れて廊下を歩き出した。

 途中で一度振り返り、わたしを招くように「ミャーオ」と鳴いた。

 わたしは、クリスタのあとをついて行くことにした。


 クリスタは、階段の前を通り過ぎ、先生方の居室が並ぶ区画へと進んでいった。

 もともと、今日は自学の日ということになっていて、先生たちの講義の予定は入っていなかった。

 ボーリンガー先生もハールトーク先生も、それぞれ書庫や自室などで、好きなことをして過ごしているはずだ。

 わたしは、自室で休んでいる先生方の邪魔をしないように、足音を忍ばせ廊下を歩いて行った。


 ハーマン先生の部屋の扉が、ほんの少しだけ開いていた。

 先を行くクリスタは、僅かな隙間から、滑るように部屋の中へ入ってしまった。

 何の反応もないところを見ると、先生は部屋にはいないようだ。

 わたしは、そっと扉に近づき、先生の部屋の中を覗いた。


 先生は、いなかった――。

 部屋の中には備え付けの家具類以外、先生の私物のような物はほとんど見当たらなかった。殺風景ながらんとした部屋だった。

 とても、何年も人が暮らしている部屋とは思えなかった。


 テーブルの上には、ここへ来るときに先生が持ってきた布鞄だけが載っていた。

 布鞄の口は大きく開いていて――、その中から、何か音がしていた。

 わたしは、意を決して部屋の中へ入ると、テーブルのそばへ行ってみた。


「先生、そろそろお戻りになった方がいいのではないですか?」

「そうだな。思ったよりも長居をしてしまった」

「夜までに用意をしておいて欲しい物がありましたら、そこの紙に書いておいてください」

「ありがとう、ヨッヘム」


 先生の声だ! 誰かと話している! 布鞄の中で?!

 わたしは、もっとよく聞こうとして、布鞄の口へ顔を近づけた。

 中には何も入っていなかったが、きらきら光る明るい靄のような固まりが見えた。

 不思議な声は、その靄を通して聞こえてきた。


「ライナルト様の魔法の学習は、順調に進んでいるようですね?」

「ああ、素直で向上心のある良い生徒だよ。遣い手として着実に成長している」

「わたしもまた、お目にかかれるでしょうか?」

「そうだね。あの方は、いつか必ず王になるだろう。灰色の魔法を遣う王だよ。きっとこの国を、楽しくて笑いに溢れた国にしてくれことだろうね。戴冠式には、必ず二人で行こう!」


 わたしが必ず王になる? こんな辺境の離宮に、すでに四年も押し込められているわたしが?

 いったい先生は、そんな夢のような話を、誰としているのだろう。

 わたしは、布鞄の口へさらに顔を近づけた。

 そして、ついうっかり、光る靄を吸い込んでしまった。


「うわあああぁぁぁーっ!」


 わたしは、得体が知れない大きな力によって、布鞄の中へ引きずり込まれた。

 そして、不思議な色合いの洞穴のような場所を通り抜け、どこかの部屋の床の上に、激しく腰を打ち付けながら落下した。


 ―― ドッタン!


「い、痛っ!」

「や、や、や、やっ!」

「こ、これは?!」


 腰をさすりながらおずおずと目を開けると、目の前に、心配そうにわたしの顔をのぞき込むハーマン先生が立っていた。

 そして、先生の後ろから、黒い髪の若者が、金色の瞳を輝かせながら、興味津々という顔でわたしの方を見ていた。


「先生! お部屋の扉を閉め忘れていたのではないですか?」


 若者が笑いを含んだ声で言うと、先生は頭を掻きながら、恥ずかしそうに答えた。


「たぶんな――。ちょっと急いでいたもので、きちんと確かめなかったよ」

「また、誰か迷い込んできたらどうするのですか?」

「いや、もう大丈夫だろう。クリスタ様が、わたしの扉の前に寝そべってくださっている。あの様子なら、もう誰も部屋に入って来ることはできないさ」


 先生は、テーブルの上に置かれた茶色い壺の中を覗き込んで言った。

 えっ? あの壺を覗くと、離宮の部屋の様子がわかるのか?

 いったい、何が起こったのだろう? 


 離宮の部屋とは打って変わって、いちおう整頓されてはいるが、様々な品物でいっぱいのこの部屋は、どこなのだろうか?

 天井の梁からは、不思議な香りがする草や木の枝が吊され、はしごが掛けられた高い棚には、いろいろな大きさの瓶や箱が所狭しと並べられていた。

 

「ライナルト王子、ようこそ、お越しくださいました! ここは、灰色の魔法の遣い手、ルトガー・ハーマン先生の隠れ家でございます!」


 黒い髪の若者が、丁寧にお辞儀をしながらわたしに言った。

 彼の腰からは、先だけが白い、ふさふさとした黒い尾が生えていた――。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 休日だったので、この時刻の投稿になりました。

 水曜日は、朝の投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。

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